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傭兵譚  作者: Lance
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門下生達

 開け放たれた窓から、サーディス流の師と門下生の声が聴こえて来る。

 特別手当てを出すということで赤鬼の事務屋、ロッシ中隊長と年増の綺麗な女性カティアの力を借りながら、ブリック王は政務を行っていた。文官達は未だに派遣されて来ない。

 打ち合う木剣の音を小耳に挟みつつ、王は無心に仕事に取りかかろうとしていたが、続かなかった。フレデリカの叱咤激励する声、カイの笑い声、ルクレツィアとカサンドラの声、自分も仲間に入りたくてうずうずしていた。

「兄弟子殿!」

 窓からカサンドラが無邪気に顔を覗かせる。

「あら、可愛い」

 カティアが言った。

「何だ?」

 ブリック王はわざと仏頂面で尋ねた。

「兄弟子殿も来たらいいのだ。ルクレツィアから一本を取って私の仇を打って欲しいのだ」

「私は仕事中だ」

 王は魅力的な誘いに断りを入れる。

「王陛下、どうぞ、今回の仕事は我々二人でも問題ありません」

「しかし」

 本当は頷きたかった。しかし、私は国王なのだ。軽々しく政務を放り出すようではいけない。

「私達なら大丈夫です」

 カティアが言った。ブリック王はその豊満な胸を見てミティスティのことを思い出していたが、慌てて目を反らした。

「兄弟子殿ー!」

 カサンドラがしつこく声を掛けて来る。

「あの子の仇を討って上げて下さい」

 カティアが柔らかく微笑んで尚も言い、ブリック王はリョウカクになった。

「仕方あるまい。後は任せるぞ」

「はっ!」

 そうして隣の部屋にまるでこうなることを想定したように置かれていた黒い甲冑に身を包む。

 外に出て角を曲がると、サーディス流の門下生らが勢揃いしていた。カサンドラが跳び上がり、「兄弟子殿ー!」と呼んで駆け寄って来る。そのまま跳び付き、甲冑同士がぶつかり合った。

「あ」

 カサンドラがリョウカクの甲冑に傷でも付けたら大変だと思ったらしく短く声を上げた。リョウカクは妹弟子の不安げな頭を一撫でし、歩んで行く。

「御師匠様、私も加わらせていただきます」

 リョウカクはそう言うと立て掛けられていた片手剣の木剣を取り、ルクレツィアに歩み寄った。

「年下の女をいじめてご満悦か?」

「失礼ね、いじめてなんかないわよ」

 リョウカクが問うとルクレツィアは抗議した。

「まぁ、良い。仇討を任されている勝負と行こう」

 リョウカクの言葉にルクレツィアは片手剣の木剣を構え直した。

「どれ、審判をしてやろう」

 カイが言った。

「赤鬼と戦った方が身が入るんじゃないか?」

 リョウカクが問うとカイは言った。

「団長なら集めた新人団員達を急ピッチで仕上げてるところだ」

「お前も力を貸せば良いものを、何故、ここにいる?」

「単純、楽しいからさ。それに師匠には七割ぐらいしか勝利できてない。免許皆伝を貰ったんだから十割勝たなきゃな」

「そうか」

 リョウカクはそう言うとルクレツィアから漂ってくるにおいに気付いた。

「臭いぞ」

「な! 失礼ね!」

「ルクレツィアはまたニンニクを食したのだ」

 カサンドラが言う。

「仕方ないでしょ、美味しいんだもの」

「まぁ、良い。いくぞ、ニンニク女」

「その呼び方止めてくれる?」

 ルクレツィアがそう言い向かい合う。

「始め!」

 カイの声と共にリョウカクは地を蹴った。楽しい。動くのが楽しかった。

 木剣同士がぶつかり合う。ルクレツィアは押し返してきた。力を付けた。リョウカクは自分より弱い姉弟子の成長に喜びを感じた。

 下段から刃が払われるが、目を見開いてそれを打ち落とした。

 ルクレツィアの手から剣が落ちる。

「リョウカクの勝ち!」

「やったのだ! ルクレツィアに勝ったのだ!」

 カサンドラが大はしゃぎする。

「筋力じゃ及ばないか……」

 ルクレツィアが言った。

「その通りなのだ! ルクレツィア、私と素振りをするのだ!」

「偉そうに言わないでくれる?」

 ルクレツィアは一睨みし、カサンドラと素振りを始めた。

「御師匠、一手手合わせ願えませんか?」

 カイが言うと様子を見守っていたフレデリカは頷いて足を進めて来た。二人とも両手持ちの木剣を手にし、向き合った。

 ルクレツィアとカサンドラが掛け声と手を止めて、振り返った。

「リョウカク審判を」

 フレデリカが言った。

「はい」

 リョウカクは頷いた。初めて見る勝負に自分が戦うわけでも無いのに無性に血が騒いだ。

「始め!」

 リョウカクが言うと、両者は飛翔し、剣と剣を空中でぶつけあった。交錯し、下りた瞬間、フレデリカが足を狙った一撃を放つが、カイは受け止めた。そのまま両者は乱れ打った。

 木剣の悲鳴だけが木霊する。リョウカクは見入っていた。これがサーディス流を極めし力と技なのだ。彼は感心していた。そして己がまだまだ小僧であることを思い知った。

 剣風がリョウカク、ルクレツィアとカサンドラの髪の毛を揺るがす。

 両者は駆けながら剣をぶつけあった。

 ロッシ中隊長とカティアが思わず窓から驚いた顔を出していた。

 カイが高々と跳躍し、剣を振るうが、フレデリカは転がって回避した。

 サーディス流の剣技とは、「生き延びる剣だ」

 攻撃側も防御側も生き残ろうと必死に技を繰り出している。周囲は唖然として動きある戦いに見入っていた。

 カイの大きな薙ぎ払いをフレデリカはスライディングして避け、その下顎に突きを入れる。だが、カイは顔を横に振って辛うじて避ける。その頃にはフレデリカが背後に回り込み、再び渾身の突きを放っていた。

 だが、カイは腕だけ回して剣で受け止めた。

 思わずリョウカクは感嘆した。ここまで勘が冴え渡るものとは思わなかった。

 フレデリカが剣を戻すとカイは振り返り、踏み込んで来た。大きな体に似合わない鋭い踏み込みだった。上から下ろした一撃をフレデリカは避ける。カイが剣を突き出すのと同時にフレデリカも剣を突き出していた。剣先同士が寸分の狂いも無く衝突し、そして木剣は二つとも縦に裂けた。

「審判!」

 ロッシ中隊長が声を上げる。

 リョウカクは我に返って、声を上げた。

「両者引き分けとする!」

 カティアが驚いた顔のまま拍手を送っていた。

「凄いものをみたのだ……」

 カサンドラが愕然として述べたが、その一言に尽きる。

「御師匠、義手でも何ら影響無いのな。良かったぜ」

 カイが嬉しそうに言う。

「最高の職人が作ってくれたからな」

 フレデリカも軽く笑みを浮かべた。

「フレデリカー! 私とも戦ってよ!」

「御師匠殿! 私と手合わせ願いたいのだ」

 ルクレツィアとカサンドラが駆け寄って行った。フレデリカは人気だった。汗を拭う半裸のカイの方へリョウカクは歩んでいた。

「お?」

 カイがこちらを見る。

 リョウカクは言った。

「兄弟子殿、御指南願います」

「良いぜ」

 もっともっと強くなりたい。強くなれる幅を見せ付けられた。リョウカクは武人として強者に教えを乞う喜びを初めて知ったのであった。

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