従騎士ローランド
外に出ると、サーディス流の門下生らがまだそこで鍛錬をしていた。
ウイの後に続いて行くローランドを見て、フレデリカとカイは何か察したように表情を暗くした。
ローランドは頷き返すだけで精一杯だった。
みんなが憧れる騎士は決して良いものではない。そう思わせるのが嫌だった。ローランド自身、今回は運が無かったと思っている。聖氷騎士団以外ならば一般の騎士としてやれたと思う。だが、皮肉にも聖氷騎士団との関係は続く。何故なら、主たるウイが聖氷騎士団員だからだ。
高い石壁に囲まれたガルス城の城下は民の姿が見えない。兵士と騎士と傭兵が行き交う。彼らを客にするのは鍛冶師と行商だけであった。
ウイは南西側の奥まった場所にある一軒の民家にローランドを導いた。
「お帰りなさいませ」
年の頃、ウイと同じぐらいと思われる青年が姿を見せた。顔は柔和で泥に汚れた粗末な衣服から庭師かと思った。だが、そう思わせるように庭は綺麗に手入れが行き届いていた。春も終わり、散る花、咲く花が花壇に地植えにされ、水で光っていた。
「カール、今日からもう一人従騎士を付けることになったから、仲良くしてね。名前はローランド」
「ローランドです。先ほどは馬をありがとうございました」
ローランドは若輩の先輩従騎士に向かって言った。
「ご丁寧にありがとうございます。オラはカールと言いますだ」
握手を交わすとカールはウイに顔を向けた。丸顔に髭は無く大きな男だった。
「お嬢様、お風呂の用意が出来ていますだべ」
「ありがとう、カール」
ウイは民家の中へ入ってしまった。
「俺はどうすれば良いんですか?」
ローランドが問うとカールは優しく微笑んだ。
「庭仕事、馬のお世話。洗濯、風呂焚きなどが仕事だべが」
「他に何か?」
「ええ、やっぱり後輩とはいえ、人生の先輩に敬語を使ってもらうのは何だか釈然としないだべ。オラは敬語を使うだすが、ローランドさんは、敬語を無しでお願いしますだ」
「そういうわけには」
「先輩からのお願いですだ」
カールは本当に落ち着かな気に言った。
「そういうことなら、分かった。だが、ウイ、いや、お嬢様が承知なさるか確認してからにしよう」
「だべ。あ、お嬢様にタオルを届けるのを忘れただ」
ローランドは積極的に仕事を覚えようと決意した。
「俺が行こう」
「い、いや、この仕事だけはオラにやらせてくだせぇ」
カールは落ち着かなげにもじもじし、顔を真っ赤にして申し出た。
「では、俺は?」
「花壇の雑草を取っていてくだせぇだ」
花壇の雑草取りか。ローランドは正直げんなりした。だが、仕事だ。先輩に命じられたのだ。
「了解」
「頼むだよ」
カールは家の中へ入って行った。
ローランドは深々と溜息を吐いた。従騎士とは何だかつまらなさそうな職だな。だが、これも人生。サリーとアドニスのためにも俺は地道に頑張らねば! どんなところにも学びはあるものだ。そう信じている。
ローランドは石壁を背に大小の石が並べられて区切られた花壇に向かい合うと雑草を抜き始めた。
それからどれほど時間が経っただろうか。
「ローランドさん、花壇はどんな具合だべか?」
カールが戻って来たのだが、せっけんの良い香りがした。
「こんな具合です」
ローランドが避けるとカールは頷いた。
「合格だす」
「ありがとう」
「ローランドさん、お風呂に入って来ると良いだ」
「良いのか? 君の方が先輩なんだ君が先に入るべきでは無いか?」
「オ、オラは良いだべさ。さぁさ、行くだべ、行くだべ」
ローランドはカールに押された。その時もまた相手からせっけんのにおいが漂って来るのが分かった。カールはお嬢様の背中でも洗っているのかな。異性だぞ、そこまではしないとは思うが、ならば、このせっけんの香りをどう説明する。
「ローランド」
家に入ると土間があり、ウイが料理を作っていた。
「ウイ、じゃなくて、お嬢様。カール君にお風呂に入る様に言われたのですが」
「廊下を進めば分かるわ」
「では、そうしますが、食事の世話も我ら従騎士の役目ではありませんか?」
