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傭兵譚  作者: Lance
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弟を探して

 戦勝の酒場は懐の温かい傭兵達に溢れていた。カティアはそんな同業者の男どもから距離を取り、隅のカウンターで独りワインを呷っていた。

 刺突。防御、刺突。の繰り返しだった。それがカティアの戦い方だ。右手に刺突用の鋭利な切っ先のある武器を手にし、左手には刃が大きなノコギリ状になった短剣を持つ。彼女ぐらいの熟練になれば、薄い刃を圧し折るくらい容易いことだった。

 空になった赤ワインの瓶を見る。酔うつもりで来たわけでは無い。情報を掴みに来た。カティアという偽名を名乗り傭兵になってから二十年以上は過ぎている。

 悲惨な過去を持ち、己に絶望していたカティアだが、自分をさらい乱暴しようと企んでいた傭兵達の隙をついて逃げた。

 故郷の村まで懸命に駆けたが、辿り着いた先で見たのは、残された顔見知りの女性や老人の首を刎ねられた亡骸だけだった。

 徴兵された父親が帰って来ることだけを信じ、独り村に居たが、父は帰って来なかった。

 サーディスはどうなっただろうか。一緒にさらわれた中にはいなかった。

 カティアは弟を探す旅に出ること決意した。

「ワインをおくれ」

 カティアが言うと酒場の主が瓶を片手に歩んで来た。

「サーディスという名前に心当たりは無いかい?」

「さぁ、知らんな。お姉さん、人探しかい?」

「ああ。弟だ」

 望みは薄いだろう。カティアはチップを置こうか悩んだ末に銀貨を一枚カウンターに置いた。

「本当に知らないが……何か特徴はあるのかい?」

「何にも。ガキの頃だからね、生き別れたのは。正直、生きているのかも分からない」

 カティアの言葉に酒場の主は困ったような顔をしながら思案していた。

「そういえば、どこかに傭兵の村なんてのができたらしい。大陸各地を渡り歩いてきた傭兵達ならあるいは」

「傭兵の村か」

 もし生きているのならサーディスが何を生業にして生きているのか考えたことは無かった。案外、自分と同じで傭兵になっている可能性もある。

「ありがと」

 カティアが言うと酒場の主はチップを手にし他の客の呼び出しに応じて去って行った。



 2



 傭兵の村を今は頼りにカティアは旅を始めた。

 だが、途中、山賊退治や戦などもあった。自分が傭兵の村に近付いているのかも分からない。当てがありそうで無い旅だ。カティアは剣を振るい、勝ち続け、傭兵の村のことを聴いて回ったが、情報は掴めなかった。

 年増だが美しい彼女を見て男どもは幾度か誘ったが、そんな野猿のような奴らをカティアは足蹴にした。傭兵の村なら傭兵に聴けば良いのかもしれないが、それでは自分が負けたような気がしてならなかった。傭兵に狂わされた人生だからだ。それなのに自分も傭兵だ。刺突のカティアの異名を持つほど腕を上げた。

 師が良かった。バロンという名前の騎士で、放浪していたカティアを拾って育ててくれた。カティアがどうしても弟を探す旅をしたいと言った時に、二年の剣術の訓練を条件に出された。そのお陰で今の刺突のカティアがある。バロンは兄のような存在だった。惹かれはしたが、身分違いであることを思い、バロンへの恋の感情を振り切る様にして、カティアは遠くへ旅に出た。

 サーディスなんて名前の男が二人もいるとは思えなかった。それを希望にして歩んでいた。だが、とも最近思った。もしかすれば弟は自分と同じで偽名を使って生きているのではないかと。もしそうなら、困難な探索になる。



 3


 飯の種があれば飛び付く。傭兵なら誰だってそうだ。カティアもまたとある国の傭兵募集の報せを聞きつけ、馳せ参じた。

 傭兵は男どもで、既に勝った気でいるようだった。カティアは紅一点で、声を掛けてくる傭兵達もいたが、相手にせず追い返した。

 戦が始まり、カティアは歩兵隊の一人として出陣した。

 勝った気でいた同僚達が次々斃れて行く。何の感慨も湧かない。弱いから死ぬだけだ。

 カティアは剣を突き出し、鋭利な切っ先で敵の鎧を貫いた。

 戦場は様々な声が混じり合い一つの音となっていた。叱咤激励も断末魔すらも掻き消してしまう戦場の音。カティアは自分が一匹の狼になれたような気分で無心に剣を振るった。

 カティアの右手の武器は細い。打ち合えばすぐに圧し折られるだろう。だからこそ、左手の太い短剣で受け止め、ノコギリ刃に挟んで力を入れて凶刃を折り曲げ、圧し折る。驚く相手の顔面に突きを食らわし、脳を貫通させた。素早く引き抜き、次に襲って来る敵の攻撃を屈んで避け血糊を滴らせた切っ先を繰り出す。カティアは瞬く間に五十人以上を貫いていた。

 だが、戦場など自分一人でどうにかなるものでもない。自分の働きは小石のようなものだ。

 カティアは息を吸い、目を頑と開いて一匹の狼として咆哮を上げた。

 傭兵が憎い、傭兵が憎い。全てを奪った傭兵がとても憎かった。だが、皮肉なことに自分もその一員だ。だが、私は違う、奴らとは、こいつらとは違うんだ。

 しかし、頼ろうとしているのは傭兵の村だ。

 戦場の小石達の働きが合致した瞬間、勝利への道が開かれた。

 敵側から退却のラッパが吹き鳴らされる。

「追撃せよ!」

 こちらのお偉い将が命令を下す。カティアは他の傭兵や兵士らと共に、背を向けただ生へ執着したい一心で逃げる敵兵を追った。

 追い縋りながら、無防備な背を刺し貫き、次々仕留めた。途中で馬を拾って敵を追い続け幾度も貫いた。物言わぬ断末魔が彼女の飢えを満たして行く。彼らの代わりに吼え猛り血を飛散させた。

 追撃を止めるように報せが届くまで彼女は無心に駆けて敵を殺した。

 斃した敵の命がいかに軽いものか、換金所で報奨金を貰う時によく感じたものだった。

 カティアは路銀を懐に収めると、歩み出す。戦勝で浮かれる酒場に。ひとまずの可能性として傭兵の村のことを知るために、彼女は歩んで行く。弟サーディスの手掛かりになるかもしれないと少しだけ期待して。

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