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傭兵譚  作者: Lance
158/161

援軍到着

 周囲が明るくなったころには、その半狂乱の餓狼の群れが、押し寄せ人数で強引に前線を破ろうとするのをブリック王は丘の上から見た。

 一万は居るだろう。敵はあの闇の中、大騎士団を別に行動させる中、本国からの増援をよこしたのだ。こうなれば、徴兵されただけの一般人などと侮るわけにはいかない。

 ローランドは無事だろうか。ボルスガルドの援軍は来るのだろうか。最悪のシナリオは、どちらも全滅することだ。生き残った大騎士団が反転し再び戦いに加わる。そうなれば勝てないだろう。

 志願兵に止まらず徴兵すべきだったのかもしれない。

 ロイトガル国王は押される前線を見ながら一人弱音を吐きそうになるのを抑えていた。



 2



 腕を失えば泣き叫び、それでも襲い掛かって来る。ただの民衆に国に対してこれほどの忠勇、いや執念があるのだろうか。

 フレデリカは最前線でクレイモアーの刃が脂で鈍るのを感じた。

 騎士も兵も傭兵も動揺し、必死だった。徴兵された敵兵の声は一つだった。

「ブリック王を殺せ! 丘から引きずり落として八つ裂きにしろ!」

 恐ろしい唱和だった。

 罪なき民を斬るつもりが、亡者を相手取っている感覚になる。フレデリカも心が乱れそうだった。

 一度剣の刃を拭き取らねば。この剣がおそらく一番酷使されたのがこの戦になるだろう。

 眦を恐怖に見開き、一人が斧を振り上げて襲い掛かって来た。

 そこにトマホークが顔面を割り飛んで行く。

「フレデリカ、交代だ!」

 キンブルが両手にトマホークを持ち進み出た。

「分かった」

 フレデリカは列の後ろへ回ると、初めてそこで息を荒げていた。肩が痛い、腕が怠い。力を入れていた足は棒のようで、今すぐにでもその場に横たわりたかった。

「フレデリカ!」

 血で染まった鎧を着たルクレツィアが仲間越しに声を掛けて来た。

「無事か、ルクレツィア! カサンドラは!?」

「それが、信じられないほど敵を叩き切っているわ!」

 サーディス、カサンドラに無茶をさせているな。私もこんなところで弱音を吐いている暇はない。フレデリカは急いで布を取り出し、刀身の血と脂を拭き取った。汚れた布を捨て、前列に割り込もうとした。

 その時、カサンドラがフラフラしながら戻って来た。

 目は虚空を力無く見詰め、返り血で鎧も顔も真っ赤だった。

「カサンドラ!」

 ルクレツィアが駆け寄り、身を支える。

「うぷっ」

 カサンドラが口を抑える。そして吐いた。もう一度吐き、その場にへたり込んだ。

「あんたはもう頑張ったわ。後は休んでなさい」

 ルクレツィアが代わりに前線へ飛び出した。

 ロッシ中隊長とイギスが降伏を呼び掛けている。所詮は力無き民だ。しかし、人数で優っているためか徴兵された男達は聞き入れなかった。

 フレデリカはカサンドラの元へ駆け付けた。

「もうこいつの身体はボロボロだ」

 カサンドラが言った。

「サーディスか?」

「ああ、フレデリカ。こいつ自身はとっくに気絶している」

 カサンドラの声を借りてサーディスが応じた。

「彼女は私にとってもあなたにとっても大切な弟子。どうか、労わってあげて。その分、私が戦うわ」

「そうだな、こいつは人形じゃないからな。後方で待機している。万一の時は出るが」

「ええ」

 フレデリカはそれだけ答えると列を押し退けて前線へ出た。

 餓狼の群れを剣は切り裂く。

「みんな、頑張って!」

 カティアの激励が剣戟と殺到する民衆の靴音、断末魔に交じって聴こえた。

 ボルスガルドは大騎士団に足止めされているだろう。新造の何とか騎士団が出向いたようだが、たかが五百では援兵にもなりはしない。

 この戦、負け……いや、まだ分からない。大騎士団がいない間にこの恐怖に支配された兵達を掃討できれば道はある。ロイトガルの駒は揃っているのだ。勝たなくてはならない。さもなければ再び戦争時代に突入するだろう。各地を巻き込んで、再び大陸の太陽となるべく群雄達が割拠する。後少しなのだ。もう少しでそんな時代と縁を切ることができる。

 フレデリカは奇声の如く咆哮を上げて兵達を斬り進んだ。ろくな装備も与えられず、ただの肉壁と化す運命には同情以上のものを感じる。しかし、敵が戦いを望むならばこちらはやられるわけにはいかない。

 次々、切り裂き、進んで行く。カイの部隊が更に前進しているのを見て鼓舞された。

 騎士団と歩兵大隊は前線を維持するのがやっとのようだった。後方から矢の嵐を降らし、少しでも損害を免れようとしている。

 敵を一人斜めに断った。血飛沫が顔にかかる。

 その時、馬蹄を確かに聴いた。近い。

「おお!」

 馬上の指揮官だろうか誰かが感激の声を上げた。

「蒼い鳥の旌旗! ボルスガルドが来た!」

「何だって!?」

 フレデリカも騎士も兵も傭兵も愕然とした。表情を変えないのは徴兵された敵だけだった。

 ラッパが高らかと鳴る。

 大地が鳴動し、ボルスガルドの騎兵隊が後方から戦線に突入した。

「勝てる! ボルスガルドが来た!」

 救援の到着に一気にロイトガル側の空気が変わった。

「我らも突撃せよ!」

 隣に並ぶ聖銀騎士団の団長ギルバートが叫び、騎士を率いて飛び込んで行った。

「そらあっ! 赤鬼傭兵団も突撃だ!」

 カイの大音声が響き渡り、僚友達が息を吹き返して敵陣へ斬り込んで行く。

 大騎士団はどうなったのだろうか。

「フレデリカ、行くよ!」

 ルクレツィアがこちらを振り返った。

「ああ、行こう!」

 フレデリカは剣を引っ提げ、突撃に続いた。

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