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傭兵譚  作者: Lance
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妻の力、母の力

 ブリック王は後方で五十騎の近衛に守られ、戦況を眺めていた。

 数では不利だった。プリシス大騎士団が前面に出て後方には何千と言う影が蠢いている。だが、王には分かっていた。問題は前面の大騎士団だけであって後方の兵は徴兵された農民や町民だということが。練度で民が兵士を超えることはできない。特別な武器が無い限り。その特別な武器、クロスボウは出回ればあまりにも安易で危険な武器だということから大陸では使用禁止で成り立っていた。

 まさか、出番があればこちらの壊滅は免れない。何千と言う鉄の矢が鎧を貫くのだ。それを後方の兵どもが常備していればそれまでだ。

 現在、寡勢ながらロイトガル側は押しに押している。お互いが思ったより距離が近かったのがプリシスの誤算だった。重装の騎兵は速度に乗れずこちらの軍勢とぶつかった。

 現在、乱戦となっている。ボルスガルドの援軍が来れば形勢は逆転するだろう。それまでの辛抱だ。

 兵や騎士、傭兵らにはそれまでに敵より多く斬って斬って斬りまくってもらうしかない。

 王は自らの血の騒ぎを鎮めながら戦場を見詰めていたのであった。



 2



 感じる。お腹の中に、もう一つの力を。

 カティアはソードブレイカーとサーベルを振り回し、次々、血煙の中を掻い潜った。

 オズワルドと身体を重ね、彼の精を受け入れた。その精が私の中にまだ見ぬ我が子を誕生させた。

 あなたのためにも母さんは負けない! あなたが生まれたらこの戦でどれほどあなたに助けられたか語ってあげたい。だから、勝つ!

「リャアアアッ!」

 カティアの気勢を上げた一撃の前に重装兵は間合いを離した。

「どうしたの!? プリシスの騎士は見掛けだけで、あそこは小さいのかしら!?」

「黙れ、年増ババア!」

「黙るのは貴様だ、小僧!」

 カティアは咆哮し、ハヤブサのように踏み込みサーベルを斬りつける。魂の一撃はプリシス兵の兜を割った。

 まだ若い男だった。端麗と言えば端麗。だが、夫ほどではない。

「一回でイカせてあげるわ!」

 カティアは勇躍し薙ぎ払いを弾き返し、跳躍してサーベルを振り下ろす。渾身の一撃は敵の頭を二つに割った。

「お、おのれ!」

 もう一人が慌てたように戦斧を振り上げる。

「あなたは何回でイクかしら、坊や。うちの旦那は絶倫よ! 何回でもイケちゃうんだから!」

「うおおおおっ!」

 敵が斧を振り上げカティアを一刀両断にしようとする。大地を刃が穿った。もしかしたら揺れたかもしれない。

 だが、カティアはその戦斧の上に足を乗せ、敵の腕に思いきり力を入れてサーベルを突き刺した。鋼鉄の籠手は割れ、皮を破り肉を裂き、骨を断った。

「ひいいっ!? イテェ!」

「その程度の力で戦場に出て来たのが間違いなのよ。さよなら!」

 だがカティアの薙ぎ払いから敵は離れて避けた。なるほど、戦場に出てくることだけのことはある。

「腕の恨み! 死ね、クソババア!」

 その時、短槍が飛んで来て敵の兜に衝突した。

「うがっ!?」

 それが断末魔の声となった。隙を逃さなかったカティアは踏み込み、疾駆し敵の喉を刺し貫いた。

 痙攣する敵を放り捨て、後ろを振り返る。

「凄い気迫ですね、カティア姐さん」

 ロッシ中隊長が合流した。

「もう、私一人の身体じゃないから」

 カティアがお腹を抑えるとロッシ中隊長は頷いた。

「おめでとうございます。そりゃ、気合も入りますわな。オズワルド殿との挙式に招待される様に私も全力で頑張らねば」

 そして乱戦の中、ロッシ中隊長は叱咤激励を飛ばした。

「ですが、御身大切に。しばらく私にナイトを務めさせて下さい」

 その生真面目な顔にカティアは微笑んで了承した。

 重装騎士達はあちこちで猛威を振るっている。

「そこの!」

 不意に呼び止められた。

 朱槍を提げた、重装戦士が現れた。フレデリカと瓜二つの真紅の鎧を身に纏っている。だが、敵だ。

「何かしら?」

 前に出るロッシ中隊長を制してカティアは進み出た。

「私の名はイギア。プリシス王家の第三王女」

「私の名はカティ……いえ、エスメラルダ。傭兵よ」

 カティアが名乗ると相手はバイザーを上げた。自分よりもやや年下の女性だった。

「見事な腕前だった。貴様の首には価値がある。一つ、勝負といこうではないか」

 一騎討ちの申し出にカティアは微笑んだ。

「あなたがどこの誰でもいい。ただ敵なら斬るだけよ。御出でなさいな。ロッシ中隊長は邪魔が入らないようにお願いします」

「し、しかし、こいつは強者です。傭兵の勘です」

「私だってそうよ。お願い、やらせてロッシ中隊長」

「タオルを投げ入れるような真似をするかもしれません。それでも良ければ」

「そういう状況にはならないから大丈夫。さぁ、イギア殿、どこからでも来なさい!」

「では……行くぞおおおっ!」

 イギアの突きが襲って来る。速い。カティアは剣で捌き、跳ね上げようとしたが、重かった。

「ハアアッ!」

 闘魂漲る敵の強襲をカティアは避けた。槍は地を穿ち、土くれを跳ね上げ、カティアを追う。

 旋風を起こす薙ぎ払いが鼻先を掠めた。

 だが、槍が戻る前にカティアはソードブレイカーのノコギリ刃を穂先に挟み込んだ。

「馬鹿な、圧し折るつもりか!?」

 イギアが槍を戻そうとするが、カティアは片手で許さない。そして一度サーベルを収め、両手でソードブレイカーを捩じった。

 強烈な音を上げて刃は砕け散った。

「な、何だと!?」

「さよなら!」

 カティアはソードブレイカーを手にそのまま突っ込み右手でサーベルを居合抜きした。

 刃はイギアの鼻先で止まった。

「何故、斬らぬ?」

 その問いにカティアはある提案を抱いていた。

「あなた、私と同じ行き遅れね」

「あ、ああ、男っぽい私は国では異端な存在だった」

 イギアは悲し気に言った。

 カティアは頷いた。

「ロッシ中隊長」

「何です、姐さん?」

「この人と結婚してみない?」

「は!?」

 ロッシ中隊長の驚きの声が轟き戦場の霞と消えた。

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