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傭兵譚  作者: Lance
25/161

 暗殺者にしては無遠慮だ。そして荒っぽい殺気を感じる。

「何か用か?」

 サーディスは立ち止まり振り返った。

 人通りも寂しくなった夕暮れだ。各家々には灯りが光り、団らんの声も霞のように聴こえた。

 汗臭い。夕陽が彼の背後に照らし出したのは一人の少女だった。

 挑むようにこちらを見上げていたが、サーディスとまともに目を合わせると、恐れたように目を伏せた。

「銭が欲しいのか?」

 年の頃十四歳ぐらいの相手にそう声を掛けた。彼女が浮浪者のように思えたからだ。こいつは入り口付近からずっと無言でつけてきている。それとも恨みの線だろうか。と、サーディスは思った。

「一晩、あなたと一緒に眠らせてください」

 思わぬ申し出だったが珍しいことでもない。戦争が拡大し、稼ぐすべを無くした女達の最後の覚悟にして手段だ。

「興味無いね。金が欲しいならやろう」

「お金なんか要りません。一晩、あなたと一緒に眠らせて下さい。私の身体は好きにして下さって構いません」

 サーディスは思案した。これは怨恨の線だろう。と、彼は感じた。傭兵としてこの少女の親しい誰かを斬ったのを知ってしまったのかもしれない。

「俺の命が欲しいのか?」

 だが、少女はこちらを凝視し黙したままだ。それが答えと言えよう。

「ついて来い。まずは風呂に入れ。お前、凄い臭いぞ」

 サーディスが言うと相手は頷いた。



 2



 赤い髪で大きな茶色の目をした可愛い少女だったと知ったのは銭湯から出て合流した時だった。

「居てくれたんですね」

 少女が目を見開き、驚いたように言った。

「案内したのは俺だからな。飯食うか?」

 サーディスの問いに少女は頷いた。

 居酒屋の喧騒もどこ吹く風、少女は次々飯を平らげた。サーディスは兜を着けたまま食事を取り、少女の様子を時折眺めていた。

「お前、名前は?」

「ジル。あなたは?」

「サーディス」

 ジルはミルクを飲み干し、御馳走さまでした。と、丁寧に挨拶と感謝の祈りを捧げた。

 店を出るとジルがまたついてきた。怨恨の線なのだろうな。

 サーディスはそう確信し、幾ばくか責任を感じた。戦場で斬った斬られたは戦士としての宿命だが、残された者達にとってはそんなものは関係無いか。

 サーディスはついてくる少女をそのままに歩き始めた。

 宿に入ると、サーディスは自分の部屋の前で少女が固唾を飲んで止まっているのを見た。

「あいにく、宿は満杯だ。ベッドは貸すからそこで寝ろ」

 サーディスが言うとジルは恐る恐る足を忍ばせて部屋へ入って来た。まるでサーディスを警戒しているようだ。腰の大きな巾着袋に右手を入れながら周囲に視線を走らせていた。

 サーディスは燭台の蝋燭に火を灯した。狭い安宿の部屋が一気に明るくなる。

「閉めるぞ」

 サーディスは少女を見ながら言うと、ジルは少し驚いたような引きつった顔をしながら頷いた。覚悟を彼女なりに決めた顔だ。

 ジルはベッドに上ると、服のボタンに手を掛けた。

「脱いだら追い出すぞ」

 サーディスはそう言い少女を思いとどまらせた。彼女は可愛いしどこか大人びた顔つきもしている。抱ければ良いかもしれないが、その純潔を奪うのは自分ではない。正直少しだけ理性を抑えるのに苦労した。

 サーディスは壁に背を預け座り込んで目を閉じた。

「ベッドで寝ないの?」

 少女が尋ねてくる。

「お前が使え」

「でも」

「怖くなくなったら蝋燭の火も消して寝ろ」

 サーディスが言うとジルが声を上ずらせて尋ねてきた。

「鎧は脱がないの?」

 サーディスは風呂以外鎧を脱がない。だが、少女は脱いでもらわなければ困るというような顔だった。

「脱ぐよ」

 サーディスは鎧兜を脱いで隣に置くと再び目を瞑った。

「おやすみなさい」

 ジルが恐る恐るといった口調で言った。

「ああ」

 サーディスは目を閉じたまま応じた。

 だが、彼は眠れなかった。目を閉じつつも、少女がいつ行動を起こすのか気になって眠れなかった。まぶたの向こうが明るい。蝋燭は消えていないだろう。

 と、少女がベッドから下りる足音を聴いた。床を軋ませ軋ませ、間を取りながらゆっくり迫る。サーディスの正面に立つのを気配で感じた。何か妙な異臭が鼻をついた。

 だが、サーディスは寝たふりを続けた。

 しかし、一向に事は起こらない。

 サーディスが目を開けると少女は短剣の切っ先を向けて、息を弾ませていた。錐上の鎧を貫くための短剣だ。切っ先から液体が滴り落ち、異臭の正体はこれだとサーディスは悟った。

 刹那、少女と目が合った瞬間、相手は目を見開いて短剣を繰り出した。棒のような刃はサーディスの服を破り、右胸に突き立ったが、骨まで貫く力は無かったようだ。少女は剣を放した。

 激痛がサーディスを襲った。焼けるような痛みが傷口から広がって行くのを感じた。短剣を引き抜き投げ捨てる。途端にジルが自分で刻んだサーディスの右胸の傷に口を付けようと屈んだ。

 サーディスは彼女を足で乱暴に蹴飛ばした。

「早く毒を吸わないと助からない!」

 ジルが身を乗り出し金切り声で喚いた。サーディスは冷ややかな目で見返した。

「行け、もう復讐は済んだろう。お前の盛ったこの毒が必ず俺を殺してくれる」

「サーディス、私、なんてことを」

「もういい失せろ! 消え失せろ、小娘! 気が済んだなら二度と俺の前に姿を現すんじゃねぇ! 次はぶった斬るぞ!」

 サーディスは立ち上がり放心状態のジルの頬を平手打ちした。

 少女は壁にぶつかり、しばし茫然とこちらを見ると、扉に跳び付き、開いて廊下へ駆け出して行った。

 サーディスは一息吐くと、咳き込んだ。

 死期が早まっただけだ。散々人斬りをしてきた罰が下ったのだろう。そう思うしか無かった。

 サーディスは声を押し殺し、痛みに呻きながら自らを嘲り笑ったのであった。

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