ウイとカール1
翌朝も、ウイのお手製の朝食をいただいた。料理に関していうことは無い。こんな可愛い奥さんを貰える騎士が羨ましい。そう思えるぐらいだった。
カールと皿洗いを終える。従騎士二日目、ローランドはどうすべきかカールに尋ねた。
「それならローランドさんは家の掃除をお願いします。オラは外で、新しいミントの種を植えて来るんで」
どっちの役目も気が進まなかったが、ローランドは頷いた。
そうして家の拭き掃除を早速始めるが、床も壁も普段からカールが頑張っているらしくピカピカだった。逆に汚すことにならなければ良いが。と、ローランドはプレッシャーを感じつつ綺麗な壁を拭き始めた。
家中の壁を拭いて回り、今度は床を掃除しようと思った。我ながら積極的では無いか。カールの見事な清掃具合を見てローランドも対抗意識を燃やした。家でこんなことやったらサリーに何て言われるかな。正気を疑われるかもしれない。
箒を探したが、見当たらない。カールのところへ聴きに行こう。
外へ出るが表にはカールの姿が無かった。裏手へ回った時だった。
「ウイ様、ウイ様」
「カール、カール」
二人が家の裏で抱き締め合い濃厚なキスを交わしていた。
あー、そういう秘密があったのね。
ローランドは足音を忍ばせてその場を去った。
昨日の風呂の毛、二人で入浴していたのだろう。そして夜中も。これは俺はとんだお邪魔虫だな。
ローランドはひとまず家の中へ入り、箒を探し当てた。
2
昼食もウイが作ってくれた。あの熱く互いを求め合う二人を見た後、ローランドはどうにも二日目にしてここが居心地が悪くなった。
だが、ウイの従騎士を辞めるわけにはいかない。これは王陛下がくれた機会だ。それにウイのことも鍛えたいと思っている。このカールも見たところ、武人とは程遠い気質の持ち主だ。身分違いのウイと結ばれるには武功を上げて騎士に上がるしか道はないはずだ。例外もあるにはあるが……それはウイにとって身を切るような決断になるだろう。
「ローランド、昼食後、武芸の稽古に付き合って貰える?」
ウイがこちらを見て言った。
「ええ、良いですよ」
ローランドはグラタンにフォークを刺しつつ顔を向けて応じた。ウイは綺麗だな。可愛いと綺麗が入り混じった誠実で強くて優しくて魅力あふれる女性だ。ローランドは隣のカールを見た。グラタンを冷ましながら齧りついている。彼にウイを幸せにできるだろうか。
言葉通り、芝の刈られた庭でローランドとウイは木剣を持って手合わせした。ウイの動きは良かった。騎士然としていて基本的な型だ。ローランドの風来坊の我流剣術とは違う。
「カールもどうだ?」
一通り打ち合いを終え、ローランドはお嬢様に声援を送っていた従騎士に声を掛けた。
「お、オラは……」
「ローランド、カールは良いの」
決まり悪そうなカールをウイが庇う様に言った。何故です? と、ローランドは問わなかった。ウイの目がまるで咎める様にこちらを見ていたからだ。踏み込んではいけない話題。ということだろう。しかし、もしも戦場に招集されたらどうするつもりだ、カール。お嬢様に手を焼かせるつもりか?
「もう一本!」
ウイが木の短槍を掲げて突っ込んで来た。ローランドは冷静に受け止めた。カールは声援を送らなかったが、何か言いたそうだった。
「ローランド、余所見できる程、私は甘くないつもりよ!」
連撃が襲って来る。ローランドはまるで殺意を帯びたそれを受け止め弾き返した。
カールに声を掛けたのが不味かったか。お嬢様は必死にカールから俺の目を逸らさせようとしている。
「お嬢様、気迫を上げて! 丹田です! 腹の底から声を上げて、打ち込んで! そう、私を悪しき者と思って!」
「悪しき者よ! 滅びなさあああいっ!」
ローランドが言うと、ウイは咆哮を上げた。他の騎士達も仮に住まうだろう住宅街に彼女の声が轟いた。
木剣は圧し折れていた。
荒々しい呼吸をしながらウイは茫然とローランドの折れた剣に目を向けていた。そして気付いたように槍先をローランドの顔に突き付けた。
「お見事。一本取りましたね」
ローランドが言うと、ウイは嬉しそうに微笑んだ。
「カール見てた?!」
「だ、だべ! お嬢様、カッコ良かっだべよ」
二人はまるで恋人、いや、姉弟のように微笑み合っていた。
ローランドはその様子を見て、掛ける言葉は特に無かった。カールにその気さえあれば別だが。カールはカールで良い人間だ。お嬢様はカールの手を血で汚したくないのかもしれない。カールの手は花を愛でることが似合っている。
3
その夜、夜警の任のため門の前に立っていると、扉が背後で開いた。そこにはカールがいた。
「何かあったか?」
ローランドが問うと、カールは答えず、手に剣を持ち、突進してきた。
訳が分からなかったが死ぬわけにはいかない。ローランドは素早く剣を抜いてカールの剣を弾き返した。
「このぉ!」
カールが激昂したような声を上げて打ちかかって来るが、これにはローランドは驚いた。強いのだ。カールは強い。ローランドは半ば本気で剣を繰り出し、身を避け、切り返した。
だが、カールも鈍い印象とは打って変わって身を躱し、素早く片手剣を入れて来る。刃は月明かりが照らすローランドの残像を切り裂いた。
「うごおちゅ!?」
突っ込んで来たカールの額に剣の柄をぶつけた。カールは潰れたカエルのような呻きを上げてよろめいて。剣を捨てた。
「参っただ!」
「いきなりどうしたんだ?」
「ローランド、オラ、ウイお嬢様が好きだ!」
カールはそう声を上げた。