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傭兵譚  作者: Lance
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立て直し

 村を発った。行軍の順番は地理に明るいボルスガルド兵らが先を行き、騎士団はその後に続いている。もっとも、騎士団は二つに分かれている。ローランドを支持する副団長ウイを含めた十数名と、ジェイソン・ゴンザレスを頭目と仰ぐ四百数十名にである。

 行軍の最中、ローランドの胸中には不安しか無かった。ジェイソンと剣を交えたことを思い出す。あれが騎士団の代表的な剣技の持ち主なら、戦では無駄死にする。王よ、やはりあなたはこの騎士団を鍛え直すために私を団長に推挙したのですね。

 町に入り、ボルスガルド解放軍は歓迎を受ける。ローランドはクラウザーに申し出た。

「我々は調練に入ろうと思います。祝いの方は申し訳ありませんが辞退させていただきます」

「分かった。騎士団の力を当てにしている」

 クラウザーはそう応じた。

 辞去して、ローランドは腕組みしながら歩いた。問題はジェイソンらが調練に参加してくれるかどうか、いや、どうやって参加させるかだ。俺だけが強くなっても仕方が無い。ふと、ローランドは隣を歩むウイのことを思い出した。

「そういえば、君はこの間が初陣だったのか?」

「はい」

 ローランドはその時、体調不良で寝入っていた。実戦経験の無いウイに丸投げしてしまい、今更ながら彼女に申し訳ない気持ちになった。

「勉強になりました」

「え?」

「何も知らないと、自分がどうすべきか周りの状況や動きを見て、行動を決めます。今回はボルスガルド解放軍が砦内に突入したのでそれに従いました。ジェイソン殿らもそうでしょう」

 ウイは言った。

「実際、昨晩の一騎打ちですが、ジェイソン殿が弱いと思われたかもしれません。でも、それは違います。ジェイソン殿の肩を持つわけではありませんが、聖氷騎士団は強いです。団長がそれよりも遥かに強かった。それだけのことなのです」

「だが」

「ええ、ジェイソン殿達、いえ、私達はもっと強くなる必要があります。あなたが団長であるという貴重な期間の間に鍛えて貰える。これほど嬉しいことはありません。ジェイソン殿は自尊心の強いお方、わざと名誉を傷つけて、調練に誘き出し、団長の剣を受ければ、悔しさと憎しみで考えも変えるでしょう」

 ウイの言葉には、「尊敬」の文字が無かった。俺は憎まれ役に徹するしか無いのだな。ローランドはそれでも良いと思った。このボルスガルドの戦を終え、城へ戻れば王に騎士団長の位を返上しよう。新しい団長は騎士の中から出せばよい。それで統率が取れるのならば。

 町の外、少し離れたところで天幕を張るジェイソンらの元へ行き、ローランドは声を上げた。

「お前達、強くなりたいか?」

 ローランドの言葉に騎士らは誇りを傷つけられたような不機嫌な顔をする。

「昨晩は、夜で見通しが利かなかっただけだ! 調子に乗るなよ、小僧!」

 ジェイソンが声を荒げて立ち上がる。目は怒りに燃え、明らかにこちらを憎悪している。それで良い。ジェイソンのプライドを折れれば騎士らも幾らかは俺を認めるだろう。いや、憎しと打ちかかって来るだろう。

