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傭兵譚  作者: Lance
22/161

帰る場所

 火の中で薪が爆ぜる。フレデリカは街道沿いの茂みの中で夜を明かすつもりでいた。

 彼女は久しぶりに孤独になった。カイもプラティアナもいない。二人の弟子にはずいぶん心の支えになってもらったのだと思い知らされた。

 狼の遠吠えが月夜の森の果てから聴こえ、フレデリカは静かに剣を手繰り寄せた。

 この分では眠ることなど不可能だろう。明日、人里へ下りたらゆっくり休むとしよう。

 彼女は長く感じる夜を辛抱強く待ち、感覚は既に研ぎ澄まされていた。何者が襲って来ようと準備万端で出迎えることができる。

 陽が上るとフレデリカは歩みを開始した。

 太陽が少し高くなった頃、フレデリカは村に到着した。

 さっそく休める場所を尋ねようとしたところ、向こう側から男が駆け寄って来た。

「旅の方、宿ならどうぞ苦瓜亭に泊まってくだせぇ」

 平服を纏った中年の男がそう勧めてきた。

「ありがたく、そうさせてもらうよ」

 フレデリカは村の中を歩き始めた。

 こちらをチラリと見てヒソヒソ話を始める婦人らがいたが、旅人が珍しいのだろうか。

「苦瓜亭はどこにありますか?」

 フレデリカが尋ねると、婦人らはギョッとし、ぎこちない笑みを浮かべて指さした。

「ありがとう」

 フレデリカは示された方角、村の中央を歩いていた。村は一階建ての建物ばかりだったため、二階建ての宿はすぐに見つかった。

 扉を開けると蝶番の音がし、頭の禿げた店の主がこちらを見て揉み手をしていた。

「お客様、当宿へお泊りですか? と言っても、宿は村に一軒きりですが」

「世話になろう」

 フレデリカが言うと店の主は壁から掛けられた鍵を取り出し、フレデリカに渡した。

「二階の奥の部屋です」

 店主が言いフレデリカは階段を上がって行った。鎧が重いのか、階段は歩み度に軋んでいた。

 フレデリカは部屋へ着く。扉を開けるとカビのにおいが若干鼻についた。

 荷を置き鎧を脱いで平服に着替えるとフレデリカは空腹を覚えた。

 階下に下りると宿の主と四人の男らが声を潜めて何やら話をしていた。

「申し」

 フレデリカが声を掛けると、男らはギョッとし、宿の主だけが慌てて笑顔を浮かべていた。

「どうしました、お客様?」

「食事ができるところは無いか?」

「それ、それなら、真向かいにビフの店があります。そこでなら食事を出してくれますよ」

「真向かいか。ありがとう」

 フレデリカは男らの絡みつくような視線を抜けて外へ出た。

 鶏がうろうろし、子供らがそれを追っている。

 フレデリカがそんな微笑ましい光景を見ていると、子供が顔を上げて言った。

「あなたが旅の方? これで今日は二人目だ」

 年の頃十歳ぐらいの少年が鶏を抱き締めてそう言った。

 小さな村の様だ。情報の伝達が早いらしい。余所者は噂の種にされるものだ。フレデリカは自分が胡散臭くない格好であることを確認し、子供に尋ねた。

「坊、旅の方がもう一人いるのか?」

「うん、傭兵だって」

「傭兵?」

 フレデリカは思わず尋ね返した。

「こら、フレッド、いつまでお喋りしてるんだい!」

 まだ若い母親が現れて子供を引きずるようにして連れて行った。

「傭兵か」

 フレデリカはまだ見ぬ相手に興味を抱いた。ただの乱暴者か、自分と同じ流れの中庸か。あるいは志のある者か。この目で見て見たかった。

 ひとまず、真向かいのビフの店に入ると、中年の夫人と思わる給仕が声を掛けてきた。

「いらっしゃい、旅のお方。さぁさ、空腹を満たしていって下さいね」

 フレデリカは席へ案内された。その途中、両手持ちの剣がイスに立て掛けられているのを見た。食事も途中のようだった。もしや、あの子が言っていた傭兵だろうか。

 フレデリカは席に着く。

「都会のように何でも手に入るわけじゃないから、鶏のソテーで我慢してくださいね。変わりにパンは焼き立てですから」

 気立ての良さそうな夫人を見てフレデリカは顔を綻ばせていた。

「ありがとう」

 そう言った途端に夫人の笑顔だった顔が一瞬強張った。だが、夫人は笑顔をすぐに取り戻して去りながらカウンターへ声を上げた。「あんたー、鶏のソテー一つ!」

「おうよ!」

 この店の主、ビフと思われる男性の声が威勢よく応じた。

 品が運ばれてきて、フレデリカは香辛料の強い鶏を切り分けながら口に運ぼうとした。

「パンに挟むと美味いぞ」

 不意に男の声がした。

 見れば隣に一人立っていた。鍛えられた腕、高い身長。髭は薄く、微笑んではいるが、目が笑っていないことがフレデリカには分かった。何が不審なのだろうか。無言の訴えのようにも見えて、怪訝に思っていると、男はテーブルに右手を一度ついて、「じゃあな」と、去って行った。

「代金は置いて置いたぞ、美味かった」

「ありがとうございます! 夜もお待ちしております」

 夫人と旦那の声が息ピッタリにそう言った。

 フレデリカはふと、テーブルに小さな羊皮紙が置かれているのを見つけた。

 あの男だろう。

 開いてみると、一言。「油断するな」と、記されていた。

 何を言っているんだ。

 フレデリカは頭の片隅で悩みながら食事を終えた。



 2



 なるほど、油断するなとはこういうことか!

 深夜、フレデリカがふと目を覚まし、少ししてからだ。廊下に人の気配が現れた。扉が慎重に開かれ、何者かが数人足を踏み入れた。鎧こそ脱いではいるが、幸い剣は手元にあった。

