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傭兵譚  作者: Lance
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黒竜

「さぁ、戦士の時間の始まりだ! 皆、存分に働け!」

 そう告げたのは上から下まで黄金色の鎧に身を包んだ傭兵団長、ジンだった。

 地鳴りが木霊する。サーディスも僚兵らと共に槍を片手に戦場を一番に駆けた。

 前方の敵と肉薄する。槍の間合いだ。

 サーディスが繰り出した槍の方が一歩早かった。敵は顔面を貫かれ斃れた。サーディスの眼前に迫った槍も地面に転がった。

 死屍累々。最初の突撃だけで、敵味方多くの兵が逝った。

 サーディスは長年愛用していたフェイスガードの着いた鉄色の兜の下で、早くも興奮していた。

 もっともっと敵を殺したい。槍での突撃は終わり、双方ともに抜刀していた。

 サーディスもお古の鉄の剣を抜いた。良く磨かれた刀身は鏡の様に陽光を受けて反射する。

 声を上げて敵兵が棘付きメイスを振り下ろしてきた。サーディスも負けじと咆哮を上げて剣を振り上げ敵の腕を分断した。

「ひいいっ」

 敵兵が腕を押さえ、尻もちをつく。

「威勢は良かったが、それだけだ。相手が悪かったな」

「見逃してくれ」

 命乞いの後にサーディスの剣は振られ、敵兵の首が飛んだ。サーディスは見向きもせず敵の中へと斬り込んで行く。

 傭兵になって三年。戦場を流れに流れて死地を幾度も体験した。それは敵も味方も多くの傭兵が殆どだろう。ツキを味方にしなければならない。そのために俺は戦う。戦場を支配するのだ。

 新手が斬りかかって来る。

 サーディスは剣を薙いで受け止めたが、もう一人が剣を突き出した。

 切っ先はサーディスのお古の鎧に亀裂を入れた。大枚叩いて買い、苦楽を共にしてきた鎧を傷つけられ、サーディスは激昂した。こいつは俺の心臓も同然なのだ。人の心臓に傷をつけておいてただで帰れると思うなよ。

 サーディスは二人の敵兵と対峙した。そこへ誰かが加勢に入った。

「サーディス、ずいぶん荒っぽい戦い方だな」

 太陽を凌駕する黄金色を身に纏った黄金傭兵団の団長ジンだった。ジンもまた鉄仮面で顔を覆い表情が読めなかった。

「こうするんだ」

 ジンはそう言うと瞬く間に敵兵二人を切り伏せた。

「戦場を支配するぞ、サーディス!」

「おう!」

 サーディスは頼もしい救援に、身を躍らせて敵と次々打ち合い、苦労の末に幾つもの勝利と死体を増産した。隣ではジンが両手持ちの剣、サーディスと同じクレイモアーを手にして敵の甲冑を貫き絶命させていた。

 黄金色の鎧に真っ赤な外套。ジンはまるで騎士のようだった。彼が現れる度に傭兵団は意気を上げた。「正義の味方ジンが救援に駆け付けたぞ!」傭兵らはそう吹聴し、意気を上げ、あるいは敵は意気を下げた。ジンは有名な傭兵だった。戦場が黄金一色に輝きそうなそんな思いをさせてくれる頼もしい傭兵だった。

 サーディスは思っていた。どうすればジンのようになれるだろうか。

 黄金竜のジン。民にも人気のある懐の深い平和主義者の素晴らしい傭兵だ。そんな彼の下に集ってくるのも実直、誠実な者達ばかりだった。生憎練度は低いが、ジンが鍛え上げている。サーディスもその一人だった。

「らあああっ!」

 サーディスの魂の咆哮が轟き、振り下ろされた剣が、敵を肩口から真っ二つにする。

「良いぞ、サーディス!」

 ジンに称賛されるのは今のサーディスにとって最大の喜びであり励みになった。だからこそ、どうすれば自分がジンのようになれるのか考えない日は無かった。だが、今は考えるのは後回しだ。敵を斬り捨てながら、サーディスは同僚達と吠え声を上げて敵陣深くへと斬り込んでゆく。

