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傭兵譚  作者: Lance
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手掛かり

 弟サーディスを探す旅は続いた。だが、情報は無く、これといった特徴も黒髪と年齢だけ。厳しい道程だった。カティアは心身ともに疲弊し、あるいはサーディスは死んだものとして諦めようか。そんな思いに苛まれつつも、弟探しの旅は続いた。

 手掛かりは傭兵の村。サーディスが傭兵なら身を置いているかもしれないし、そうでなければ各所から集った傭兵らが何か知っているかもしれない。そんな傭兵の村の存在について僅かな、いや、僅かだがたった一つの希望とは大きなものだ。カティアはある町に辿り着き、いつもそうするように情報が集まりやすい酒場に向かった。

「傭兵の村か、最近、よく聴くぜ」

 町の酒場の主の言葉はカティアに耳を疑った。

「あるのか、傭兵の村は!?」

「ああ、見たことは無いが、最近そこから買い付けに来る連中がいてね、間違いなく存在する」

 その言葉は疲弊したカティアの心に大きな希望を持たせた。

「フレデリカとかいう女性が、宣伝してほしいと言ってな。この街道を西へ向かった途中にある」

 晴天の朝、カティアは歩みながら希望に燃えていた。傭兵の村にサーディスがいれば一番良いが、たぶんそれほど上手くはいかないだろう。せめてサーディスに関する情報さえ入れば。

「御機嫌よう」

 旅商人がすれ違って声を掛けて来た。

「ああ、御機嫌よう」

 カティアは今にも期待で爆発しそうな己の心を抑えた。今の自分は久々に希望に燃えている。自然と顔に笑みが浮かんでしまうのを感じた。もうサーディスは目と鼻の先、そうじゃないのに、物事そう簡単に進むわけがないのに、カティアの脳裏にはそういう言葉が浮かび上がる。

 カティアの敏感な耳に何処からか槌を振るう音が聴こえて来た。人の声も。

 傭兵の村だ。

 カティアは嬉しさのあまり駆けていた。



 2



 その村はまるで開拓の途中のようにも思えた。入り口には材木が並び、入ると人々が声を上げて指示を出したりし、槌の音が続いた。

 新しい家を建てようと言うのだ。男が多かった。皆、傭兵なのだろうか。この中にサーディスがいるのだろうか。カティアを息を呑んで一人の中年の男に声を掛けた。

「すまんが、人を探している」

「人探し?」

 中年の男は特に興味を持ったような顔もせず応じ、手拭いで額の汗を吹いていた。

「名前はサーディス。黒い髪で」

「ああ、そう言う話ならダグラスの旦那に訊きな。ここで一番の古株だ。創立者ってやつだよ」

 男は仕事に戻って行った。カティアは少し落胆したが、まだ希望が失せたわけでも無いと思い、ダグラスを探した。

 仕事の邪魔をするのを承知で声を掛けたが、返事は曖昧だった。建築現場が多数あり、ダグラスはその中のどこかにいるだろうと言われた。

 カティアは地道に各所を訪れダグラスの所在を尋ねた。

 村は意外に広くようやくダグラスが見つかったのは昼を過ぎてからだった。

 背が高く彫りの深い顔立ちをしている。青い目が奇麗だった。誠実そうな人物だが、彼も傭兵、しかも強いだろうとカティアは予測した。

「私に何か御用か?」

 ダグラスが尋ね返してきた。カティアは意を決して希望を込めて直球で話した。

「サーディスという人物に心当たりは無いか?」

 ダグラスの表情は動かなかった。

「どんな事情かは知らないが、私は聴いたことの無い名前だ」

 その答えにカティアはどこかこういうことになりそうな気もしていた自分に気付いてはいたが、衝撃を受けた。

「本当に知らないか? 私より八歳ぐらい年下で、黒い髪をしている」

 食い下がったが、ダグラスはかぶりを振った。

「サーディスという名前の者は私の把握している限り、この村にはいないよ。ただ黒髪の若者なら何人かはいるが」

 カティアはダグラスの前を辞去すると、各現場へ向かい黒髪の若者を眺めた。ここで声を上げるべきだったのかもしれない。サーディスが私と同じ偽名を使っている可能性もある。だが、カティアの姉としての勘ではこの村にいる黒髪の者の中にサーディスの面影を持つ者は見られなかった。

