出陣
ローランドのもと、つまりウイに出陣命令が下った。各所の民家を宿舎としていた騎士達も動き始めるのが分かる。今回は従騎士を戦場に連れて行くようにということだ。
「カール……」
伝令が去ると、ウイはローランドの隣に立つ純朴な青年を悲壮感漂う目で見た。
「お嬢様、オラなら心配要らねぇだ。お嬢様のお役に立ってみせるだよ」
「ああ!」
ウイは声を上げてカールを抱き締めた。
ローランドはしばらく若者達の愛する様子を見てから切り出した。
「お嬢様、すぐに登城しましょう」
「ええ、準備を!」
ウイが言った。
2
プリシスが国境付近に展開しているという。またあの原野だ。斥候によれば、大騎士団の姿もあるという。騎手も馬も武装で固めた重騎士達だ。前回は思わぬ展開で、勝利し、大騎士団を撃滅させたかに思えたが、まだまだ余力はあったらしい。
「ボルスガルドが到着するまで持ち堪えねばならぬか。ボルスガルドへ伝令を飛ばせ!」
国力で大きく優るロイトガルと、一度は滅亡させたボルスガルド。プリシスはロイトガルを選んだ。こちらの情報を捉まれているのだろう。兵が足りないことを。
ブリック王は騎士団に従騎士の出陣を命じた。いつもは拠点の守備に心許ないが残して置くが、今回は総動員せねばならない。これで兵力不足と思わせていた部分を補えるだろうか。
こちらの兵数は歩兵大隊一千、従騎士を加えた聖雪騎士団が五百。聖銀騎士団五百。聖氷騎士団に至っては千を超える。そこに赤鬼傭兵団が百五十だ。近衛隊は五十名。城を空にすることになる。
王は聖氷騎士団のことで思案した。殆ど無傷な上に従騎士の存在で膨れ上がっている。
王は扉の前に立つ聖銀騎士団副団長のベータに言った。
「ウイと、聖氷騎士団の従騎士隊は残せ」
「はっ」
ベータは急いで廊下に出て行った。
勝つか負けるか、いや、負ける要素が大きい。やはり徴兵すべきだったか。だが、無力な民を戦士に見せかけたところで無駄に命を失わせるだけだ。これで良かったんだ。これが、ロイトガル王国の全力だ。
「誰かあれ!」
一人の侍女が飛び込んで来た。軽い武装をしている。城を守るのが女達の役目となったからだ。若いその侍女に鎧は浮ついていて似合わなかった。
「甲冑に着替える。手伝え」
「はい、陛下」
3
次々兵団が出立し、ウイとローランドら、聖氷騎士団の従騎士達が訝し気に城門外で王の到着を待っていた。ローランドは従騎士らを観察した。そわそわしている。何か特別な使命を与えられるのか、それとも王の気が変わって留守居を任されるのか、従騎士らは囁き合い、不安な顔をしていた。カールの方が余程肝っ玉が据わっている。腰にはハルバートを提げ、肩には長弓と矢筒、大柄な身体は聳え立つ岩の様だ。
王と近衛隊五十が現れ、下馬していた一同は揃って平伏した。
「ウイ、その方を団長に任ずる。名は聖星騎士団。副官はローランド貴様がやれ」
「は?」
ローランドは思わず間抜けな声を上げた。すると厳粛だった王の顔が失望に崩れた。
「陛下、新しい騎士団ということでしょうか?」
ウイが尋ねる。
「騎士団は機動力と破壊力が命だ。何隊いても困るまい。それに少ない方が情報の伝達が早い」
違うな。ローランドは思った。陛下はジェイソンら聖氷騎士団とローランドの関係に懸念を覚えたのだろう。信じてくれていれば聖氷騎士団員として戦いに赴く覚悟はあった。
「ローランド、余計なことは考えるな。他の者にも言うが、あくまで臨時の騎士団だ。戦が終われば解散する。生きていれば主の元へ戻れよう」
「いいえ、陛下、我らが主は陛下です」
一人の壮年の従騎士が言った。良いこと言うな。と、ローランドは感心した。
「ならば、生きて私のもとへ帰って来い。行け」
「はっ、聖星騎士団、出陣!」
「応ッ!」
ウイの気合いの入った声に返事は揃った。案外良い活躍ができそうだ。ローランドはそう思い馬を進めた。
4
先んじてボルスガルドより、再興の礼として送られて来たたくさんの名馬が赤鬼傭兵団に配られた。王の信頼が伺える。層は薄くなったが、一騎当千の者達が揃っている。
フレデリカは後方で傍らにルクレツィアとカサンドラを連れて馬を進めていた。カサンドラには荷が重い。王の付きの近衛として残しては貰えないかと思ったが、カサンドラはフレデリカの胸中を読んだように言った。
「御師匠殿、人間、死んでしまう時は死んでしまうのだ。運を天に任せて私は報復戦に挑むのだ」
馬術は並程度。だが、ランスは重くて抱えるのがやっとのようだ。突撃の任が回って来なければ良いが、無理な話だ。サーディス、この子に私の分の祝福を。フレデリカは青い透き通った空を見上げて祈った。
赤鬼傭兵団は行軍中寡黙だ。屁でもすればバレてしまうだろう。
そこに隣から屁の音が鳴った。
「誰だぁ、屁をこいたのは?」
同僚の一人が笑いをこらえながら言った。
「ルクレツィアなのだ」
「ちょっと!」
「どうせ臭いでバレるのだ」
「あんた、戦が一段落したら覚えておきなさいよ」
ルクレツィアの言葉に周囲の赤鬼の同僚らが軽く笑った。
ルクレツィアのおかげで珍しく赤鬼傭兵団の緊張の糸が途切れたらしい。前方後方は騒がしくなった。だが、話題は共通して、この戦が終わったら、つまりロイトガルが大陸を制覇したら自分達はどうなるだろうかということだった。
フレデリカは考えたことが無かった。始まりがあれば終わりはある。傭兵にもそれは当てはまる。
「フレデリカ、道場開いたら良いんじゃない?」
ルクレツィアが言った。
「いや、王陛下の兄弟子殿が放っておくまい。御師匠殿は城の剣術指南役に抜擢されるのだ」
「道場よ!」
「剣術指南役なのだ!」
どちらでもいい。この子達が元気なら、私は。
サーディスの背が脳裏を過ぎる。
フレデリカは将来を見出すことはせず、一人無言で馬を進めたのだった。




