決死隊
どれぐらい駆けただろう。闇も薄れ、明けの明星が輝いている。
ローランドは危機感を抱いていた。夜明けまでにもボルスガルド軍が姿を見せない。これは既に敵と遭遇し足止めされている可能性が高い。
それでも馬を駆けさせるしか無かった。ボルスガルド軍は鍵だ。そのためなら我が騎士団は命を惜しまない。ウイにもカールにも自分と共に討ち死にして貰うほかない。
いや、ウイとカールだけは逃がす。
原野の先で影が見えた。剣戟の打ち合う音も聴こえた。
「居た!」
ウイが声を上げる。
大騎士団はやはりボルスガルドの軍勢と討ち合っていた。
「更なる犠牲が出る前に、騎士団、駆けるわよ! ボルスガルド兵を救い、前線へ送り出すのです!」
ウイが剣を抜いて咆哮する。
従者上がりの臨時騎士団員らの鬨の声が上がった。
ボルスガルドの後列がこちらを向いた。
「聖星騎士団、突撃!」
ウイの声が上がり、カールが一気に駆け抜けて行く。
「悪逆非道の連中め! オラが、いや、俺がぶった斬ってやる!」
カールはそう言うと、大騎士団に斬りかかった。
ハルバートの大きな刃が重装の騎士の甲冑ごと袈裟切りに真っ二つにした。
「おのれ!」
振り返る大騎士団に向けられたのは燕のように一直線に飛ぶ矢だった。
走りながらウイとローランド、従者達も騎射の心得があったのが救いだ。その矢が大騎士団の甲冑に突き立つ。
弓を肩に戻し、原野一杯に聖星騎士団は広がり、打ちかかった。
剣が重装にぶつかり、通らず苦戦する声が上がる。だが、それで良い。ボルスガルドから目を逸らせるなら。
ローランドはウイと共に大騎士団の膂力溢れる一撃を剣で弾き返し、どうにか命を奪おうとする。
そこへ、白銀に朝の陽光を受ける甲冑を身に纏い、綿の煌びやかな陣羽織を羽織った若武者が現れた。
「我が軍への援軍、かたじけない! 大将はどなただ!?」
ウイが列を抜け出す。
「私です、テトラ殿!」
「おお、女性であったか。この戦を終わらせるためには我が軍勢が戦場へ到達する必要がある。ロイトガルが勝たねばボルスガルドはまた滅亡の憂き目に遭うだろう! どうだ、貴公ら見たところ五百と、私の武でこの敵どもを足止めしようでは無いか!」
テトラの気合い漲る提案にウイはローランドを見た。
「団長、ロイトガルを勝たせるには、ボルスガルドの兵を送らなければなりません。そのために我々は死兵となる覚悟を決めねばなりません!」
ローランドも列を抜け出てウイとテトラに合流した。テトラの得物は槍では無く見事な戟だった。
「おお、貴公か。よくよく縁があるな。だが、その意気や良し、あとは団長殿の決断次第」
テトラがウイを見る。
「分かりました、国のために命を捨てましょう!」
「それでこそ、武人!」
テトラはこちらでは見慣れない法螺貝を拭いた。野太い音色がよく響き渡るや、敵軍を迂回してボルスガルド兵が駆け去って行く。
「ここから先へは我が意地に懸けて行かせぬ!」
テトラが一瞬混乱した大騎士団の中へ踏み込み、戟を払った。たちまち悲鳴と鎧の破片、鮮血と肉塊が宙を舞う。
「オラもやるだ! お嬢様には手一本触れさせねぇだああああっ!」
カールがハルバートを荒々しく滅茶苦茶に振り回す。
「ほぉ、見事な勇者だ」
テトラが隣に並んで感心していた。
「追え! ボルスガルド兵を前線へ逃がしてはならん!」
「足止めするのです! ここで我らの命は捨てたも同然、皆、覚悟を決めなさい!」
ウイが言い、聖星騎士団は根性を見せ、大騎士団を追わせなかった。
だが、五千対、五百と一。大騎士団はこちらに兵を割いて、残りを追わせようとする。
「奮起せよ! 敵騎士団を惑わせよ! 我らは五百で五千の働きをする!」
テトラが獅子吼する。彼とカールが敵の中で左右に別れ次々大騎士団に死を見舞う。
ウイとローランド、他の騎士達も気勢を上げて奮戦した。
大騎士団の鎧は厚い。ローランドは一撃一撃を全力で打ち出す必要があった。
それでも甲冑を貫くのは稀で、殆どが亀裂程度に収まっている。ウイも騎士団員も頑張っている。ボルスガルドの援兵が前線へ着くまで持ち堪えられようか。
「それいっ!」
ウイ目掛けて数人が殺到した。
「野郎! ウイはやらせん!」
ローランドは駆け、剣を薙いでウイを襲う敵勢を離した。そこで薄緑色のワンピースを着た女性が短剣を手に戦っていた。
彼女が来てくれた。
「いつもありがとう!」
ローランドは敵の騎士を相手取りながら女性に礼を述べた。
「今はここを押さえることが先決」
女性はそう言った。そして跳躍し、敵の馬の後ろに跨ると騎手の首を短剣で掻き切った。
よし、いける。
女性は次々跋扈し的確に敵を片付けた。
「ローランド、この方は?」
「窮地に助けてくれる方です。たぶん、俺のファンでしょう。え? 違う?」
ローランドは冗談交じりで言い、表情を改めた。
「ウイ! 行くぞ!」
「はい、ローランド!」
二人は馬を揃えて樹海の木立の如く隙間なく生え揃った敵の大騎士団へ特攻を仕掛けた。敵に吞まれたテトラとカールはそれぞれ孤立無援で夢中になって刃を走らせていた。
俺も、あの位、強ければな。戦場には幾らでも立ったつもりだが、あそこまでにはなれなかったか。
ローランドは若き豪傑らを羨ましく思い、突き出された槍を避け剣を振り下ろした。剣は敵の兜に亀裂を刻んだ。敵はビクともしない。ポールアクスを振り回し、ローランドを牽制する。
そこへ影が飛び込んだ。
ウイが敵の鎧の上から剣を差し込んでいた。彼女が剣を抜くと、剣は圧し折れ、心臓に刃が突き立ったまま敵は落馬し起き上がらなかった。
「支給品の剣も良質だけど、やっぱり弱いわね」
ウイが言い、ローランドは提案した。
「俺の奥さんが鍛冶師なんだ。腕は保証する。今度、君用の剣を頼んでみよう」
すると、ウイはポールアクスを拾い上げ、ニコリと微笑んだ。
「その頃には剣は必要の無い時代になっているわ」
「そうだと良いな」
凶刃が幾重にも襲って来る。ローランドとウイは武器で受け、弾き返し、鉛のように重い敵の騎士と死闘を繰り広げた。