 サーディスが傭兵をしているとも限らない。行き場を失って餓死してしまっているかもしれない。

 カティアは落胆し、賑やかな傭兵の村を無言で後にした。



 3



 長槍が突き出される。カティアは避けて駆けるや愛用のエストックを突き出して、敵兵の鎧ごと心臓を貫いた。

 私の居場所は戦場にしか無いのか。そんな虚しさが今頃になって襲って来る。自分は歳を重ねた。バロンは既に誰かと結ばれているだろう。バロンからの結婚の誘いを蹴ったのも自分だ。サーディスを、弟を探すことだけが頭を占めていた。それが、傭兵の村への訪問で再び無へと帰し、自分はどうすれば良いのか分からなくなっていた。

 咆哮を上げ殺しに来る男達。カティアもまた吠えて迎え撃つ。剣を避け、得物を繰り出し、敵の命を奪う。ここは食うか食われるかの戦場だ。カティアの隣で同僚が討たれる。

 鮮血の滴る刃がこちらを見た。

 カティアは再び吠えた。

 戦斧を避け、突きを繰り出し、刃をソードブレイカーで挟み圧し折る。鬱憤を晴らすが如く、カティアにしては珍しく荒々しい戦い方をした。私はどうすれば良いのだろうか。何十人目かの敵兵を貫いて、カティアは息を荒げて考えた。

 こんな生き方をしていて良いのだろうか。どうして私だけ幸せになれないのだろうか。こんな虚しい戦場に身を置いて、稼ぐ以外に方法は無いのだろうか。

 サーディスのことを諦める時が来たのだろうか。ならば、もう私は生きる希望を失ったも同然だ。ここで死んでも構わない。

 カティアは両腕を広げた。

 敵兵が警戒するように距離を詰めてくる。

「殺せ」

 カティアはそう言うと目をゆっくり閉じた。戦場のあらゆる合唱が鮮明に聴こえてくる。私はもう疲れた。

 だが、風が脇を通り過ぎ、目を開けると、一人の傭兵が敵兵を一網打尽にしていた。

「アンタ、気でも狂ったか? あれだけ戦える力を持っているのに急にどうしたんだ?」

 バイザーを上げて男が言った。年の頃三十は過ぎているだろうか。似つかわしくないのは、まだまだ若々しい顔と声のせいだろう。サーディスが生きていたらこんな青年になっていたかもしれない。

「どうしたんだ?」

 気遣わし気に優しく相手は尋ねてきた。その声にカティアの心は震えた。これほど優しい言葉をかけてもらったのは家族とバロンとそれからずっと無かった。なので彼女は涙を押さえきれず零してその優しさに甘えた。

「死のうと思って。もう世の中に希望は無いの。サーディスだけが私の希望だった」

 すると男が目を見開いた。

「とにかく、生き残れ。サーディスなら知っている。あとで話をしよう」

 男は優しくカティアの肩を叩いた。

「知っている!?」

 カティアはまさか死を覚悟したこの瞬間に、待ち望んでいた弟の情報を掴むことができるとは皮肉かと思った。相手は頷いた。そして強い眼差しを向けて目を覚まさせるように言った。

「知っている。だから生きよう、生き残れ!」

「私はエスメラルダ」

「ローランドだ。そら来るぞ!」

 地鳴りが響き、津波の如く敵の第二陣の影が襲って来る。

 カティアはエストックを握り締めた。

 そしてローランドと、他の傭兵と共に肩を並べて敵勢を迎え撃った。



 4



 勝利を収め、換金所で報奨金を貰うと、カティアは少し離れたところで待っていたローランドのもとへ駆け寄った。

「アンタが刺突のカティアだとは思わなかった。だが、どうして偽名を?」

 その問いにカティアは答えなかった。

「すまん、野暮なこと訊いてしまって。サーディスだったな」

「サーディスは私の弟だ」

「そうだったのか」

 ローランドはしみじみとそう言い言葉を続けた。

「サーディスとはしばらく腐れ縁だった。どこの戦場に行ってもあいつがいる。実際、それが頼もしくて仕方が無かったが、俺達は別れた。あいつは西へ行ったよ」

「西へ?」

「ああ。それ以降、今まで音沙汰無しだ。元気でいれば良いが」

 カティアは再び希望が湧いてくるのを感じた。サーディスは傭兵で、西へ向かった。

「ありがとう、ローランド」

「いや、良いんだ。あいつに家族がいてくれたって聴いて俺も嬉しくなった。再会を願ってるよ」

「ああ」

 ローランドの優しい笑みにカティアは釣られて微笑んだ。

「世界は広い。サーディスは本当に流れの傭兵だからな。探すのは難しいだろう。それでも行くのか?」

「たった一人の家族だから」

 カティアが言うとローランドは頷いた。

「カティア、いや、エスメラルダ、幸運を祈ってる」

「ローランド、あなたにも」

 こうしてカティアは気持ちを新たに旅立ったのであった。

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