ルゴール城前の戦い
このままでは騎兵隊は、敵の騎兵隊に追いついてしまう。
ジェイソンの戦術は外れたのかもしれない。そう思った時だった。
「後方、敵勢前進し始めました!」
騎士が叫んだ。
ローランドは敵の武器が長弓から槍や剣に変わっているのを見た。
「ジェイソン団長、敵の武器は弓じゃない!」
ローランドが声を上げると、ジェイソンはこちらを一睨みし、後方を振り返った。
「速度をおとさず左右に反転。その後、合流し、敵歩兵隊を踏みにじる!」
団長の一声にようやく胸中を察した騎士達が声を上げる。
騎士団は馬上、ランスのある者は構え、ローランドやウイのように失った者は自らの剣を掲げた。
太陽の隠れた春も終わりの曇り空の下の戦いだった。気温は快適だが、動けばじわりと汗を掻くようになった。
ローランドとウイはマルクス副団長の部隊となり右へ流れた。向こう側ではジェイソン隊が左に緩やかなカーブを描いて曲がっている。
騎兵隊はやがて合流し、重なり合った馬蹄が地面を揺らした。
プリシスの歩兵隊が慌てて立ち止まるが、数が多いため指令が行き渡っていないようだった。
「好機ぞ! 騎士団、突撃!」
ジェイソンが声を上げ、ローランドもウイも、騎士らと共に鬨の声を上げた。
前方に切っ先を向けて猛然と疾駆する。
凄まじい鈍い音ともにプリシスの歩兵隊が吹き飛んで行く。
その間、ローランドも騎士らも、剣を振るい、各々外列の者は片側の敵を切り裂いて走った。
騎兵隊はそのまま再び緩やかに曲がり、再突撃する。プリシスの歩兵隊のど真ん中には屍の道が出来ていた。
「行くぞ! 何度でも突撃するのだ! 馬が潰れるか、敵が潰えるかまで!」
ジェイソンが咆哮する。ランスは無く彼も長剣を抜いていた。
「ウイ、行けるか?」
ローランドは後ろを走る彼女が心配になった。
「はい、ペケが勇気をくれます」
「ペケはロイトガルの守護獣だからな」
騎士団は再突撃し、左側の敵勢を蹂躙した。馬に跳ね飛ばされ、馬上の剣に斬られ、三千の歩兵隊は数を著しく減らして混乱と壊乱状態だった。
「よし、残りを掃討するぞ!」
馬の乱れ切った呼吸を見たのか、ジェイソンが馬上から飛び下りた。
残り千二百ほどか。この状態ならできないこともない。ローランドも馬を下りた。ウイが隣に並び、先頭で突っ走るジェイソンの後に続いた。
「団長に遅れを取るな!」
副団長のマルクス・カニバンスが声を轟かせる。得物は大斧、鉞だった。
騎士団は声を揃え、懸命に敵勢へ突撃した。
動揺している敵はジェイソンのまともの突きを喰らい心臓を貫かれて斃れた。第二戦の始まりだった。
こうなるとローランドも血が騒ぐところ、彼は次々斬り込み、瞬く間に十以上の首級を上げた。これが傭兵の剣だ。ローランドは勇躍し敵を斬る。
剣で薙いで来られたが、受け止め、押し返し、踏み込み、首を刎ねる。
側にいた同僚が驚いたように声を上げた。そこでローランドはウイの存在に気付いた。
「ウイ!?」
しまった、戦に呑まれた。彼女はどうしている。
だが、心配は無用だった。青い髪を振り乱し、ウイは着実に堅実な騎士の剣術で兵に打ち勝っていた。
「うらあっ!」
上品な髭面を力強く歪ませ、マルクス・カニバンスが鉞を振り下ろす。敵は腕を失い、唖然としているところを、マルクスがすかさず追い打ちをかけて鉞を薙いで兜ごと顔を分断させた。
「攻めよ! 攻めよ!」
ジェイソンが叱咤し、騎士らは俄然決死の勢いを見せた。
この騎士団に俺は要らないな。
部下を励まし自ら鬼のように剣を振るうジェイソンを見、鉞で次々敵を討ち取る副団長マルクス・カニバンスを見、それに従う騎士団を見て、ローランドはそう思った。
この戦が終わったら俺は赤鬼のローランドに戻ろう。
「ローランド殿! やるな!」
騎士の同僚が声を掛けて来た。
「ありがとう」
ローランドは嬉しくなった。最後の戦かもしれないが、皆の仲間と認められた。敵が立ち直りつつある。ローランドは咆哮を上げて、敵の一角に飛び込んだ。
2
背後を丘にし、解放軍は苦しい戦いを強いられるかと思ったが、聖氷騎士団の突撃のお陰で敵の騎兵の速度は鈍り、突撃らしい突撃までできなかった。
テトラが無双の働きをして自軍の士気を上げる中、クラウザーは二百人の手勢を率いて丘の中腹に上り、そこから敵に矢玉を浴びせかけた。
敵の司令官皇子トプコンはポールアクスを操り、ディッツと打ち合っていた。
クラウザーは、両者が打ち合ってる中、騎士団の方の敵勢が次々壊滅してゆくのを見た。それはこちらも同じことだった。
「皇子、奇襲は外れたな! カッコつけずに堂々と正面でまとまってりゃ良かったんだよ!」
デイッツの下段から振り上げた剣がトプコンのポールアクスを弾き飛ばす。
「ま、待て」
「待たねぇよ!」
ディッツは薙ぎ払いトプコンの首を刎ねていた。
「おーい! 敵大将を討ち取ったぞ!」
デイッツの声が轟き、彼の目がクラウザーを見た。クラウザーは頷いた。
「退かぬというのなら討ち果たせ! 逃げる者も容赦するな! 降伏する者だけ受け入れろ!」
クラウザーが叫ぶ。ハミルトンが、ギュイが、それぞれ命令を承服し大音声で呼び掛ける。
背後の騎士団がこちらへゆるゆると合流してくる。彼らの馬はもう疲弊を重ねているだろう。
それを見たプリシスの残りの兵は士気を一気に落とし、武器を落として手を上げた。
「お味方勝利!」
解放軍の兵らが勝鬨を上げる。
ハミルトンが丘を上って来た。
「やりましたな、若! いや、もう殿下ですな。この白亜の城を取り戻しましたぞ!」
丸い顔を満面に微笑ませ、臣下は言った。
「ああ、やったな」
振り返る居城はたった今から己の物だ。その玉座に座るのも他ならぬこのクラウザーだ。プリシスに痛めつけられた領内にそれを知らせる必要がある。
そう、ボルスガルド王国は復活したと。
「後は、ロイトガルを勝たせるだけですな」
「うむ、そうだな。皆、引き続き、よろしく頼むぞ!」
「応ッ!」
気持ちの良い感極まった兵の返事が木霊した。