 剥き出しの鉄色の鎧兜は鮮血に塗れていた。

「戦場を支配しろ! 黄金傭兵団! 意気を上げろ!」

 ジンの叱咤激励が戦場を盛り上げる。黄金傭兵団は前進し続けた。



 2



 戦勝に浮かれる砦では黄金傭兵団員と正規兵らが意気投合し勝利を喜び合っていた。

 兜を脱いだジンは、髭の生え揃った中年の男だった。温和で冷静、そして勇猛さを兼ね備えた男で、サーディスがこの傭兵団に身を止めているのもそんな正義の代名詞の様な男がいるからであった。

 割れた甲冑を見て、サーディスは思った。俺も竜になりたい。

 サーディスは砦内の鍛冶工のもとへ行った。

 すっかり顔馴染みの壮年の鍛冶師が待っていた。

「黄金傭兵団が来てからさっぱり仕事は無くなったが、久々に腕を振るえそうだな。貸してみろ、小僧」

 サーディスは甲冑を差し出したが思案した。

「どうすれば俺も竜になれる?」

 鍛冶師にそう問いかけていた。

「目立ちたいのか?」

 サーディスは確信を衝かれた様な思いをした。自分で自分が分からない。自分は手っ取り早く竜になるために目立とうとしているのだろうか。

「黄金竜は陽を支配する。ならば、小僧、お前は闇を支配してみてはどうだ?」

 鍛冶師が言った。

「と、言うと?」

「お前名前は?」

「サーディス」

「よし、サーディス、お前はこれから黒い竜。黄金竜の影、黒竜になれ」

 鍛冶師はそう言うとサーディスから鎧兜一式を受け取った。言葉通り久々の仕事だったのか、上機嫌だった。

「突っ立ってても時間は掛かるぞ。明日の朝、取りに来い」

 鍛冶師に言われ、サーディスは頷き、その場を後にした。



 3



 明くる朝、鍛冶師の元へ赴くとギョッとした。黒一色に塗られた鎧兜が台座に飾られていたからだ。

「小僧、いやサーディス来たか」

「来たかじゃねぇよ、何だよこれは?」

「ん?」

「色だよ!」

 サーディスは恥ずかしく思って抗議すると鍛冶師は笑った。

「言ったろうが、黄金竜の影、黒竜になれと。それともお前はこの黒竜の鎧の名に恥じるほどの軟弱な傭兵なのか?」

「んだと」

 サーディスはそう返し、塗られてしまった物は仕方が無いと鎧兜を身に着けた。

「なかなか様になってるぞ。黒竜サーディス」

「どうだか」

「恥じるな、ほれ、お披露目に行って来い」

 鍛冶師に促され、サーディスは嫌な溜息を吐きたい気分になりつつ、砦内を歩んだ。

 仲間達は驚いていた。

「あれ誰だ?」

「さぁ、知らねぇな」

 サーディスは頬を紅潮させながら団長のもとへと歩んで行った。

「サーディス、良い色してるじゃないか」

 ジンは一目でサーディスだと見抜いていた。

「前向きな心境の変化だとは思うが、何故黒に?」

 サーディスは息を一つ吐いた。

「俺がここを去るまでの間、黄金竜の影にでもなってやろうかと思ってな」

 吐露するとジンは嬉しそうに頷いた。

「黒竜ということか。お前は人一倍見込みがあるからな、良い影、いや、竜になれる」

 ジンは慈愛に満ちた父のような眼差しでサーディスを見た。

 その瞬間、サーディスの心は決まった。

 なる。俺は影の竜、黒い竜になって見せる。

 それから仲間や正規兵らに散々冷やかされたが、サーディスは恥じることなく堂々としていた。

「次期に貫禄も出るだろう」

 ジンがそう言った。

 不意に見張りが叫んだ。

「前方、敵影が見えます!」