「何者だ!?」

 フレデリカは剣に飛びつくと抜き放ち詰問した。

「それ、やっちまえ!」

 宿の主の声だった。

 躊躇なく振り下ろされる剣を見て、フレデリカは押し返し、剣の腹で相手を殴打した。

「これは一体何の真似だ?」

「殺せ、殺せ!」

 相手は次々斬りかかって来た。

 こいつらは村人だと確信した。躊躇し、相手を弾き飛ばす。

 あの男が食堂で見せた書置きはこういうことだったのか。

 すると廊下の方から断末魔の声が上がった。 

 侵入者達が困惑し、廊下を振り勝った瞬間、影が部屋に飛び込み、悪漢と化した村人を瞬く間に斬り捨てた。

「何を迷っている! 斬らねば! 死ぬぞ!」

 その声は手紙の主の声に違いなかった。

「俺の忠告から察せぬとはまだまだ修業が足りんな」

「これは一体どうなっている?」

 すると一本の蝋燭が点った。相手の顔が見えた。

「甲冑に着替えろ。外で大勢待ち構えているぞ」

 フレデリカは急いで鎧を身に着けた。

「良い剣に鎧だな。俺はバトーダ」

「フレデリカだ」

「よし、フレデリカ、ここから先は油断せぬことだ。ここいらに住む人々にとって旅人はかっこうの餌食だからな」

 フレデリカは蝋燭の灯が投げかける床に転がった村人の死体を見た。

「戦争が続いていてな、税が上がり、特に貧しい民達はこういう暮らしを強いられている。この戦争を終わらせねばなるまい」

 バトーダはそう言い、先導し階段を下った途端に玄関の扉が開き、人影が雪崩れ込んで来た。

「生きているぞ! 奴ら生きてる!」

 身を凍えさせそうなセリフだった。善良な村人から発せられたものとは信じ難かったが、襲われたのは事実だ。

「無駄な抵抗は止めろ! 武器を捨て我々を逃がせ! 金が欲しいなら置いて行く。お前達がどれほど苦しい立場に置かれているかは理解しているつもりだ!」

 バトーダが声を上げて説得しようとしたが、声が轟いた。

「そいつらは殺戮者よ!」

 それは間違い無く食堂の夫人の声だった。

「ここにいるということは、他のみんなを殺したということ!」

「そうだ、やっちまえ!」

 村人達が階段を駆け上がり先頭のバトーダに挑みかかった。

 バトーダは冷徹に村人を斬り殺した。彼に蹴られた亡骸が階段を転がり、階下の村人達の前に落ちる。

「もう止せ。これ以上、無駄な殺生はしたくない!」

 バトーダが声を上げる。彼が一歩一歩階段を下りる度に、村人らは後方に下がる。

 そして階下へ着くと、村人達が襲い掛かって来た。

 バトーダが躊躇うことなく剣を放つ。断末魔が轟く。

 フレデリカはどうすれば良いのか分からなかった。だが、這いずりながらバトーダに近付く影を見て飛び出していた。

「危ないっ!」

 フレデリカの剣は村人を床に縫い付けた。嫌な最後の声が聴こえた。

