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傭兵譚  作者: Lance
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王の器

 皆、果敢に攻め、生き残っている。倒れて起き上がらない者もたくさんいるが、それでも踏ん張っている。それでも勝てない。

 ボルスガルドはまだか。実際まだ来るはずも無いのだ。後、一日は覚悟しなければならない。この刹那的に命を奪われる戦場でだ。私は堂々とここで戦を見詰めることこそが役目だ。見ながら戦の満ち引きを見極める。それが王に与えられた任務だ。

「陛下!」

 近衛の一人がボロボロになった兵を引き連れて来た。

「何だ、その男は?」

 すると、近衛が答える前に男は平伏して声を上げた。

「王陛下、私はボルスガルドの兵士です。去る二日前、王都を出た我がボルスガルドの兵らがプリシスの伏兵に遭い、叩きのめされました! ボルスガルドの援軍がここに来ることはありません!」

 男の言葉に近衛らが驚いて不利を囁き合う。

「ボルスガルドが来ないだと……」

 王は言葉を失った。この戦はボルスガルドの兵力頼みの戦であった。それがボルスガルドが来ないと言うのだ。

 どうすれば良い。犠牲が少ないうちに撤退か。だが、敵に背を見せれば更なる被害が及ぶだろう。

 王は誰かに相談したくなった。近衛にそのような人物はいない。そうだ、ローランドだ。ローランドに……。ローランドに助言を求めに乱戦の中を駆けるのか、私は大将だ。

「陛下、いかがいたします?」

 近衛らが青ざめた様子で注目してくる。

 軍師がいないことが、ここに来てこれほど響くとはな。俺にとっての軍師はローランドだった。彼を側に置くべきだった。

 近衛の顔を見て王は撤退を宣告しようとした。ただし、夜陰に紛れてだ。夕暮れも近い。戦は一度終わる頃合いだ。そうだ、夜陰に紛れて撤退を……。王はその時、思い出した。ボルスガルドにはテトラがいる。彼の者がいながら負けることなどあるだろうか。

「そいつをひっ捕らえい!」

 王は声を上げた。

 近衛らは反応が遅かった。男はサッと立ち上がると、戦場へ逃走し始めた。

「貸せ」

 王は近衛から弓と矢を奪い、逃げる男の足に狙いを定めた。

 カイほど上手くはいかないが、当たれ!

 王が弦をめいいっぱい引き絞り放った矢は唸りを上げて男の左膝を後ろから貫いた。男が倒れる。

「捕らえよ!」

 王が声を上げると近衛らは慌てて駆け出した。

 引きずられる様にして連れて来られた男は、膝頭から突き出る矢の痛みに泣き苦しんでいた。

「貴様、ボルスガルドの者では無いな?」

 男は顔を背けて黙り込んでいた。

 王は馬から下り、男の元へ歩んだ。

「言わねば左肩を斬り落とす。若造と俺を甘く見ない方が良いぞ」

 王は剣を抜いた。

「待ってくれ! 白状する俺はプリシスの兵士だ!」

 ブリック王の冷厳な威圧感に耐えかねたのか、それとも矢の影響が大きいのか男は口を開いた。

「ボルスガルドが来ないというのは嘘だ! ただし、この間、ボルスガルドは迂回し、ガルス城を狙っている!」

 その必死な言葉に近衛らが再び色を失った。王も驚いた。この期に及んでボルスガルドが恩知らずな真似をするか。

「テトラは居るか?」

「居る!」

 王はその瞬間、刃を振り下ろした。男の左肩が鎧ごと切断され、血が噴き上がった。

「ギャアアアッ!」

「テトラは義人だ。歯向かうなら我らに恩を返してからだ」

「アアアアッ!」

 男は激痛に呻きゴロゴロ転がり声を上げている。

「近衛、そいつを殺せ」

 ふと、その時、王は察した。サーディス流で磨かれた生き残るための勘が、周囲の異変を察知した。

 矢が一本、高速で飛んで来た。

 ブリック王は剣で弾き返した。射手は遥か遠くにいて仕損じたと知るや、逃走して行った。

「申し訳ございません!」

 近衛らが謝罪する。

 ロイトガルの近衛は今一つだな。お坊ちゃん気質が抜けていない。

 そこへ丘を上がって来る朱い大きな男の姿があった。

「赤鬼?」

 赤鬼は大きく息を吸って吐いて王の前に現れた。跪きはしなかった。

「どうしたのだ、赤鬼。お前が戦場から逃げ出すとは」

「疲れてしまってな。見晴らしの良いここで王と語らいながら休息をと思ったしだい。どうやら一歩遅かったようですな。よく、刺客と見抜かれた」

「まるで何を言われたか知ったような口ぶりだな」

「幾つか当てはまります。ボルスガルドの援軍が来ない、あるいはガルス城が襲われている。戦ってみて敵御自慢の大騎士団も数を減らしてきておる。残すは心許ない徴兵された民達。プリシスの指揮官も焦る頃合いだろうと予測出来申すわ」

「そういうものか」

「そういうものです、戦士とは」

 その言葉に王は一抹の寂しさを感じた。俺は王であって戦士では無いのだな。

 赤鬼はどっかり地面に座り込むと、二メートルの巨剣を布で磨き始めた。布はあっという間に真紅に染まり、赤鬼は何度も違う布で磨いていた。

「王陛下、これよりはこの赤鬼があなたを守って進ぜよう。王は堂々と馬上にいらっしゃればよろしい。曲者はこの赤鬼にお任せあれ」

 巨剣の刀身が午後の日差しを受けて心強く煌めいた。

「分かった」

 王は馬に跨った。

「第一の勝負は今宵です。プリシスはこの本陣に夜襲を仕掛けて来るでしょう。大騎士団達は貴族の生まれ、心強くとも失うのは敵にとって大きな損失になる。だが、徴兵された民衆では当てにはならない。そして小勢とロイトガルを侮っている。夜襲で一気に全てを決しようとするはず」

「私が死んでは負けだ」

「その通り。夜になり、双方、兵を退いた後、王には前線へ赴いて貰い、我が赤鬼が、いや、カイの赤鬼がここへ残ります。よろしいか?」

「万事任せる」

「御意」

 突風が吹いた。それがプリシスの一本の旌旗を絡め取っていくのが見えた。

 この戦、必ずや勝つ。

 王は改めて闘魂と威厳を燃やしたのであった。

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