大破
五千の大騎士団を相手に五百の聖星騎士団は力闘した方だとローランドは思った。テトラやカールが敵陣深く入り込み斬り込んでいる姿も見える。しかし、大騎士団はボルスガルドの兵を追うためにローランド達を迂回し始めた。
時間はどれぐらい稼げた。一時間のように思えたが、懐中時計を見ると僅か三十分だった。
「敵を寸断なさい!」
ウイが声を上げ勇躍するのをローランドは止めた。
「ウイ、我々の役目は終わりだ」
ウイは初めて戦場を見渡したようだった。地鳴りを上げて通り過ぎて行くプリシスの大騎士団。味方勢はたったの四人しかいなかった。
ローランド、ウイ、カール、テトラだけだ。
後は皆、死んだ。
「あ、ああ……」
ショックのあまり倒れそうになるウイをローランドは受け止めた。
「大騎士団は重装。身軽なボルスガルドの馬脚には追いつけない。俺達は俺達の役目を果たした」
「でも、みんな、死なせてしまった」
「仕方が無かったんだ。こうするしか道は無かった。ロイトガルの明日を掴むための天命だったんだ」
テトラとカールが駆けて来る。新鮮な血の雫を甲冑に得物に浴び、滴り落ちている。
「お嬢様、無事だか!?」
カールが声を上げて合流する。
「カール……」
ウイはカールを抱き締めた。
「お嬢様、苦しいかもしれねぇが、苦しみに負けちゃならねぇ。これはお嬢様の責任じゃねぇ。誰の責任でもねぇ、戦いなんてそんなものだべ」
二人の恋人が抱き合う中、テトラがローランドに歩み寄って来た。
「見事な散り際だった。貴公らの同胞は非力なのに勇敢だった」
「ありがとう」
ローランドは素直に礼を述べた。
「私はこのまま単騎で追撃する。貴公らは傷つき過ぎた。ゆるゆる来ると良い。安心しろ、戦場なら必ずひっくり返してみせる。では、御免!」
テトラは戟を引っ提げ、黄金馬を飛ばして行った。
三人は馬から下りていた。額から汗が滴り落ちてくる。兜を脱ぐと幾分かすっきりした。
「ローランド、私達はこれからどうすれば良いの?」
ウイが尋ねて来た。目を真っ赤にして泣き腫らしている。原野に散らばる敵と味方の亡骸を見て、ローランドは告げた。
「我々の役目は果たしました。タグの回収をしましょう」
「……そうね、分かった」
その時だった。
「ウゴオオオッ!」
咆哮が上がり、敵勢の折り重なった亡骸の中から大騎士団の一人が立ち上がった。
「寡勢にしてはよくやりすぎたな。おかげで、我がプリシスの勝ち目は無くなった」
カールに負けない大男だった。バイザーを下ろしているため顔は見えなかった。ポールアクスを掴み取りゆっくりこちらへ歩んで来る。
「お嬢様、御下がりくだせぇ!」
カールが前に飛び出す。
「我が名はオルデン。帝国第九皇子なり! 我が国が滅亡するきっかけを作った貴様らを殺し、戦場へ赴き堂々と死んでやる」
「その覚悟は見事だべ! だが、オラ達は死なねぇ! お嬢様はオラが、いや、俺が御守りする!」
カールがハルバートの担ぎ上げ敵へ向き合う。
「ローランド、お嬢様を頼む。それとこの戦いが終わったら、俺にカッコいい男の言葉を教えてくれ。いくぞおおおっ!」
カールが駆けた。
オルデンも疾駆する。
オルデンの突きとカールの薙ぎ払いが激突する。
そのまま両者は打ち合った。刃鳴りが響き、火花が散る。幾重にも幾重にも剛勇同士の戦いは続いた。
「このままではいけない。カールは戦いの消耗が激しい」
そう言ったのは薄緑色のワンピースの女性だった。消えたと思えばまた現れる。だが、彼女の助言は的確に思えた。
髪で見えない目をローランドに向けて女性は言った。
「今こそ、あなたの傭兵の剣の出番」
「分かった行こう!」
ローランドは駆けた。
「カール代われ!」
「何のまだまだだぁっ!」
カールは意固地になり気勢を上げる。
その時、大きな得物同士の激突があり、カールの手からハルバートが飛んで行った。
「見事な膂力だった。死ねぇっ!」
カールを狙った突きをローランドは横合いから入って弾き返した。力では及ばない。そう痛感し思った。ならば技だ。
全力を出したローランドはポールアクスを半ばから剣で叩き折った。
「おのれが!」
敵が腰から両手剣を抜く。
サリーの業物に勝てる剣など無い!
ローランドは、剣を薙いでぶつかり合うと、相手が押してもビクともしないことを悟り、素早く剣を離し、足を狙った。
相手が回避する。ローランドはそのまま踏み込み突きを放った。
敵の甲冑に亀裂が入る。
「やるな!」
「褒めてくれたついでに良いこと、教えてやる。お前は死神に選ばれた」
「神を気取るとは呆れたものだ。あの世へ行って本物の神に会ってくるが良い」
両手剣同士が切っ先をぶつけ合う。敵が僅かに身を屈ませた。ローランドは打ち合いの末見切っていた。これは踏み込みの体勢だ。
ローランドは躍りかかった。その下を敵の突きが走る。
「何っ!?」
敵が声を上げる。ローランドは空で大上段に構えた剣を渾身の限り振り下ろした。
兜を割る音が響き、脳髄から首元まで後は一気に裂いた。
もはやこの有様、敵は呻き声すら上げられず、よろめいて倒れた。
「何とかなったな」
ローランドは剣の血を布で拭き取った。
「ローランド、すげぇだ! あんなに高く跳ぶ人、初めてみただ!」
得物を担いでいるカールとウイがいたが、そこに薄緑色のワンピースの女性の姿は無かった。ただ、ペケが驚いて外に出たのか駆けて来て腰の皮袋に収まった。
「彼女にまた名前を聴きそびれちまったな」
陽光が照らす中、ローランドの剣が輝く。
「ウイ団長、俺達の戦いはこれで終わりだ。今みたいなのが無ければ」
「ええ、タグの回収をしましょう。遺体は後程」
ウイは頷きそう言った。