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傭兵譚  作者: Lance
18/161

故郷

 その男はおおよその傭兵と比べて身体が大きく豪快な男だった。

 頭髪も口ひげも既に白い。老境に入りながらも身体を赤い板金鎧で身を包み、幅が規格外に広い大剣を担いで笑い飛ばしていた。

 ここはとある村。フレデリカと二人の弟子は旅の途中にここに立ち寄った。傭兵団が駐留し、村人と温和な雰囲気を漂わせていた。フレデリカはこの傭兵団は、利に聡い、略奪と暴虐を楽しみにする他の傭兵団とは違うと感じていた。

 それが目の前にいる大きな体躯をした老戦士で赤鬼と名乗った男の人徳のなせる業なのだろうと痛感した。

 カイは一目で赤鬼を気に入り、フレデリカのサーディス流の修業をさぼってまで赤鬼に会いに行っていた。フレデリカはカイを赤鬼に取られても構わない気持ちだった。ましてやこの身も虜にするほど赤鬼は尊敬に値する楽しい傭兵だった。

 プラティアナはカイを好いていて内心穏やかではないようだった。稽古に身が入らない。彼女らしく無かったが、だからこそ生真面目さ故の問題だろう。フレデリカは告げた。

「今日はここまでだ」

 まだ太陽は午後の位置にもなっていない。プラティアナは怪訝そうに言った。

「お師匠様、どこかお身体の具合が悪いのですか?」

「いいや、違う。ただ、この村に駐留する傭兵団は類稀に見る慈悲のある傭兵団だ。私もお前も少し他の傭兵達と交流できたらと思ってな」

「学ぶところがあると?」

「そうかもしれない。それにいつも私とカイと一緒なだけでは人間的に成長はできない。成長の鍵は他者だ。色々自由に話しておいで。気の済むまで遊んで来なさい」

 フレデリカはそう言うと銀貨を五枚彼女に渡した。

「ありがとうございます。分かりました」

 プラティアナは駆け出して行った。

 フレデリカは思っていることがあった。ここなら居場所になれるのではないだろうか。赤鬼の下で傭兵をしても良いのでは無いだろうか。流れ流れてきたが、カイもプラティアナと結婚できる年になった。十八歳だ。二人には安住の地が必要だ。そうしなければ、安心して子供だって産めない。

 私ももう一度赤鬼に会って来よう。

 フレデリカは穏やかな村の中を歩んで行った。



 2



 赤鬼は村の酒場にいた。呆れたことに昼前から酒を呷っている。

「よう、フレデリカ」

 赤鬼はそう言うと席を勧めた。

「もう酒を飲んでいるが大丈夫なのか?」

 フレデリカが問うと赤鬼は笑い飛ばした。

「酔うほど飲まん。酒には呑まれん」

「いくら飲めば酔うのだ?」

 フレデリカが疑わしげに尋ねると赤鬼は笑い飛ばした。そして応じた。口ひげに麦酒の泡がついている。

「カイは良いな、鍛えこまれている。あの剣に振り回される事なくようやるわ」

 カイについてはフレデリカも認めるところだった。成長と年齢を重ねて背丈を伸ばし筋力をつけて、ずっと幼い頃より、相棒として扱っていた両手持ちの大剣を今では自在に操れるようになった。これまでは剣の重心に振り回され見ているこちらが戦場で冷や冷やしたものだ。

