宣戦布告
ローランドらが馬で突入した頃には、戦は始まっていた。
ジェイソンが無差別に殺すかと思ったが、その心配は無かった。
「ボルスガルドの者は兜を脱げぇえい! 我々はボルスガルドを再興するために戦いに来た!」
剣戟の中、ジェイソンの大音声が木霊し、数人が兜を脱ぐのをローランドは見た。
ローランドはジェイソンを見直し、そして見損なっていたことに気付いた。俺は彼らを命令に従わない小者だと思っていたんだな。
乱戦となった。
ローランドは昨日の乾いた血のこびりついた鎧に新鮮な血を浴びた。剣が唸り、渾身の一撃は首を刎ね、鎧を貫いた。
ジェイソンが叱咤激励を飛ばしている。ローランドはあえて自らが檄を飛ばすことはしなかった。ジェイソンの指揮は悪くはない。なるほど、騎士達が俺では無くジェイソンが相応しいと思った理由がそこにあった。
「団長、良いのですか?」
ウイが血に塗れたバスタードソードを手にして尋ねた。
「良い、上手くいってるのだから」
ローランドが言うとウイは少々不満気に言った。
「団長はあなたなのですよ」
「分かってるさ。だが、副団長、俺は命を預かるのではなく命を預ける戦の方が得意だ」
「そんな情けないことを言わないでください!」
新手が押し寄せ、ウイと共に相手をしたが、ローランドの修羅の剣は、帝国兵を次々に屠った。その姿に鼓舞されたのか、ローランド派の少ない騎士達が周囲で奮戦し始めた。
「たかが五百かそこら、何を慌てる必要がある! 落ち着いて対処せい!」
敵の指揮官が後方から声を上げた。
途端にウイが動いた。長剣の血をボロで素早く拭うと鞘に収め、肩の長弓を取り、矢を番え、横っ飛びになって、満月ほどまで振り絞った弦を放した。
矢は計算されたように、乱戦中の敵兵の目の前や後方を過ぎり、敵大将の兜に当たった。
「ちっ」
ウイが舌打ちする。
敵の総大将は驚いて守りを固めた。だが、相手の思う通りにはならず、乱戦状態は続いている。
その最中、兜を脱ぎ離反したボルスガルド兵となった者が三人、ジェイソンに近付いた。ローランドは見た、一人の手が腰の剣の柄に掛かっている。ローランドは飛び出し、ジェイソンの元へ急行した。
「ジェイソン! 気を付けろ! そいつら敵だ!」
「何っ!?」
ジェイソンが驚いた瞬間、刃が三つ、襲い掛かった。ジェイソンは後方に下がって避けて剣を抜いた。
ローランドはその隣に並んだ。
「俺らには判断がつかぬからな、よく機転を利かせたものだ」
ローランドはそう言い、敵に躍りかかった。
剣閃が敵の首を瞬く間に刎ねた。
「こういう状況もあるんだな」
ローランドは安堵の息を吐き、ジェイソンに微笑んだ。
「フン、貴様の剣など無くとも、我が剣で一網打尽にしてくれたわ。そんなことより、ボルスガルドは何をしている!?」
ジェイソンはローランドから目を反らした。
「悪いことをしたな。ジェイソン、死ぬなよ」
ローランドは別段、普段のジェイソンの態度と変わらないのを見ると、特に何も思うことなくその場を離れた。
聖氷騎士団はウイの言う通り強かった。もっと鍛えれば、プリシスへの脅威となるだろう。何せ、先の戦で騎士団と呼べるのは、この聖氷騎士団だけだった。王は今頃、各地で兵を募っているのだろうか。
ローランドの一刀は兜ごと敵の顔面を縦に割った。半分に割れた脳が汁に塗れなまめかしく光っている。
ジェイソンの指揮の下、ローランドは大いに剣を振るい、たくさんの首級を上げた。徒歩の解放軍が来たころには粗方戦は片付いていた。
彼も百戦錬磨の騎士、いや戦士か。ローランドはボルスガルド解放軍が雪崩れ込む向こう側で部下達を集めるジェイソンを見てそう思った。陛下のお考えが分からぬな。聖氷騎士団は強いし、ジェイソンも鼻っ柱は高いが、有能な指揮官だ。欠けているのは騎士の数だけで、弱点らしい弱点も無い。俺がわざわざ騎士団長になって率いる必要も無いだろう。
だが、と、思った。もしかすれば、王陛下はジェイソンと騎士団に発破をかけるつもりで俺を当て馬にしたのかもしれない。
砦内の始末をボルスガルド解放軍に任せてジェイソン隊とローランド隊は外に出た。
ジェイソンの周囲では彼の指揮を称賛し、やはり次期騎士団長はあなただという声が上がる。そしてローランド隊に冷ややかな視線を浴びせた。今の俺は騎士団長だ。行かねばならない。
「ジェイソン」
ローランドは馬をウイに頼んで彼の元へ歩み始めた。
「けっ、暴れるだけしか脳が無い野蛮人が来おったぞ」
ジェイソン派の騎士らが言った。
「何か、団長殿」
ジェイソンは仏頂面で尋ねて来た。
「見事な指揮だった」
「それはどうも」
ジェイソンはそっけない態度でそう述べた。
「誰かが今言ったな、俺は剣を振るうだけの野蛮人だと。実際その通りだ。傭兵として誰かの指揮下でしか俺は動いて来なかった。今日、お前の指揮する姿を見ていたら、俺のような団長は無用の長物だと思えて来た」
「では、辞めればよろしい」
ジェイソンが言うと騎士らがひそやかに賛同の声を上げた。
「あなた達!」
ウイが現れたが、ローランドは手を上げて制した。
「王命があればそうするだろう。だが、そうで無い以上辞めるわけにはいかない」
「何が言いたいのだ?」
ジェイソンが焦れた様子でそう尋ねた。
「見事な指揮だったと思っただけだ。派閥は無い方が良いが、ジェイソンと俺がこの関係では派閥は無くなることは無いだろう。大なり小なりな。これからも競って行こう」
「宣戦布告ですか」
「そうだな、そうなるのかもしれない。俺はお前から部下をもぎ取るつもりだ。俺の働きで魅せてな」
「やれるものならどうぞ」
ジェイソンが冷ややかに応じた。騎士らもこちらを睨み似たような言葉を囁き合っていた。
「はっはっは! じゃあな、ジェイソン、次の戦もお前と競えるのは楽しみだ」
ローランドはそう笑い、宣戦布告した。
王陛下、あなたのお考えが分かりません。至急のこと故、考えなど無かったのかもしれません。ですが、俺は俺なりに推し量って聖氷騎士団を強くしてみせますよ。
夕暮れが近い。ウイが不安げに見ていたので、彼女に頷き、微笑んだ。副団長の女性は、頷きはしなかった。困惑しているのだろう。同じ騎士団に宣戦布告をしたことを。
なのでローランドは彼女の傍に来ると言った。
「騎士団を更に強くするためだ。君の力も当てにしている。今日は見事な弓の腕前だった」
砦から伝令が現れ、全てが終わったことを知らせたのだった。