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傭兵譚  作者: Lance
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最後の挑戦者

 プリシス本国は包囲され、一日ともたなかった。

 プリシスの老皇帝は慌てふためき、都の中を逃げ回った。

 皇族の身柄を拘束し、やがてプリシスの皇帝も井戸の中で見つかると、ブリック王はこれらの身柄をボルスガルドへ差し出した。カサンドラもイギスも助命嘆願はしなかった。どれだけ親子関係が希薄だったのか分かるようだった。

「煮るなり焼くなり好きになさればよろしい」

 ブリック王の言葉にボルスガルドの王クラウザーは頷いた。

 そうしてロイトガル王国は大陸制覇を果たしたのであった。



 2



 大陸を制覇するとブリック王はまずは戦の論功から行った。

 騎士には領土を、従騎士には例外もあったが殆どが新しい騎士に任命された。兵士も殆どプリシスの宝物庫からだが給金が弾んだ。これも例外はあるが傭兵は従騎士として召し抱えられた。

 広い領土を信任厚き騎士らが新たに国王の目と耳、腕となり治めることになる。

 赤鬼は引退し、ペケ村で余生を過ごすことになった。

 カイは近衛隊長に抜擢された。近衛隊の名前は赤鬼隊となり、赤鬼傭兵団員達がカイのもとで務めることになった。

 ルクレツィアとカサンドラは揃って恩賞を断り、共に兵卒となった。

 ロッシ中隊長はイギスと結ばれ、イギスは旧プリシスの首都の太守になったが、ロッシ中隊長はその城下で仕立て屋を開いていた。昔から服を作るのが夢だったという。

 バトーダは騎士になり、エドガーはその従騎士になった。

 ドムルは歩兵大隊長のままだったが本人がそれを望んでいた。

 ブリック王は首都に戻り、ミティスティと結婚した。

 ローランドはウイと騎士に認められたカールが結ばれ、ウイの家の家令となった。

 カティアはオズワルドと結婚し、騎士の妻として日々を送っている。

 フレデリカは剣術指南役となり、王の子を鍛える師となった。だが、まだまだ出番は遠い。

 新しく国が動き出してしばらすると、まるでこの時を待っていたかのように門前に一騎の騎馬が乗りつけた。

「国王に挑戦したい。王を呼んで来い」

 黄金馬に跨った優美な若き男はそう述べた。番兵らが捕縛しようとしたが、打ちのめされ、彼らは助けを求めに走った。

 王は近衛に守られ現れた。

「久しいなテトラ」

「ああ、久しいな王よ。祖国の仇、私と刃を交える覚悟はあるか!?」

 テトラの大音声が響く。磨かれキラリと光る見事な戟が向けられた。

「テトラ、お前の相手は俺だ」

 カイが進み出る。

「カイ、下がれ。この者の相手は私が務めなければなるまい。この者には幾分か貸しもある。大陸を得られたのもこの者のおかげだ」

「フフッ、応じてくれて嬉しいぞ。東方連合が将、テトラ、参る!」

 戟が突き出されるが、ブリック王は素早い居合抜きでこれを弾いた。居並ぶ人々は久々に剣戟のぶつかる高らかな音に胸を弾ませた。彼らは無言で王を応援している。

 戟が旋回し空気が震撼する感触、ぶつかる刃鳴りと火花、どれもこれもが兵士に近衛の心を熱くさせた。

 もう二十合打ち合っているが決着は着かない。

「王よ、貴様も強くなったな」

「良い師に恵まれたからな」

 王の渾身の一撃が戟を弾き返したと思ったが、テトラの戟はビクともしなかった。響いたのは強烈な鋼の音だけだった。

 テトラは巧みに馬と戟を動かし、地上の王を翻弄する。馬上では動作に制限がつくが、テトラは馬を下りる気配を見せなかった。

「カイ殿、御止めしなくて良いのですか?」

 近衛の一人がおずおずと役目を思い出したかのように尋ねた。

「好きなようにさせな。王はそれを望んでいる。例え死んでも本望だろう」

「本望? 主亡き国になればまた大陸が乱れますぞ」

「テトラもそのぐらい分かっているだろう。大人しく見てようぜ」

 カイはそう言い、一進一退の攻防に血が滾るのを抑えていた。

 テトラの突きを王は避けた。そうして距離を近付け、馬上のテトラに斬りつけた。テトラは跳躍し、空高く回転して地に下りた。

「やるな」

「私は重き使命を背負っている。貴様に安々と殺されるわけにはいかぬ」

 テトラが地を蹴る。

 薙ぎ払いは強烈で王はその下を掻い潜った。

「おっ!?」

 誰もが王の勝ちを確信した瞬間であった。

 テトラは石突きを戻し、懐に迫った王の頬を殴打した。

「ぐっ!?」

 王が吹き飛ぶ。兜が落ち、長い綺麗な金色の髪が乱れた。

「陛下!」

 兵士が声を上げる。

 鼻から血を滴らせ、王は王者とも言えぬ無様な姿になった。

「テトラ、もう、満足だろう?」

 近衛の一人が声を上げた。

「私が満足してはいない」

 王はそう言うと立ち上がった。

「王、これ以上はいけません!」

 兵士も近衛も騒ぎ立て、剣を抜いて王を守護しようとする。

「俺の周りに立つ者は斬り捨てる。鼻血程度でいちいち騒ぐな。カイ、黙らせろ」

「王はああ仰っている。誰も水を差すな。さもなきゃ、俺が叩き斬る」

 カイが抑揚のない声で言ったが、赤鬼の団長だった男としてその勇名を知る近衛と兵士達は黙って剣を収めて下がった。

「ゆくぞ、ロイトガルの国王よ!」

 戟を頭上で振り回し、重たい風の音色を鳴らしてテトラが言った。

 王が駆けた。突進するが、戟に剣を打ち落とされた。強烈な音色が木霊するが、王は両手持ちの剣を放さなかった。

 だが、手が痺れたらしく動かない。

「いよいよ最後だ。その首貰って散って行った同胞の供養とせん!」

 テトラが刃を振り抜いた。

 王は剣で押さえたが、吹き飛ばされた。剣が高らかな音を立てて地を転がった。

 テトラが歩み寄り、倒れる王の鼻先に刃を突き付けた。

「うおおおおっ!」

 テトラが咆哮し、カイ以外の護衛は目を瞑った。

 だが、戟は突き立つことなくテトラの背中に担がれた。

「私の復讐はこれでしまいにする。再び大陸が乱れぬようにその統治の手腕をボルスガルドより見ているぞ。さらばだ、ロイトガルの王よ」

 テトラは王達に背を向け口笛を吹いた。

 黄金馬が馳せて来る。

 その背に跨り、戟を担ぐと一度もこちらを振り返ることなく去って行ったのだった。

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