「助かった。お前も吹っ切れただろう。ここを突破するには、我々が生きて村を出るためには、人々を殺めなければならない。貧しさでどうしようもなくなった哀れな人々を」

 バトーダの言葉にフレデリカは頷いた。頷きながらこんな戦いがあってたまるかと怒りを感じた。国に王侯貴族に、そして神に。

 バトーダとフレデリカが宿を飛び出すと、松明と武器を持った村人達が待ち構えていた。

「殺せ!」

 村人の中から声が上がり、一気に人々は松明を捨てて躍りかかって来た。

 フレデリカは無情を感じながらも剣を振るった。刃は肉を裂き骨を断つ。ただ我武者羅に剣を振るった。力無き敵を何人も何人も、男も女も殺していた。夜が明け、バトーダの甲冑が煌めいた。襲って来る者はもういないが、襲って来た者達の亡骸が鮮明に姿を現す。

 ああ、何て無惨なことになってしまったのだろうか。フレデリカは天へ旅立って逝った人々を見てそう思った。

「こんな戦いがあってたまるか」

 バトーダが言った。

 その言葉にフレデリカは同じ思いを抱いていたので惹かれた。

「バトーダ殿、あなたはこれからどうするおつもりですか?」

 血を浴びたバトーダの顔は鬼のようだったが、冷静な顔で言った。

「この地方の戦争を終わらせるために、私は傭兵団を設立している。同志達のもとに戻って改めてどこの国に味方するのか考えなければなるまいが、このような有様では一刻の猶予も無い。貧しい民は盗賊に身をやつすしかないのだから」

「戦争を終わらせる?」

 フレデリカは驚いて尋ねた。バトーダは頷いた。

「私と来ないか、フレデリカ?」

 その誘いの言葉には無念の思いが宿っていた。これほど、民を考えられる人間にかつて私は出会ったことがあるだろうか。ただ、戦場を流れに流れ、あちらに着き、こちら着き、いたずらに戦を拡大させていただけではないか。そのとばっちりを多大に受けるのが罪もない善良な民だ。だが、フレデリカの脳裏には弟子達の姿が過ぎった。私には帰る場所があるんだ。

「バトーダ殿、あなたのような志を持つ類稀な方に出会えたこと、同じ傭兵として幸運に思う。だが、私には帰りを待ってくれる人達がいるのだ。あなたの誘いは受けられない」

 フレデリカが言うとバトーダは頷いた。

「それなら仕方あるまい。分かった、フレデリカ。故郷を大事にするんだぞ」

 力の宿った優しい目で相手は言った。

 その言葉にフレデリカはハッとさせられた。そうだ、故郷を大事にしなければなるまい。

 旅は中断という格好の悪い形となり、あるいは、どの面下げて戻って来たかと自分でも思う。が、フレデリカはカイとプラティアナが待つ赤鬼傭兵団のもとへと戻ることにしたのであった。それこそが自分の大切な故郷だからだ。

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