カールの素質
次の戦まで時間が無い。ということで、下働きがする従騎士の任務を最低限はほっぽり出し、ローランドとウイ、そしてカールは良い日差しの照る芝の刈り込まれた庭へと木剣を持って並んでいた。
「ローランド、あなたが剣を教えてくれるのでは無いの?」
ウイが尋ねて来た。ローランドもそのつもりだったが、ウイの騎士の剣は完璧で、逆にそれをローランドの我流で崩すのは勿体無い上、自殺行為だと思ったのだ。
「あなたは完璧ですよ、お嬢様」
「んだんだ! お嬢様の剣は完璧だっぺよ!」
ローランドが言うとカールが激しく同調する。そこでローランドは歩み出し、カールと向き合った。カールの決死の剣を受けて分かったが、彼の剣には騎士道と我流が織り交ぜられている。いわば、滅茶苦茶な剣法だった。なのに強い。しかし、ローランドは思うところがあった。カールには重く刃の広い武器が似合うのでは無いか。例えば斧だ。
「ローランド、どうしただか?」
「いや、一つ提案があるんだ。戦も終わりに近い時期になってマスターできるかは危ういかもしれないが」
ローランドが決まり悪そうに言葉を濁すと、カールは喚いた。
「オラなら、何だってやるだ! 何だって完璧にして見せるだよ!」
「ローランド?」
ウイが尋ねると、ローランドは言った。
「だが、最終確認だ。お嬢様、カールと手合わせしていただけませんか?」
「ええ、構わないわよ」
「お、お嬢様に向ける剣はねぇだ」
カールが尻込みする。できれば様子を見ていたかったが、この忠実な従者をいじめるのはやはり可哀想だ。
「ならカール。俺となら戦えるか?」
「戦えるだ! オラが勝つだべよ!」
カールが片手の木剣をブンブン唸らせる。ローランドはウイが目を見開いたのを見逃さなかった。
ローランドも片手剣を持ってカールと向かい合う。
「いくぞ、カール!」
「おうだ!」
ローランドは踏み込んだ。
まずは胴を薙ごうとする。カールは剣で叩き落そうとした。ローランドの木剣が怪しい音を立てた。手に痺れが走る。
そのまま脇を駆け抜け背後から脳天に一撃を入れようとした瞬間、カールは屈んで体勢を立て直すや薙いで来た。ローランドは剣で受けたが、弾き飛ばされ、地面に転がり、受け身を取った。
ローランドの目には九つ程の首が一気に刈られる場面が映っていた。
「ローランド、終わりだべか?」
「ああ、やっぱり」
「カールあなた!」
ローランドの声を打ち消しウイが従者に詰め寄った。
カールは慌てて平伏した。
「申し訳ねぇだ!」
「何も申し訳なくないわよ!」
「へ?」
カールが間抜け面で顔を上げるとウイは言った。
「カール、あなたには剣よりも似合う武器がある。今まで一緒に訓練していて何故、私は気付かなかったのかしら」
「オラに似合う武器? だども、剣は大恩ある旦那様に教えていただいたもの、手放すつもりは」
「何を言っているの、強くなれるチャンスじゃない!」
ウイはカールに代わって興奮し彼の両肩を手のひらで何回も叩いた。
「だ、だども」
カールの困った目がローランドに向けられる。
「お嬢様のために強くならないか、カール? 君はちょっとした猛者だ。あのテトラに比肩する実力を秘めているかもしれない」
「テトラって誰だべ?」
「古今無双の男だ」
「だべ!? んな、凄いのとオラが互角だと言うんだべか!?」
「そこまで?」
ウイも驚いたように言った。
ローランドは頷いた。
「テトラが雷帝なら、カール、君は荒波のような力と技をもった海の神だ」
「海の神様?」
「行きましょう、カール、王城の武器庫へ」
ウイが嬉しそうにカールの手を取った。
「お嬢様は馬にお乗りくだせぇ」
「良いの、歩くわ。あなたとローランドと一緒にね」
戸惑うカールをウイは引っ張って行く。ローランドは手にしている木剣を見た。亀裂が入り、今、圧し折れた。カールは剣では力を持て余している。それがローランドの結論だった。
2
民もおらず巡回する兵と会うぐらいだった。城まで着くと、カールは恐れ多いと入るのを拒んだ。
「何言ってるの? あなたは立派な私の従騎士じゃない! 行きましょう!」
狂喜するウイに引っ張られ、城内へ入る。城内をグネグネ歩いてウイに対する色々な人物の礼を受けながら進んで行くが、ウイはそれすら目に入っていないようだ。あっという間に武器庫へ連れて来られた。
「これは、ウイ様、武器をお探しですか?」
番兵が敬礼し尋ねて来た。
「ハルバートは入荷したかしら?」
「ございますよ。ベルファウスト製のハルバートが百本ほど」
「いただいていくわ」
「どうぞ、御自由にお持ちください」
すると番兵はローランドにウインクした。
「傭兵時代からあなたのファンです。頑張って下さいね」
番兵はそう小声で言った。
中に入ると、種別順に剣が立て掛けられ、槍が折り重なっていた。剣と槍が数千本あるようで、百本しかないハルバートを見つけるのは苦労した。ローランドは反対側の壁に目を向けて弓が立て掛けられているのを見てそちらにも興味を持った。
両側に分厚く広い刃を持つ斧、ハルバートをおっかなびっくりカールは持ち上げた。
「どう?」
ウイが尋ねる。
「お嬢様、これ良いかもしれねぇだ。ちょっと離れてくださいだ」
ウイとローランドが下がると、カールは遊ぶようにハルバートを振るい、徐々に生真面目な顔になり、刃の音は重くなり、影を残し行き来した。
「す、すごい」
ウイが恍惚したような顔でカールを見ていた。
「こりゃ、すげぇだ! オラの全力を発揮できる、武器……」
最後までカールは言えなかった。ウイの激しい口付けがその口を塞いでしまったからだ。
ローランドは二人を残し、弓を見て回った。カールに弓を操る技術は無いかもしれないが、力はある。手に取り、ローランドでも苦戦する重い弦の張った弓を手に戻ると、二人は顔を真っ赤にして互いに見たり見なかったりしていた。
「何かあったのか?」
ローランドはわざとそう言った。
「何も見てないなら良いわ。それは?」
ウイが尋ねた。
「この倉庫で一番張りの強い長弓です。カール、どうだろう?」
「やってみるだ」
カールは受け取り、弓を構え、弦を軽々引っ張った。予想以上だった。
「軽いだよ。間違えたんじゃねぇか?」
「んや、間違いじゃ無いべ」
ローランドはそう答えた。そして若者の目を見詰めて言った。
「これで、いつでもお嬢様を守れる最強の従騎士になったな。共にお嬢様のために国のための励もう」
ローランドが手を差し出すと、カールは感極まって泣きながら握手を返してきた。
「あんたを差し置いてオラが最強だべか。お嬢様、オラ、頑張るだ!」
カールが言うとウイは明るく微笑んで頷いた。こうして密かにロイトガル王国は新たな猛者を一人覚醒させたのだった。