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傭兵譚  作者: Lance
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サーディスの気配

 聖星騎士団の者がプリシスの豪傑を二人立て続けに破り、士気は最高潮だった。

 カサンドラは湧き上がる歓声に及び腰になっている自分に気付いた。自分は騎兵乗りだ。もうすぐ、突撃だ。ランスは重くて振り回せない。フレデリカやルクレツィア、それにカイにブリック王まで、カサンドラを心配し、本陣付きの近衛として控えに回ってはどうかと提案してきた。浅はかにも敵対していたのにも関わらず、その思いやってくれる心に逆にカサンドラは応えたいと思った。だから自ら提案を蹴った。それを、今になって死ぬほど後悔している。

「死ぬほどね。確かにここで死ぬぞ、カサンドラ」

 整われた隊列の中、不意に聴いたことの無い男の声が聴こえた。

「誰なのだ?」

 カサンドラは周囲を見回す。隣にフレデリカとルクレツィアがいて、他は男だらけだが、誰もカサンドラを呼んだ気配はない。

「生き残りたいなら俺に身体を預けてみないか?」

 また同じ男の声が言った。

「どうしたんだ、カサンドラ?」

 フレデリカが尋ねた。

「いや、何でもないのだ」

「無理せず生き残ること。忘れるな。向かってくる剣は全て避けろ」

「分かっているのだ」

 歓声の中、フレデリカの声はあまりよく聴こえなかった。だが、この男の声だけはよく聴こえる。声の中を縫うようにして届いて来ているようだ。

「俺なら帝国の騎士どもにお前が殺される前に殺せる。身体を貸せ、カサンドラ。二人で敵へ挑むんだ」

 カサンドラは自分がどれだけ修練不足かは思い知っている。あの短い期間ではとても戦士になれるだけの力は得られなかった。

「戦って学ぶんだ。俺が教えてやる。母親の仇を討つまで死ねないだろう?」

「分かったのだ。誰だか知らぬが、私に戦い方を教えて欲しいのだ」

「よく言った」

 途端にカサンドラの身体は軽くなった。

 抱えるランスが前よりも軽く感じた。

 声が上がり、敵勢が突撃してきた。

「突撃!」

 こちらも次々声が上がった。

 前方、地鳴りを鳴らし敵勢が近付いてくる。こちらも前から順番に馬蹄を轟かせて駆けた。

「行くぞ、赤鬼傭兵団!」

 赤鬼の声が轟き、カサンドラは自然と馬腹を蹴っていた。自分の意思では無い。カサンドラの中に入り込んだ何者かの仕業だ。

「良いか、俺の声をよく聞いて置けよ」

 声は言った。

「分かったのだ」

 カサンドラは頷き、大柄で重装の大騎士団と交錯する中、彼女の首を捕りに敵の騎士が突っ込んで来た。

「右に避けて突き出せ!」

 声が聴こえその様にする。まるで自分に未知の力が宿っているのを感じる。剛腕から繰り出されたランスは馬速もあり、大騎士団の一人の胸を貫いた。敵のランスはカサンドラの今まで頭があった箇所をすり抜けた。敵はおそらく死に落馬した。

「やったのだ!」

「おめでとう。だが、どうやら突撃らしい突撃にはお互いならなかったようだ」

 赤鬼傭兵団が次々馬から下り、大騎士団とぶつかっていた。

「白兵戦だ。行くぞ、カサンドラ」

「分かったのだ!」

 声は嬉しそうに言い、カサンドラは馬から下りるとワルーンソードを抜いて敵勢へ向かって行った。



 2



 フレデリカはカサンドラが隣を抜けて大騎士団の群れの中へ踏み込んでゆくのを見た。

「カサンドラ! 無茶するな!」

 だが、カサンドラは避けては突き、パリングし、敵の重々しい剣を細腕で跳ね上げ、分厚い甲冑を突き破って絶命させていた。

「カサンドラ?」

 彼女にあんな力は無いはずだ。

 何はともあれフレデリカは目の前の敵を蹴倒し、カサンドラに合流した。敵に囲まれているが、小さな戦士はカサンドラらしくない静かな殺気を漲らせていた。

 何があったのだ。

 フレデリカはカサンドラの隣に並ぶ。

 師を超えた卓越した動きが、剣が、次々帝国の騎士を葬っている。フレデリカも今は詮索する前にやることをやることにした。

 力強い義手で握り締めた剣が敵の喉元を掻き切る。だが、大騎士団は今も多く、フレデリカは重々しい一撃必殺を躱して鎧を打った。破片が散るが、程度は浅い。重装の騎士は一人相手にするのも苦労した。しかし、隣でカサンドラは取り付かれたように身軽に駆け、避け、力のこもった突きで敵の心臓を固い板金の上から突き破り刺し殺していた。

 ルクレツィアは、キンブルと一緒に戦っていた。自慢のトマホークが貫通せず、キンブルは早々に剣に切り替えてルクレツィアと協力して敵を討っていた。彼女は大丈夫だ。問題は、いや、気になるのはカサンドラだ。彼女がこうも一騎当千の活躍を見せるとは思えなかった。あの膂力に腕力、動き、私以上だ。

 今も敵の戦斧を避け、勇躍してバイザーを破り、剣を突き刺す彼女を見てフレデリカは困惑した。不意に、カサンドラの周囲に靄が立ち込めた。靄は人の上半身を形成した。まるでカサンドラに宿っている守護霊のような感じだ。

 その顔がこちらを振り返り、軽く手を上げるのをフレデリカは見て、まさかと思い心臓が高鳴った。何度も見て来た師の仕草だ。

「サーディス?」

 靄は正面を向き消えた。カサンドラが次々敵を相手にしている。

「フレデリカ! 行ってあげなさい!」

 背後からカティアに声を掛けられ、フレデリカは正気に戻った。

「カサンドラ!」

 フレデリカは駆けて合流すると彼女に話しかけた。

「大丈夫か?」

「御師匠殿、不思議なのだ。声が聴こえて」

 敵の刃が乱入する。

 フレデリカは弾き返す。すると、カサンドラが突撃し、敵の鎧を破壊し胸を突き破り抉った。敵が倒れる。

「見事だ、カサンドラ」

「私じゃないのだ」

「……彼はお前に私が教えきれなかったことを教えている。そのまま身を委ねなさい」

「分かったのだ」

 これで良いのだろう、サーディス?

 フレデリカはそう心の中で言うと気合いの声を上げてカサンドラと共に敵へ斬り込んだ。

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