世代交代
ロイトガルの戦士達が思うことは二つあった。
一つは死に物狂いの我が勢は形勢こそ返せないがよく持ち堪えていること。二つ目はボルスガルドの援軍が到着すれば戦は一気にひっくり返るだろうということ。疲労困憊ながら生命の危機に晒され続けているロイトガルの騎士、兵士、傭兵は、ボルスガルドの増援の到着が来るのを今か今かと待ち構えていた。だが、純粋に戦を楽しんでいる余裕のある者もいる。それが、赤鬼傭兵団の団長赤鬼その人とカイであった。
カイは激しく打ち上げる赤鬼の巨剣を見て、口笛を拭きつつ、自らも大騎士団の重装を剛力で貫いて絶命させている。ロイトガルの先頭はこの二人と、離れたところで聖星騎士団の豪傑が戦っている。ハルバート薙ぎ、重い騎士達を次々を弾き飛ばしている。
世の中は広いようで狭い。いや、狭いようで広いのか。あれとも手合わせしたいものだな。カイはそう思い、剣を振り下ろす。敵の兜ごと頭蓋骨を拉げさせ、敵は潰れたカエルのような顔をして絶命した。だが、まだまだだ。赤鬼のような体躯を持ちながら、彼のような膂力に満ち溢れた戦いが出来ていない。
「赤鬼団長」
「何だ、カイ?」
周囲には大騎士団の無惨な亡骸が転がっている。合わさった血の池が二人の足元まで染めていた。
「俺はアンタになりたいってつくづく思うよ」
すると赤鬼は豪放に笑い声を上げた。
「ワシなどただただ戦うだけの求道者。この歳になっても武を追い求めているだけの老骨に過ぎん」
「それがカッコいいんだよ」
カイが言うと赤鬼は笑った。厳密に言えばフレデリカは紅、赤鬼は朱の鎧を纏っている。尊敬する人物達は何故赤が好きなんだろうか。
赤鬼は笑い終えると大きく呼吸を荒げた。カイは驚いた。
「死にたくないという思いと、己の武がどれほどまで上達したか、それを見極めるために夢中になり過ぎた。……本来はもう疲れ果てた老人に過ぎん」
敵の騎士が向かってくる。
「そんなこと言わないでくれ。アンタはじいさんだが、ただのじいさんじゃない」
カイは敵に向き直り、声を張り上げて剣を打ち合い、圧し折り、鎧に亀裂を入れてバラバラの剝き身にした。騎士は下に着ていた鎖鎧姿になり慌てて逃げ出していった。
「おーい! 戻って来いよ! ったく、あれが俺達の仲間を散々討ちまくったプリシス御自慢の騎士の姿かね」
カイが呆れて言う。赤鬼が剣を持ち上げた。軽口を叩く二人の周りは距離を置いて敵の騎士達が取り囲んでいた。
「赤鬼いけるか?」
「うむ、まだ現役じゃわい。まだな」
その返事にカイは笑んだ後、疑問を感じた。
まだ? 赤鬼と共闘できるのはこれが最後だろう。年齢的な問題よりも、大陸から戦争が無くなるという意味からだ。貴重な時を無駄にしてはいけない。このじいさんは最高の相棒だ。聖銀のじいさんよりも相応しい相棒になってやる。
「どうした、かかって来いよ、大騎士団さんよ! たった二人の鬼に恐れをなしたか?」
通称鬼のカイとも呼ばれるその異名を見せ付けてやる。敵にも、仲間にも赤鬼その人にも、大陸最強になることこそ俺の幼い頃からの夢! この剣と過ごした年月は長い。様々な血と思い出が詰まった剣だ。
「やってしまえ! 全員でかかれば斃せよう!」
遠巻きに包囲していた大騎士団が二十人ほど声を上げて地を蹴った。
