相対
怒号、剣戟、傭兵達は斃れる死体を踏み拉いて互いの生存と糧を得るために戦っていた。
ローランドの様に、妻と子が待っている者もいるかもしれない。だが、戦場の死神に引き込まれるのはごめんだ。ここは殺し合いの場所だ。
戦斧が振り下ろされる。
ローランドは避ける。地を穿った斧の刃は素早く払われる。ローランドは剣で受け止め、押されたが踏ん張った。
相手の顔が見える。殺気立ち、イライラしている。こんな奴に時間をとっていられない。もっと手柄を立てなければならないのだと。
ローランドは笑った。
「お生憎」
ローランドは腰に力を入れ、相手を押し返した。そして一気に詰め寄り左手で抜いた短剣を相手の首に突き刺した。
相手は斧を落とし、血が吹き出る己の首に手をやりながら両膝を吐いた。
その目がローランドを見る。憎しみではない狼狽している。敵に助けを求めている。
「無理だよ、アンタは、もう少ししたら死ぬ。だけど、そう悠長に待ってるわけにもいかないのさ」
ローランドは両手持ちの剣を握り締め、大上段から振り下ろした。敵兵の首が落ちた。
それにしても良い斧だな。ローランドは亡骸のわきに転がっている武器を見詰めていた。あいつなら何でも小器用に使いこなすんだろうな。
黒い鎧兜を身に着けた戦友のことを思い出す。
サーディス、しばらく会って無いな。ここにもいないのか?
と、銀光が煌めきローランドは慌てて剣で防御した。高らかな鋼の音色の後に手に痺れが走る。
力漲る鋭い刺突だ。
ローランドは新手を見た。少し驚いた。
女だ。
若くは無いが奇麗だ。羽飾りの付いた兜をかぶっている。鎧は真紅だった。
「目立つ格好してるね」
ローランドが言うと、相手は無言で剣を戻して、上から下、下から左と斬撃を放ってきた。
ローランドは全てを受け止めまた驚いた。瞬刃とはこういうのを言うのだろうか。目で追えない、幾重にも重ねた戦場での磨かれた勘で剣を受け止めていた。
久々に血が騒ぐのと同時に、少し不安にもなった。俺が死んだらサリーと、アドニスは。
「らああっ!」
ローランドは不安を払拭するように大上段に打ち込んだ。
サリー自慢の剣を相手の剣は受け止めた。良い音色が木霊した。ローランドは意地でも敵の剣を圧し折りたくなった。サリーの愛情と俺の膂力が宿った剣だ。いわば、愛の証! 真っ直ぐな魂の一撃をローランドは次々叩き込んだ。
相手は即座に受け止め、反撃しようとするが、ローランドはそれを許さなかった。一つ分かったことがある。技量では自分の方が上だということを。女性だというのに戦場に出て、これほど苦戦させてくれるんだ。将来が楽しみじゃないか。だが、その将来を見続けさせることはできない。こいつは危険な相手だ。俺の方が強くても油断はできない。
「師匠!」
女の背後から良い身体つきをした少年がこれまた太い剣を手にし現れた。
「これは私の相手だ。プラティアナを頼む」
「だ、だけど」
言い淀む少年に向かってローランドは思わず口走っていた。
「大丈夫、殺しはしないさ」
何故だろうか、手を抜けない危険分子だと知りつつも、たった今、殺そうと決めていたはずなのに正反対のことを言っている。それはきっと少年と女性が師弟関係にあることを知ってしまったからだ。この女性は筋は極めて良い。良い傭兵を育て上げるだろう。
競り合い、互いに歯を剥き出しながら、ローランドはそう思った。
一旦、互いに間合いを取った。
女性もローランドも息を荒げている。今日の全ての活動はこの女性を倒すことだけで使い果たすだろう。戦場の音が霞のように聴こえる。ローランドは集中した。女性が、すり足で間合いを測りながら詰めて来る。
ローランドは踏み込んだ。相手も同様に来た。
横薙ぎの刃と、縦に振り下ろされた刃が激突し、破片が宙を舞った。
折れたのはサリーの剣じゃない。相手のだった。
「降参するか?」
「まだ負けたわけでは無い」
女性は戦斧を拾い上げた。凄まじい睨みが生への執念を感じさせる。
「お師匠様!」
「師匠!」
今度は甲冑姿の可愛い娘まで出てきた。
「弟子かい?」
「ああ。二人とも、私はこいつを斃さなければならない。これは私の仕事だ。お前達は助け合い少しでも手柄を立てろ」
「で、でも!」
「心配要らない。斧だって使い方を知らないわけじゃない。いつか、お前達にも教えるときが来るだろう。さぁ、行け、これ以上水を差すな!」
女性が言うと、女の子と少年は互いに頷き引き上げた。
「俺に勝てると思うのか?」
「勝てなくとも勝つのが傭兵だ。僅かな幸運を見逃さず手繰り寄せ、勝ちを掴み取る」
ローランドは少し笑った。サーディスの奴が言いそうな言葉にも思えた。
重い音色を上げて戦斧が薙ぎ払われる。ローランドは飛び退いて避けるが、相手は詰めて来る。眼前を刃の影が過ぎり、ローランドは一瞬、肝を冷やした。
「必中!」
ローランドは身を屈めて避けながら刃を薙いだ。
だが女性は片手を放し、短剣を抜いて必殺の一撃を受け止めた。ローランドが刃を戻し、相手の横側に回り込むと、旋回する戦斧が襲ってきた。
ローランドは気合いの一撃を振り下ろした。斬撃同士がまたぶつかり、ローランドの剣は戦斧の半ばまで裂いていた。
女が瞠目する。ローランドは引っ張って剣を戻した。
「家族愛か、師弟愛か、どちらが勝つか勝負と行こうか」
「戦場では独りだ。家族も弟子も関係無い。ただ勝負あるのみ。私も貴様も一匹の餓狼に過ぎない」
ローランドは口の端を持ち上げた。またまたあいつが言いそうなセリフを吐いてくれちゃって。
「情けは無用。さぁ、勝負だ!」
女性が割れた斧を構える。
「分かったよ、勝負だ!」
互いに駆け得物をぶつけ合った時だった。
敵側から退却のラッパが鳴った。
ローランドは武器を下ろしてニコリと微笑んだ。
「今日はこれまでだな。明日はできれば会いたくないね」
女性は何も言わず、斧を下ろした。
「深追いするなあっ!」
こちら側の将の声が上がった。
「カイ、プラティアナ、引き上げるぞ!」
「おう、師匠!」
「はい!」
退却する敵勢の中、目の前の師弟も背を向けた。
「俺はローランド。名前は?」
ローランドがその背に呼びかけると女性は止まって振り返った。
「私の名はフレデリカ」
そう言うと彼女は今度こそ駆け出し戦場から去って行った。
ローランドは伸びをし、午後の傾いた陽光を見上げた。今、どこの戦場にいるのかもしれない戦友に思いを馳せていた。
なぁ、サーディス。俺はすげぇ戦士を見つけたぞ。お前はどうだい?
ローランドはサーディスとフレデリカを心から引き合わせたいと思ったのだった。




