ウイとカール2
カールは息を荒げ、目をギラギラと殺意に迸らせながら言った。
「だから、あんたにお嬢様を渡すわけにはいかねぇ! 大人しく従騎士辞めてくれだ!」
若者の純粋な声にローランドは戸惑った。カールの奴はマジで俺を殺しに掛っている。ウイから何か聴いたのだろう。だがローランドはあえて今は否定しなかった。若者をからかうわけでも無いが、主を戦場で守れるほどの器量がどれほどか見せて貰おうと剣を向けた。
「相手になるぜ」
「こぉんのぉ!」
若者の剣は荒々しいが、騎士の剣技だった。基本がしっかりとし、そこに底知れぬ目覚めた膂力が加わっている。ローランドの剣と幾重にもぶつかり合い、その力をローランドは推し量った。そして思った、これほど迷いの無い剣。こいつ、人殺しをしたことがあるな。
ローランドは鋭い突きを繰り出し、カールの鼻先で止めた。
カールは両目から涙を流してへたり込んだ。
「なぁ、カール、今更だが誤解がある」
「何が誤解だべか。今すぐ殺すが良いべさ。お嬢様があんたのことを語る時の顔は凄い嬉しそうだっただ。お嬢様の気持ちはもうオラには向けられて無いだべ!」
取り乱す若者の言葉にローランドは言うべきか迷ったが言った。
「家の裏で二人が口づけを交わしているのを見た」
「見てただべか……」
「ウイお嬢様があれだけお前を受け入れたんだ、大丈夫、彼女の心は君にあるよ」
「そうだべか」
「それにな、カール、俺は妻帯者だ。結婚してる」
「それなのにお嬢様を狙っているだべか! こんの罰当たりがぁっ!」
カールが立ち上がるや踏み込み、素早い一撃を入れて来た。
ローランドは剣で辛うじて防ぎ、この思い込みが強い若者をどう説得するか思案した。剣は凄い力で押されている。
「俺が愛するのは妻と子だけだ。お嬢様と君に向けるのは敬愛に他ならない」
ローランドが言うと、剣を押す力が緩まった。
「オラの誤解と言いたいべか?」
「そう、その通り」
だが、カールはキッと目を剥いて打ち込んで来た。
ローランドは舌打ちしたい気分だったが、どうにか抑え、馬鹿力を剣で受け止め続けた。
「お嬢様は、あんたのことを話しているとき、本当に嬉しそうだっただ!」
「俺は騎士団長だった。ウイには色々助けてもらった。それだけだ。俺がウイに告白しても彼女は驚くだけだろう。青年よ、落ち着いて空気を吸え。愛する人を得たいなら、この程度の剣術では守り切れんぞ」
「おおおおおっ!」
嵐のような剣をローランドは捌きつつ、しばらくそうしていた。やがて、カールに疲れが見えた。
「どうした、へばったかい?」
「まだまだぁっ!」
カールが打ち込んで来た時、ローランドはがら空きの足元に足を絡めた。カールはすっ転んだ。
「お嬢様をものにするには君は騎士に昇格しなければならない」
「……その通りだべ。だども、お嬢様が戦に連れて行ってくれないだ!」
「それは君を守る余裕が無いからだ。君を足手纏いだとは思ってはいないだろう。だけど、死んで欲しくないんだよ」
ローランドが諭すとカールは剣を落とした。
「オラ、あんたのこと誤解してただ」
「そうだな。だが、お前さんの剣技は凄まじい。傭兵でもやっていたのか?」
「いんや。オラは……」
半月と星々を見上げてカールは言った。
「一揆の首謀者の息子だっただ」
その言葉を聴き、ローランドは正直驚いた。ロイトガルもまた苦しみ困窮する民を出していたのだ。
「いっぱい戦っただ。いっぱい兵士を斬り殺しただ。だども、最後には一揆は鎮圧されて、指導者のオラの父は当時領主だったお嬢様のおじい様に処刑されただ。オラもそうなる予定だっただ。だけど、お嬢様の温情で一人助けられただよ。お嬢様はその時から綺麗でオラの憧れだっただ。オラは屋敷で雑用係として登用されただ。そしてお嬢様の御父上、亡き旦那様の指導の下、お嬢様と共に剣の稽古に励んだだ。旦那様は言っただ、オラにお嬢様を守って欲しいと」
「それで、両想いになったわけだ」
「そうだべ。キスだけじゃねぇ、もっといけないこともしてるだ」
生々しいな。だが、それが若さなのだろう。
「大体わかったよ、カールとお嬢様の関係が。だが、このままではいけない。騎士に上がるにはもう最後のプリシス攻めしか道は残されていない。こんな話を聴いた以上、何としてでも、君を連れて行くぞ。強さなら申し分ない。それとも二人で身分を捨ててどこかで一緒になるか?」
「とんでもないべ! お嬢様は騎士じゃなきゃ駄目だべ! 死んじまった旦那様にも申し訳がねぇ!」
カールが声を上げた。
「だったら、君も頑張ってお嬢様を信用させるんだな。戦場でも生き残れる男だと証明して見せるんだ」
「どうすれば良いべか?」
「特訓あるのみだろう。あとは、それとなくお嬢様を説得して見せるんだ。頑張れ」
「だべ!」
カールは力強く頷いた。
「ローランド、おら、あんたがここに来てくれて良かったと思っただ」
「ありがとう」
カールはそう言うと家の方へ駆けて行った。
「さて、お嬢様、もう出て来ても大丈夫ですよ」
屋根の上から影が跳び下り歩んで来た。月明かりが寝間着姿の無防備なお嬢様の姿を照らし出す。ローランドは思った、これはかなわないはずだ。華奢で男を虜にする魅力に溢れている。
「カールの剣術、あなたは受けてみてどうだった?」
「迷いの無い愛に溢れた太刀筋でした。彼はあなたをあなたが思っている以上に愛しています」
「そう……」
ウイはそう言って悩む顔をした。
「もう、誰にも死んで欲しく無いの」
「……そうですか」
「あなたはどう思う?」
「カールを従軍させてやるべきだと思います。多少張り切り過ぎる危うさがありますが」
「私もそれを心配しているの」
お嬢様もお嬢様なりにカールと結ばれたいが、失いたくないという思いが強いのだろう。若い二人の恋人の思いを成就させてやりたかった。俺の従騎士の役目はそれで良いのでは無いだろうか。
「ローランド?」
「お嬢様も、カールも俺が責任を持って守ります。その代わり強くなりましょう。今以上に、二人ともね」
「ええ、そうね。ありがとうローランド。お休みなさい」
若い主はそう言うと、家の方へ歩んで行ったのだった。