「プラティアナと結婚すると言ってたぞ。先ほどプラティアナが迎えに来て、デートに誘っていたわい。微笑ましいの」

「赤鬼、あなたの部下達は統率が行き届いていて立派だが、どうか、あの二人の仲だけは邪魔しないように言い含めておいてくれないか」

「心配か?」

「ああ。私はあの二人の師であり姉であるつもりだ」

 フレデリカが真剣に応じると、赤鬼は四角い顔からゲップを漏らして頷いた。

「分かった、うちの男どもは性根が良いヤツらばかりだからな。プラティアナもいちころじゃろう」

「それが心配なのだ」

「申し渡すつもりはあるが、それならそれで自然なことだ。良いのではないか?」

 赤鬼はそう言うと意地悪く微笑んだ。

「いじめないでくれ」

 フレデリカが言うと赤鬼は豪快に笑い二度頷いた。

「情勢は?」

 フレデリカは話題を変えた。赤鬼の顔が幾分引き締まる。

「ここは最前線への援軍として駐留しているわけだが、どうだろうな、そろそろ御声が掛かる頃合いだ。だからお主らは発った方が良い」

「あなたが負けるというのか?」

「ワシも一人の人間じゃからな。流れ矢で死んだり、ちっぽけな戦死をするかもしれない」

 フレデリカは思案していた。赤鬼の戦いを見て見たかったし、赤鬼の下になら居ても良いとやはり思ったのだった。だが、実力を見てからだな。

「一度だけ私達も同行しよう。足は引っ張らない」

「ほう、来てくれるか。お主の鎧姿を見ていると、まるで娘ができたような気分になれる」

 赤鬼はそう言うと再び麦酒を呷ったのだった。

 その夜、フレデリカの意思よりも早く、カイとプラティアナが彼女の部屋を訪ねて来て言った。

「師匠、話があるんだけど」

 カイにしては遠慮がちな声掛けだった。

「何だ?」

 フレデリカは応じた。

 カイは二度、深呼吸をして眦を見開いて言った。

「俺達、結婚することにしたから」

 フレデリカは先に切り出されたことに度肝を抜かれた。二人にとってもここが安心できる地なのだろう。自分もそう考えていた。正直、この告白を待っていたかもしれないが、フレデリカはかぶりを振った。

「何でだ!?」

 カイが抗議の声を上げた。プラティアナがカイを宥めた。彼女の髪飾りは黒バラから赤いバラに変わっていた。カイが贈ったのだろうか。

「カイ君、お師匠様にもお考えがあるのでしょう」

「お前達の結婚は正直嬉しい。だが、まだこの地が本当に安全な地か分からない。一戦だけ、赤鬼傭兵部隊の戦いぶりを見よう。この世界に安住の地など殆ど残されてはいない。食べて食べられて食べ返す。そういう世の中だ。大地はやせ細り、生命は数多に失われている。ここがそんな類稀な平和な力のある地ならば、私はお前達が結ばれることを歓迎する」