「ここでは、私が料理をします。カールには美味しいと言って貰えてるから大丈夫だとは思うけど」
「油にお気をつけて」
「ありがとう」
ウイは再び調理に目を向けた。
ローランドは廊下を進み、あのせっけんの香りをかいで、一室を開いた。そこは民家の備え付けの風呂場であった。ハイバリーに居た頃、ローランドの家にも備え付けの風呂があった。広くもなく、いや、少しだけ広い。井戸から水を汲んで来るのが大変だった。
手を入れると、お湯は温かったが、汗だらけの身体にはちょうど良いだろう。
ローランドは甲冑を脱いでその下の薄い肌着も脱ぎ、脱衣所に置くと、風呂場へと足を進めた。
器にせっけんがあった。
主と同じ風呂に入れるものなのか。騎士はよく分からんな。
そう言いながら床にウイの青い毛と、黒い毛がへばりついているのを見た。カールの髪は黒だった。
そうか、カール君は先に風呂に入ったんだ。
そう納得し、使用済みの濡れたタオルを絞って、せっけんをつけて泡立てる。
ん? カール君は自分が風呂に入ったことを何故言わなかったんだ。言っても別に俺は気にはしない。序列順だからな。
ローランドは身体を洗い、湯船に浸かった。
「身体が軽い」
そうして程よく過ごし、風呂から出る。
そこには真新しい黒の肌着が用意されていた。
着て見ると少しキツかった。
扉が叩かれ、ローランドは目を向けた。
「ローランド、御飯ができたわ」
ウイの声だった。
「服を用意してくれたのはお嬢様ですか?」
「ええ、この家にあった物よ。少しキツイとは思うけど」
「ありがとうございます。すぐに出ます」
そうして食卓に足を運ぶと、ビックリした。パンこそ、保存食だが、兵舎と変わらない食卓がそこに用意されていた。若干茶色の物が多い気はしたが、立っているカールを見て、理解した。自分は給仕の役目をするのだな。
「さぁ、おあがりなさい」
ウイが言い、カールが対面する座席に腰を下ろす。
「ローランドさん、オラの隣に」
「え?」
「オラの隣は嫌だべか?」
「いや、まさか、一緒に食事を取るとは思っていなくて」
そう言うとウイが笑みを浮かべた。
「ガルス城は落城して早いから故郷から下働きの者をまだ呼んで居ないのよ。与えられた家も狭いし、本来ならあなた達のしていることは下働きの者達のすることなの、ごめんなさいね」
「いんや! お嬢様! 下働きの人など呼ばなくても大丈夫です! ね、ローランドさん!?」
カールがどこか必死に思えたのでローランドも頷いた。
「二人ともありがとう」
ウイはそう言った。
食後、ローランドは皿洗いを、カールは風呂洗いに向かった。
ウイは手伝いたいと申し出たが、ローランドが快く承諾する前に、カールが断った。
「カールがそう言うのなら」
ウイはそう言って二階の寝室へ上がって行った。
洗い物が終わり、ローランドは夜警に立つべきかカールに尋ねに行った。
カールは袖をまくり裾をまくり、風呂掃除に専念していたが、ローランドの声掛けに気付いた。
「オ、オラはお嬢様の寝室の警備をするだ。外は任せても良いだべか?」
傭兵として夜警は基本中の基本だ。駆け出しならまだしも、今更苦にはならない。
そうしてローランドは夜警に立ったのだが、しばらくして、家の中でカールの声を聴いたような気がし、お嬢様の部屋へ急行した。扉は四つあったが、カールはいなかった。
賊でも入り込んだか。だが、俺には何も感じなかったぞ。
「カール!」
ローランドが呼ぶと奥の部屋からカールの慌てた声が返って来た。
「お、オラもお嬢様も心配ねぇだ! ローランドさんは仕事に戻ってくださせぇ!」
「お嬢様!?」
念のため主の名を呼んだ。
「だ、大丈夫! カールをちょっと話し相手として呼んだだけだから!」
ウイも慌てているような声を上げた。
「分かりました、戻ります」
ローランドの聡い耳はカールが大きく息を吐いたのを聴いた。
こうしてローランドの下働きならぬ従騎士の仕事が始まったのであった。