間合いを計り、カイと赤鬼はほぼ同時に剣を振るった。
鎧を断ち切り肉を裂き骨を打ち砕く。鮮血の塊が宙を舞う。悲鳴が輪唱の様に幾重にも続く。カイと赤鬼は剣を動かし続けた。大騎士団の重装を割るにはカイは百の内の百の力を発揮しなければならなかった。赤鬼はどうだろうか。横目で見ると老成した咆哮を轟かせ、敵を胴ごと分断していた。赤鬼は肩で息をしていた。
団長、どうしたんだ。まるで百の内の百を超えて百十の力を振り絞ったような感じじゃないか。
カイは敵の足を断ち、地面ごと穿った。そのまま胸を抉ると敵は動かなくなった。
「赤鬼? 疲れたのか? そりゃあ、俺だって疲れはするが」
すると赤鬼は優し気な目を向けた。
「カイよ、お主の憧れの赤鬼はもういない。ここにいるのはな、昔の誇りをどうにか維持しようと足掻く醜い老爺でしかない」
「そんなこと言わないでくれ。俺は師匠と同じぐらいにアンタを尊敬し、目標としている」
「ならば言おう。カイよ、お前は強い。強くなりおった。その若さでここまで極められたのだ、ワシなど遥かに超える老戦士になるだろう」
「認めるものか、アンタこそ最強の」
そこで赤鬼が剣を地面に突き刺し、呼吸を荒げた。
「下がらせて貰う」
「馬鹿な!? アンタが下がるだと!?」
「死に花を咲かせるのが怖くなった。ワシはペケ村で揺りイスに座りながら穏やかな木漏れ日の中、パイプでも吸っていたい。カイ、良く聴け、死んだら終わりだ。サーディス流の剣は生き延びる剣だ。それを体得したお前が武名欲しさに無謀を重ねるのをワシは心配しておる。今まで側で見守って来たが、それももうできまい」
「何を弱気なことを……」
すると赤鬼はカッと目を見開いた。
「朱の鎧を受け継いでほしい。もう戦など無いかもしれんが、赤鬼傭兵団の団長はお前にこそ相応しい!」
赤鬼の鬼気迫る願いにカイは戸惑った。
「俺はただの暴れるだけの……」
「それでこそ赤鬼の団長なのだ。才気あふれる若者よ、ワシを超えて行け。この戦が終わり次第、鎧を譲り渡そうぞ」
赤鬼は背を向けて歩き出した。
「待ってくれ、赤鬼! 赤鬼じいさん!」
赤鬼は背を向け剣を掲げて応じた。肩を激しく揺らしている。荒い呼吸を繰り返しているのだろう。
代わってカティアとロッシ中隊長、もう一人、見覚えの無い紅の鎧を身に纏った戦士が駆け付けて来た。
「カイ、赤鬼団長からな、事情は前々から聴いていたんだ」
ロッシ中隊長が言った。
「俺が団長だとさ」
カイはただ乾いた笑いを漏らした。まるで実感が湧かないのだ。
「俺で良いのか?」
「カイ君、あなたなら適任よ。お姉さん達がサポートしてあげるから、この戦で赤鬼を勝利へ導くのよ」
カティアが柔らかに微笑んだ。
「分かった。赤鬼が言ったんだ。俺が次の赤鬼になる。それで、そちらの師匠似の方は?」
紅の鎧を纏い槍を手にした少し年嵩の女性を見てカイは尋ねた。男なら貴公子とも言えるような綺麗な顔だった。
「俺の嫁さん」
ロッシ中隊長が応えた。
「マジか。だったら、派手な結婚式にしなきゃな」
カイはニヤリと笑みを浮かべ、声を上げた。
「傭兵団赤鬼の赤鬼とは俺のことだ! この首欲しい奴はかかってきな!」
ビリビリと咆哮が戦場の音を破って響き渡り、敵勢の新手が引き寄せられるように次々姿を現した。
カイは剣の血を振り払い、猛進した。