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傭兵譚  作者: Lance
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終焉

 あれから十年近く時は流れた。

 今ではかつて幾つかの国が覇権をかけて争っていたことなど人々の記憶の中では彼方へ追いやられていた。そんなことよりも、日々新しく生まれる命、役目を終えて眠りに就く命の方に気がいっていた。

 寒い冬の訪れた日だった。

 フレデリカはベッドに仰臥し、天井を睨みながら胸の呼吸と未だ戦っていた。

 彼女は失われる命の側であった。

 秋の中頃に調子を崩し、治ることの無い病だと知った時には絶望した。それは周りの者達もであった。それからフレデリカの身体は本人の気力を無惨にも打ち果たし弱らせていった。

「プラティアナは?」

 フレデリカは咳き込み、苦し気に呼吸をしながら尋ねた。

「急使を送った。師匠、持ち堪えてくれよ。赤鬼のじいさんだってまだまだ元気なんだ、それなのに四十過ぎの師匠がこんな様じゃ、くそっ、この神の悪戯を俺は許せない」

 カイが言った。

「フレデリカ、死んじゃ嫌だよ!」

 ルクレツィアが涙を流しながら右手を手を掴む。伝わって来る温もりが優しかった。

「御師匠殿! 私ももっと鍛えて欲しいのだ!」

 カサンドラの声も聴こえる。

「二人とも静かにしろ」

 リョウカクが威厳ある声で言ったが、声は震えていた。

 フレデリカは微笑み、足元に立つ懐かしき人を見た。

 漆黒の鎧兜に身を包んでいる。リョウカクではないことは一目瞭然だった。私は年を取ったのにあなたはあの時のままなのですね。

「フレデリカ、迎えに来た」

「もう少し待って、プラティアナが来るまで」

「師匠?」

「フレデリカ?」

 弟子達が不安げな声を出す。

「あなた達には見えないかもしれないけれど、私にはお迎えが来ているのよ」

 フレデリカは咳き込みがら言った。

「駄目なのだ! お迎えなんて来てないのだ!」

 カサンドラが声を上げた。そして泣いた。カイが彼女を抱き締める。

「死神よ、ここにお前の出る幕は無い、去れ!」

 フレデリカの視線を追ったのか、リョウカクがサーディスに向かって怒号した。

「やれやれ、俺は嫌われ者だな。俺の遺志を継ぐ弟子達にここまで言われるとは、全く損な役回りだぜ」

 サーディスが言った。

「私はあなたで嬉しい」

 フレデリカはサーディスに言った。

「だが、死にたくは無いんだろう?」

「分からない」

 フレデリカは答えた。

「ほう」

「向こうの世界に行けばあなたと再び歩めるもの。それにみんないつかは私の元へ来てくれる」

 フレデリカが言うとルクレツィアが声を上げた。

「サーディス! あんたなのね、お迎えって! 駄目よ、お願い、フレデリカを連れて行かないで!」

 ルクレツィアの声が屋敷中に轟いた。

「サーディスだと!?」

 リョウカクが驚きの声を上げる。

「フレデリカを迎えに来るならサーディスに決まってるわ! サーディス駄目、フレデリカを連れて行かないで!」

 ルクレツィアの涙声を聴き、フレデリカは胸が篤くなった。

 ありがとう、私の最高の弟子達よ。私を惜しんでくれてありがとう。

「相変わらず、ルクレツィアは可愛いな」

 サーディスが笑い溜息を吐く。その黒い兜から露出した双眸がこちらを注視した。

 フレデリカはゆっくり頷いた。

 急に細い呼吸が更に細くなってきた。全身に力が入らない。

「行くぞ、フレデリカ。もう時間切れだ」

「ええ、サーディス……」

 サーディスが手を差し出す。フレデリカはふわりと起き上がり、その手を掴んだのだった。


 2



 大小の小石が転がる小川に来ていた。せせらぎは柔らかく、水自体が煌めいていた。空は厚い雲に覆われていたが、ところどころ隙間から後光のような帯が差している。

「とうとうこっち側に来ちまったな」

 隣でサーディスが言った。

「そうね。前は反対側だったのに」

 フレデリカは左腕が義手で無いことに気付いていた。せせらぎに映る顔は三十代の頃の顔だ。サーディスは若いというのに、隣に並べばこれでは私が姉のようでは無いか。

「どうした?」

「いいえ、死んでも年増だなと思って。これでも若いけれどね」

「そうだな。だが、良い顔つきだ。好きだぜ」

 サーディスは兜から露出した口元を動かしそう言った。

「ありがとう、サーディス」

 フレデリカはこそばゆくなりながら礼を述べた。

「この地ではその人が一番輝いていた頃の姿になるらしい」

「確かに色々なことがあった歳だわ」

 フレデリカは思い出す。戦、赤鬼傭兵団、成長しようとする弟子達の姿を。

「あなたは、その姿の時が一番輝いていたのね。何か特別なことをしていたの?」

 フレデリカが問うとサーディスは笑い声を上げた。

「お前を鍛えていた」

 それだけ言った。

「そう」

 フレデリカは懐かしい思い出にとらわれた。出会って来た人々、敵だった人、味方だった人の姿が脳裏を過ぎる。腕に残る剣を振るう感覚が呼び起こされた。

「一生懸命に生きたな、フレデリカ」

「ええ」

 サーディスがフレデリカの右手を取った。

「そろそろ行くぞ」

「何処へ?」

「更なる強者を叩きのめしにさ。世界は広く、歴史は深い。たくさんの猛者達がお前の到来を待っているぞ」

 サーディスは歩き出す。フレデリカも手を引かれて歩み出したのだった。



 傭兵譚 fin

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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