「ジェイソン、新しい剣は手に入れたか? ならば一勝負と行こう。まさか、逃げるつもりでは無いだろうな?」

「貴様、言わせて置けば! 傭兵上がりの癖に、騎士に対する節度を知れ!」

 ジェイソンは大音声で言うと、ブロードソードを抜いた。

「よし、勝負だ」

 ローランドも腰からクレイモアーを引き抜いて佇んだ。

「構えぬのか?」

「ああ。いつでも打ち込んで来い」

「お、おのれー!」

 ジェイソンが駆けて来る。

 振り下ろされた剣は確かに強い風を孕んでいた。ウイの言う通り、騎士としてジェイソンは強いのだ。

 ローランドは受け止め、弾き返した。ジェイソンがよろめく。だが、ローランドが追撃しないのを気に食わなかったのか、憎しみの目を見開いて再び打ちかかって来た。

 そのまま、ローランドは剣を受け止め続けた。増長しているわけでは無いが、確かに俺の方が強い。

 ローランドはジェイソンを剣越しに押し返した。

 ジェイソンは尻もちをついた。こちらを見上げる顔がこういった。

「殺せ!」

 ウイが驚きの顔をし、ローランドと目を合わせた。

「殺しはしない。ジェイソン、君は強い。だが、俺の方が上手だっただけだ」

 この言葉に他のジェイソン派の騎士達が怒りの形相で立ち上がった。

「良いだろう、どんどん掛かって来い。俺を討った者は新しい騎士団長だ」

「貴様あっ!」

 騎士達が殺到してくる。一撃一撃、なかなかの重さだった。やはり彼らはプリシスから長年領土を守って来ただけのことはあった。

 だが、ローランドは次々、弾き返した。騎士らはまるで兵卒のように土にまみれてもぶつかってきた。

 ガッツはある。まぁ、俺が憎いだけなのかもしれないが。各々の実力を知り聖氷騎士団がボルスガルドのお荷物になることは避けられたと判断した。 ローランドの前方では剣を地面に突き刺し、荒い呼吸を繰り返す騎士達に溢れた。

「どうだろう。俺を憎んでくれても良い。もうちょっと強くならないか?」

 騎士らは疲労困憊で言葉を返す代わりに睨んで来た。目は死んでいない。

「俺はお前らに宣戦布告する。俺が討たれた場合の王に対する書面も書こう。ローランドが無謀にもお前達に喧嘩を吹っ掛け、返り討ちにあったとな。こんな惨めな様にはなりたくないね。それともお前らがそうしてくれるか?」

「貴様、言わせておけば、宣戦布告だと! 面白い、討たせてもらう!」

 ジェイソンが立ち上がり、剣を引っ提げて突進してきた。

 切っ先が煌めく渾身の突きは、ローランドの剣によって撥ね退けられ、手からすっぽ抜けて遠くへ飛んで行った。

 ローランドはジェイソンの眼前に剣を突き付けた。

「ジェイソン、今のでお前は死んでいたぞ。次!」

「うおおおおっ!」

 騎士らが向かってくる。

「頭に血が上り過ぎだ! 気迫は大事だが、それだけに飲み込まれてはいけない」

 ローランドは尻もちをついた騎士らに向かって言った。

 そのまま一時間程続けると、元より重い甲冑をつけていた騎士らは疲労困憊になり、憎悪の目すら向けず、誇りがあるにも関わらず乾いた大地に倒れ込んだ。

「俺が要ら無いなら、頑張って俺の首をとってジェイソンを団長にするんだな、聖氷騎士団」

 ローランドはそう言って、町へ引き返した。

「あんなやり方で本当に良かったのでしょうか?」

 隣を歩くウイが不安げに問う。

「俺にも良策は思いつかなかった。だが、聖氷騎士団には強くなって貰わないと困る。陛下のためにも」

「団長」

「何だ?」

「私にも稽古をつけてください。武具屋の裏にスペースがあります。砥石を買うついでにいかがでしょうか?」

 ウイはいつだって真面目だ。それに以前見せた騎射は上手かった。だが、剣の素質があるかどうかは分からない。もしも自分が国へ戻り、騎士団長の位を返上すれば、副団長の彼女が騎士団長に抜擢される可能性もある。一癖も二癖もある見栄と虚栄心だけの騎士達を率いるのなら鍛えておくべきだ。

「分かった。行こうか」

「ありがとうございます」

 二人は町を歩いた。そこら中に明るい顔が広がっている。国を取り戻すということはこういうことだ。

「平和は良いな」

「そうですね」

 二人は言葉を交わし町の大きな武具屋へ入って行ったのであった。

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