ルゴール城攻略戦
丘の上に聳え立つ白亜の城。これほど美しい城を現物で見られるとはテトラは思いもしなかった。千五百までに膨れ上がった解放軍は感慨深そうに声を上げていた。
「ルゴール城……」
だが、テトラはこの城をこれから傷つけ、血で汚すことを逸早く察していた。
余所者だからだろうか。
「あれこそが、王者の城。ボルスガルドの象徴にして命」
クラウザーが隣で歯を噛み締めている。
「ハミルトン殿、あの城に弱点はあるか?」
感動しているクラウザーの隣で早くも思案気な顔をしている彼を見てテトラは声を掛けた。
「弱点はありません。ただ」
「ただ?」
するとハミルトンは咳払い一つした。
「城には緊急の脱出路があるのですが、それがどこにあり、どこに繋がっているのかまでは王族ではない我らに把握できていません」
「では、正攻法で行くしかあるまいな」
テトラはクラウザーの肩を叩いた。亡国の騎士は我に返って頷いた。
「父祖伝来の城に傷を付けるのは気が引けるが、それ以前に国を取り戻さねば話にならぬ。ロイトガルがプリシスに負ければ我らはまた故郷を奪われるであろう。時間が無いということだ。皆、気を引き締めよ! 行くぞ!」
「応ッ!」
兵らの鬨の声は一段と響いた。
2
「見事な城よ」
ジェイソンがうっとり見詰めて言った。
「是非とも手中に収めたいものだ」
その言葉に多くの聖氷騎士団の目が不穏なものを見るように変わった。
そこに副団長のマルクス・カニバンスが現れる。ウイは自ら副団長を退いたのだ。
「正攻法で攻めるそうです」
「あの城に傷を付けるのは勿体無い、だが、所詮はボルスガルドの物だ。必要があれば遠慮なく傷を刻め!」
ジェイソンが声を上げると騎士らは鬨の声を上げる。
先に千五百の鬨の声が上がったが、城側に動きは見られない。ローランドは訝し気に思った。
「どうしたのですか、ローランド殿?」
ローランドの表情に気付いたのかウイが尋ねて来た。
「いや、この距離でも大の男達の千五百と、五百の唱和だ。それに向こう側は見下ろせる位置にいる。城側も気付いて良いはずだ」
「確かに」
そういう二人の目は戦へ臨む顔つきになったジェイソンに向けられた。
「解放軍が動きました」
「よし、我らも行くぞ。この戦では特に積極的に攻撃に加わる。多少の犠牲を覚悟でボルスガルドに恩を売るのだ。それこそ、陛下が望んでいることに他ならない」
ローランドは感心した。ジェイソンの考えはローランドも察するところであった。
解放軍の歩兵が前面に展開し、城に接近する。カタパルトとラムを引く。騎士団はその後ろをゆるゆると馬で歩んでいた。
「団長、敵が来ませんね」
副団長のマルクスが言うとジェイソンが唸った。
「何か嫌な予感がする。一度、歩みを止めるように解放軍に伝えよ!」
ジェイソンはそう言った。ローランドもその方が良いと思った。
だが、地獄の底から這い上がる様に遠くの背後に影が立ち上がった。
「あれは!」
騎士が叫ぶ。
やがて、地鳴りが鳴り響き、敵影は馬上でランスの影を見せつけ、突っ込んで来た。矢のような陣だ。こちらの正面を突き破るつもりだ。
「解放軍から伝令、隊列を我が方と交代せよと言っています!」
別の騎士がジェイソンの後ろに駆け付けて来て述べた。
「そんな悠長な時間は無い。歩兵では受けるに不利だ。突撃には突撃で返すのみ! 聖氷騎士団、突撃するぞ!」
ジェイソンが声を上げる。
ローランドは隣でウイが青ざめているのを見た。
「敵の槍を避けるだけで良い。とにかく生き残るんだ。頑張れ。俺がついてる」
ローランドが肩を優しく叩くとウイは頷いた。騎士になったばかりの彼女にとって、本格的な死を覚悟する突撃はこれが初めてだ。