 フレデリカはそう答えた。

 カイは不服そうだが、プラティアナが頷いた。

「赤鬼団長の実力を私達はまだ知らないですからね」

 そうして二人は引き上げて行った。



 3



 平和な村に急使が駆け付けてきた。

「伝令! 赤鬼団長は居られるか!?」

 村に緊張が走った。傭兵達が次々集結する。総勢百名だ。

「出陣か?」

 赤鬼はゆっくり歩いてくると言った。

「はい、敵勢が我が軍の砦を攻めております。至急、増援をお願いしたいと司令官が」

「分かった、要請に応じよう」

 赤鬼はそう言うと既に整列している部下達を振り返り、頷いた。

「聴いたな、出陣だ。命を粗末にはするなよ」

 一声で応じる部下達を見ながらフレデリカは進み出た。

「赤鬼団長、この戦いに我々三名も加わらせていただこう」

「好きにせい。ただし約束しろ、死ぬな」

 その声にカイとプラティアナが揃って返事をした。

 カリスマ性では既に赤鬼の方が上なのだな。フレデリカは少し寂しく思った。

 全員が騎乗した。フレデリカらも馬に跨った。最後尾で号令を待った。

「出陣!」

 赤鬼の声が轟いた。



 4



 丘に砦がある。破城鎚の低い轟音が轟いていたが、その音を掻き消すように軍馬の群れが敵の歩兵隊に襲い掛かった。

 赤鬼率いる援兵の騎兵隊はあっという間に敵陣に風穴を開けた。

「それー! もういっちょおおお!」

「もういっちょおおおっ!」

 赤鬼の声に部下達が唱和する。

 歩兵隊の向ける長槍の穂先が煌めき待ち構えている。

 赤鬼隊は恐れることなく突撃し、歩兵隊を踏み拉いた。

 馬が息を荒げ始めている。これまでの強行軍が響いたのだろう。

「馬から下りよ! 戦場を我らの足で踏み締めろ!」

 赤鬼が言うや、部下達が馬から跳び下りた。赤鬼も下り、フレデリカらも続いた。

 歩兵隊は林木の如く槍を揺らし、津波の如く広がっていた。

 他方面の援軍がこちらに合流し、赤鬼隊は砦と敵本隊とを寸断した。

「それ、敵本陣を落とせ!」

 赤鬼は怒号するや、駆け出した。巨大な剣を担ぎ、敵勢へ一番に向かって行く。

「大隊長を死なすな!」

 部下達が慌てて抜刀し、後を追う。フレデリカ達も並んだ。

 矢が眼前に次々迫って来る。射られて落伍する者を避けて、フレデリカは研ぎ澄ました心眼で矢を剣で弾き返した。

 カイとプラティアナには盾を持たせたいと思ったが、二人とも師と同じく剣で矢を打っていた。

 知らぬ間にここまで成長したか。フレデリカは嬉しくなった。

 歩兵隊が剣に持ち替え突進してきた。

 突出していた赤鬼の姿が見えなくなったと思いきや、頭上高くに敵兵が打ち上げられていた。

「近付かないように」

 傭兵の一人がフレデリカらに忠告した。

 それも納得だ。あの巨剣に打たれ切り裂かれたいなどと思う者はいないだろう。敵でさえ、将の苛立った叱咤が無ければ動かなかった。むざむざ命を落としに行くものだ。フレデリカは敵兵を哀れに思いながらも赤鬼の勇躍ぶりに感心していた。あれはサーディスでも勝てたかどうか。世界は広いということを思い知らされた。

 そうだ、世界は広いのだ。

 フレデリカの中である決意が浮かんだ。

 繰り出される刃を頭上から打ち落とし、無防備な顔面に突きをくれる。貫かれた敵兵は斃れた。

 その間にも赤鬼の暴風のような剣風の音と悲鳴が次々轟いていた。

 遠巻きに矢を射ようとすればたちまち赤鬼は突貫し弓兵を吹き飛ばした。何とも荒々しい戦い方だ。戦神。雷神。フレデリカはふとそう思った。彼女も弟子達も赤鬼隊と肩を並べて剣を振るい敵の陣列に食い込み乱していった。赤色の鎧には新鮮な返り血が目立つほど付着していた。

 戦場を支配しろ!

 サーディスの言葉が蘇る。今、こちらの軍勢は完全に支配権を握っていた。進む度に足元に転がった屍が出迎えた。

 赤鬼の巨剣は目立った。頭上高く振り上げられたその塊は、陽光を帯び、黄金色へと輝いた。何と神々しいのだろうか。そして振り下ろされる。地を穿つ音が響き渡り、敵兵が四方へ吹き飛んだ。

 退却のラッパが鳴り、敵兵が引いて行った。

「追うな! 鬨の声を上げろ!」

「おおおっ!」

 赤鬼は戦場の主役だった。



 5



 数日駐留し、村へと引き上げた。

 旅姿に着替えたフレデリカは赤鬼へ会いに行った。

 彼は昼前だと言うのに酒を呷っていた。口ひげにはやはり麦酒の泡が付いている。

「どうした、そんな格好で。先日、お主の弟子二人が結ばれたばかりではないか」

 赤鬼は咎める様子もなく不思議そうに尋ねてきた。

「赤鬼団長殿、カイとプラティアナをお願いいたします」

「可愛い娘からの頼みだ。断る道理は無いが、どうしたのだ?」

 フレデリカは息を整え答えた。

「あなたの戦い方を見ていたらまだ見ぬ世界の強豪達をこの目で見たくなりました。私は旅に出ます」

「お主の独自の流派と教えは良いのか?」

 その問いにフレデリカは頷いた。

「カイとプラティアナなら充分、身につけました。後は、赤鬼殿、あなたのもとで実戦を積ませてくれさえすれば、二人はあなたが驚くほどの力を得るでしょう」

 その言葉に赤鬼は喉を唸らせた。

「お主の頼みじゃ、聴こう。くれぐれも息災でな」

「ありがとう、赤鬼殿」

 フレデリカが後にしようとした時だった。

「全て終わったらここへ帰って来い! 帰り道が分からぬ旅だけはするなよ。ここがお前の故郷だ。ワシらが見事に守って見せよう」

 背に掛けられた頼もしい声にフレデリカは微笑んだ。そして軽く一礼すると歩み出した。

 村は平和だ。自らの居場所を捨てたと思ったが、赤鬼の言葉で元気づけられた。ここが私の、フレデリカの故郷なのだ。

 彼女は人知れず、村を後にしたのだった。

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