孤高の騎士団長
砦を落とした解放軍と騎士団は補給地点を確保し、更に先へと進んだ。
村があり、警戒していた人々に、クラウザーがボルスガルドを取り戻すことを伝えると、人々は色めき立った。
「我々の国が戻る!」
解放軍の中にこの村出身の者がいた。家族と抱き合い再会の喜びを果たす姿は感無量だった。だが、兵はボルスガルドを取り戻すために従軍することを告げた。クラウザーも村の者達に村出身の他の者を必ず取り戻すと約束した。
ボルスガルド兵達は明るかったが、聖氷騎士団のジェイソン・ゴンザレスらは愚痴を言っていた。
クラウザーらを歓迎する細やかな祝いが行われた。クラウザーを主賓として、観覧席を設けられ村人達は篝火を中心に踊っていた。ローランドはその隣に座り、陽気な村人を見て元気を出しつつも、祝いに顔を出さないジェイソン・ゴンザレスらが気になり思わず溜息が出た。
「いかがなされた?」
クラウザーが怪訝そうに問う。
「いや、志がある者と無い者ではこうも違うと思い知らされました」
ローランドは若者に応じた。
「失礼だが、先の戦、あなたは別として他の者達は有利になるまで動かなかった。これが関係しておりますか?」
図星を衝かれ、ローランドは頷いた。
「私は傭兵上がりの騎士団長です。家柄を重視する騎士達にはそれが嘲りと不満の種のようです」
「苦労なされているな。この戦はもともと我らボルスガルドの戦い。お帰りになられてもよろしいのですぞ。本心から申しております」
クラウザーにそこまで言われ、ローランドは己の不甲斐なさを感じた。
その時だった。
「団長! 大変です!」
ウイが血相を変えて人々の間を抜けて来た。
とてつもなく嫌な予感がした。
「ジェイソンか?」
「はい。ジェイソン殿らが、勝手に出撃しました」
「出撃? 敵でも出たのか?」
隣でクラウザーも身を乗り出してウイの言葉を待っていた。
「いいえ、それが、さっさと各地の砦を落とし、王の元へ帰還するのだと言って」
積極的なのは結構だが、こうも天邪鬼をされると腹が立つ。だが、ジェイソンらは行ってしまった。
「クラウザー殿、浅はかな騎士団で申し訳ない! 私も行きますが、あなた方はここで民を慰撫されよ」
「冗談ではない! これは我々の戦いだ! あなたも申したでは無いですか、総大将はこの私だと! 勝手な真似は許さぬ。だが、我らは徒歩の兵。とても今からでは追いつけぬ」
クラウザーの怒髪天の迫力にローランドはひたすら至らぬ己が申し訳が無かった。
「私が責任を持って止めさせます!」
「その通り、連れ戻すのだ!」
クラウザーの怒りは若くても威厳のあるものだった。これが総大将なら俺は喜んでついて行く。だが、ジェイソンらは違う。俺が傭兵上がりの騎士団長だから、元は平民だからだ。
ローランドは引かれて来た馬に飛び乗った。鎧など着けている暇はない。剣だけをぶらさげ、馬腹を蹴る。
軽装のウイも並んで疾駆した。
2
騎士団の馬はプリシスの大騎士団ほどではないが鎧に固められていて、馬脚も落ちていた。満月が照らす中、ローランドとウイは疾走する軍勢の尻尾に追いついた。
「止まれ、止まれ! 俺だ、ローランドだ!」
舌打ちが聴こえた。だが、馬は止まらない。ローランドは怒りを感じた。己に、ジェイソンらにも。
「止まりなさい! 聖氷騎士団! 出撃の合図は総大将より出されていません!」
ウイが続けて声を上げるが騎士団は止まらない。
ローランドは馬に鞭打ち、側面を駆け抜けて前面で剣を抜いて立ち止まった。
「これより先へ進む者は俺が斬る!」
ローランドが咆哮すると、騎士団は馬を止めた。先頭はジェイソンだった。不機嫌そうな顔が月と星の明かりに照らされる。
「あなたもボルスガルドの田舎兵と共に踊っていれば良いのだ。ああいう下品な踊りは得意そうですからな」
別に下品な踊りではない。よく見られる祭りの舞だ。ジェイソンはそこまでローランドを嫌っているということだ。
「我が命令はともかく、総大将クラウザー殿の命令は出ていない。速やかに引き返せ」
ローランドが言うと騎士らは溜息を吐いた。
「あなた方、どこまで無礼なのですか!?」
ウイが怒号するが、騎士達は舌打ちしかぶりを振るばかり。騎士の家系のウイに以前は従う様子を見せたが今はそれすら無い。
「なぁ、お前達、俺の実力さえ知れば、従ってくれるのか?」
無言が続く。
「俺はお前達の心を掌握できればと思ったが、ここまでされればそんな悠長なことを言ってられない。陛下の面目を保つためにこの戦だけ団長を務め、俺は傭兵に戻る。傭兵の剣を受ける者はいないか? 俺を若造と思う者もいるだろう。だが、俺はお前達よりも長く深く戦いの渦中に身を委ねて来た。その修羅の剣を打ち破れる者はいないか? いないのなら、村へ引き返せ。そうでないと言うのならば挑んで来い。殺してやる」
「だ、団長……」
ウイが隣で息を呑む。
「傭兵団長殿は、我らを粛清なさると仰せか?」
ジェイソンが鼻で笑って応じた。そして眼光鋭くし剣をハヤブサの如く抜いて斬りつけて来た。
間一髪、ローランドは剣で受け止めた。高らかな鋼の音が鳴る。だが、ローランドは看破した。まるで手応えが無い。これが北西部をプリシスから守って来た聖氷騎士団なのか? と、疑問を抱くほど呆気ない。
「抜かせ、小僧! 頭が高いわ!」
ジェイソンは大喝し、剣を振るって来た。
ローランドは闇の中、冴え渡る目で軌道を読み、幾つも受け止めた。
ジェイソンの息が荒くなる。
聖氷騎士団、ここまで呆気ない者達だとは思わなかった。
ローランドは無言で渾身の一太刀を下ろした。ジェイソンの剣が圧し折れた。
「誇りも結構。だが、お前達に実力が無いことはよく分かった。もう良い、俺を慕う者以外、国へ帰れ! 無駄死にするだけだ」
「団長!?」
ウイが驚きの声を上げる。
「剣が悪かっただけだ。何度もプリシスと打ち合った故、摩耗していたのだろう」
ジェイソンは剣の寿命のせいにし、背後を振り返った。
「村へ引き返すぞ。我に続け!」
ジェイソンが駆けると他の騎士らもついて行く。ローランドはウイと共に取り残された。
「団長、先ほどの言葉は」
「本気だ。聖氷騎士団がどれほどの実力か分かった。とてもボルスガルドの兵らと共に行動できるに値しない」
その時、ふと思った。陛下はそれを知って俺に騎士団を鍛え直して欲しかったのでは無いだろうか。
「ウイ、戻ろう。君には迷惑ばかりかけるな」
「迷惑とは思っていません。戻りましょう、団長、少しだけとはいえあなたを慕う者達もいるのですから」
ローランドは頷いた。そしてウイと共に村へと引き上げたのだった。