「来たな、行くぞ皆!」

 ジンが声を上げると傭兵らに混じって正規兵らも鬨の声を上げた。

 まずは傭兵隊が出て行く。正規兵は半数は砦に籠り、守備を務める。

 敵勢は波が押したり引いたりするような影となって停止した。

「槍部隊前へ!」

 その声にサーディスも長槍を手に最前線へ出る。

「当てにしてるぜ、黒い竜」

 隣の同僚が声を掛けてきた。

「自分の命は自分で守れ」

 サーディスはそう返した。

 敵勢が槍を木立のように上げながら突進してくる。

「こちらも進め!」

 ジンの声が轟いた。

 サーディスら最前列の兵らは、間合いを計り一気に槍を突き出した。

 槍衾同士の戦いで戦端が開いた。サーディスの繰り出した槍は敵の甲冑を貫いていた。

 抜刀し、白兵戦となった。

 煌めく剣、気勢を上げる声、悲鳴、一瞬で戦場の音と風景に染まった。

 サーディスは勇躍し一人の首を刎ねると、剣を突き出し新手の胸の甲に亀裂を走らせた。

「こいつ!」

 憎悪を向けて反撃する刃を避け、サーディスは剣を旋回させた。敵の胴体の半ばまで切り裂いていた。敵が斃れる。

 もっと力が欲しい。サーディスは切実にそう思った。

 黄金竜は一撃で敵を真っ二つにするほどの膂力を持っている。影を務めて名乗るのなら力はまだまだ必要だ。

「シャアアアッ!」

 サーディスは咆哮を上げて剣を振り下ろし敵の剣を圧し折った。そのまま慄く敵兵に向かって口元を歪めて全力で刃を薙いだ。今度は甲冑ごと敵を分断することができた。

「やればできるじゃないか」

 馴染みのある声がし黄金竜ジンが隣で血の滴る剣を振るっていた。敵兵は兜を打ち壊され、頭蓋が拉げて斃れた。

「さすがは俺の影、黒い竜よ」

 サーディスは少々嬉しくも恥ずかしくも思った。

 昼間の戦場で黄金と黒は目立ちすぎる。地位のある者と見られ、功名に逸った敵兵が二人を次々と襲ってきた。

「行くぞ、黒竜! 戦場を支配するんだ!」

「おう!」

 サーディスは勇躍して黄金竜と肩を並べて戦場を駆けた。



 4



 話を聴いていたフレデリカが尋ねてきた。

「あなたが黒い鎧を身に着けていたのはそのためだったのですね」

 サーディスは昔懐かしい記憶を振り返って頷いた。

「もう、俺は影の竜じゃない。一匹の独立した竜だがな」

「そうですね」

 フレデリカが頷いた。

「黄金傭兵団はまだ存在するんですか?」

 その問いにサーディスは苦虫を噛み潰した顔をするしかなかった。

 フレデリカも察したようだが、サーディスは話した。

「ジンは暗殺された。それからは呆気なく傭兵団は落ちぶれた。俺が引っ張ろうとしたが、黄金竜あっての傭兵団だったからな。辞退者が続出した。戦死されるよりはマシだが。良いヤツってのは早く死ぬというのが少しだけ信じられた。ジンほどの男が大陸にいるか、いつかお前の目で見て来いフレデリカ」

「あなたはどうするんですか?」

「そうだな、もう俺の運命は決まってるようなものだ。そら、お嬢さん、剣を持て稽古の再開だ」

 サーディスはそう言い、フレデリカが両手持ちの剣で素振りをするのを見ている。

 黄金傭兵団の影に俺はなれていたのかな。

 なぁ、ジンよ。戦場の偉大なる黄金の竜よ。

 サーディスは虚空を見上げ思いを馳せたのであった。

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