その時、ローランドの腰の皮袋からペケが飛び出し、ウイの首に丸まった。
「分かった、ペケ、君もウイを頼むぞ」
「突撃!」
ジェイソンが声を上げる。真っ先に飛び出したのは副団長のマルクス・カニバンスだった。ランスを手に騎士団が後に続く。
「そらそらそらそらぁっ! ロイトガルの騎士団を甘く見たら痛い目に遭うぞ!」
マルクス・カニバンスの声が轟く。
「ウイ」
「はい」
ローランドとウイも馬腹を蹴った。
重たいランスを構えようともがくウイを見てローランドは声を掛けた。
「避けることだけに集中しろ! どの道、この一回ではケリはつかない! 最後まで生き残れ! 良いな!?」
ローランドの必死な声にウイは頷き正面を睨んだ。
両軍は肉薄する。
「ロイトガルのアナグマめが! この第十二皇子トプコンが地上より滅してくれる!」
「若造が!」
マルクスとトプコンがぶつかった瞬間、両騎兵団は交錯した。
ローランドは目を見開き、突撃の勢いと共に繰り出される槍を叩き落し、後続を突き刺した。ランスを持っていかれ、腰の剣を抜き放つ。その一瞬の一瞬の間にローランドは三つの首を上げた。
駆け抜けると前方には弓兵が展開していた。
「放てー!」
敵の指揮官の声が轟き、矢が一直線に騎士団に向かってくる。
「散れ!」
ジェイソンが声を上げる。
マルクス・カニバンスも無事だった。
左右に散った騎士団はジェイソン隊と、マルクス隊になった。
ウイは生きていた。ペケも首に巻き付いている。
「ウイ、よく生き残った。だが、戦はまだまだこれからだ」
ジェイソン隊とマルクス隊に分かれた騎士団は敵の規模三千の弓兵の横腹を攻めるか、引き返して騎兵の背後を襲うかどちらかになった。
「ジェイソン殿はどうするおつもりだ」
マルクスがまるで対岸にいるような騎士団長らの影を見て言った。ローランドとウイはマルクス隊にいた。弓兵から充分距離を取っている。ジェイソンも逡巡したようだが、行き先を敵の騎兵隊へ向けて駆け始めた。
「よし、駆けながら合流し、陣形を整える!」
マルクスの鎧は矢だらけだった。
今の突撃でどれだけ仲間が減っただろうか。敵の騎兵の規模は!?
分からぬことだらけだった。奴ら、どうやって俺達の裏を掻いたのだ。
ウイの手にランスが無かった。
「落としたのか?」
するとウイはぎこちない笑みを浮かべた。
「ひ、一人だけですが、斃しました。武器はその時に」
そして大きく息を吐く。
「お手柄だな! 御苦労さん、だが、まだ終わったわけじゃない」
「はい!」
ウイが腰からバスタードソードを抜くのを見た。
前方、丘を背にボルスガルドの歩兵隊が敵の騎兵隊と戦っている。どうやら勢いを削ぐことができたらしい。
「第十二皇子とか言ったか。必ず討ち取ってやる!」
マルクス・カニバンスが咆哮し、騎士団は再び合流する。
「マルクス、それは我らの役目ではない」
合流直後ジェイソンが言った。マルクスは分からないようだが、ローランドには分かった。逆を衝くのだ。千五百の歩兵では倍の三千の歩兵をまともに相手にはできない。ジェイソンはそれを熟知し、小勢ながら騎兵で蹴散らそうと言うのだ。だが、歩兵隊が弓をしまうかどうかだ。騎兵にとって弓矢こそ脅威だった。だが、ローランドはジェイソンを見直した。この男に命を預けるのも悪くない。そう判断した。
「ひとまず駆けよ!」
ジェイソンが声を上た。馬足は速めになった。
「二十八名、足りません」
ウイが言った。
「そうか。残念だが、これも戦の常だ。君は絶対に生き延びるんだ。生き延びる戦いをするんだ。命は一つしかない」
「はい」
ローランドの言葉にウイが頷く。
「ペケ、ウイを頼むぞ」
ローランドはウイの首に巻き付いているロイトガルの守護獣を見てそう頼んだ。