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傭兵譚  作者: Lance
133/161

剣士カサンドラへの道

 前線を赤鬼傭兵団に任せ、ブリック王は後方のガルス城で指揮を取る。自らが前線に立ち、敵を刺激するのを防ぐためだ。戦死者の遺族への書類を書くだけでここ数日は終わってしまう。ミティスティはいるが、ローランドがいない。彼の存在が自分にとってどれだけ支えだったのか、情けなくも王は痛感したのであった。

 だが、政務の間も退屈することは無かった。何故なら窓を開ければすぐ外でルクレツィアがカサンドラを鍛えていたからだ。

「もう、駄目だ、腕が痛いのだ」

 素振り三十本目で音を上げる少女を見て、ルクレツィアは叱咤する。

「後、二十本頑張って。あんたを超特急で戦士に仕上げなきゃならないんだから、あんた自身も根性を見せなさい」

 自分も師にあそこまで愛されたかった。ブリック王は亡き母親への思いを慌てて振り払った。御師匠様は母親ではない。もう、あんな気の弛み切った真似はしない。かつてフレデリカに求婚を求めていた己を恥ずかしく思った。だが、本心は彼女への敬意の他にも愛が枯渇しているのを知った。

 ミティスティは理想の女性だ。二人で身体を重ね愛し合っているときに幸福を覚える。だが、埋まらない穴があるのだ。それをもうフレデリカに求めようとは思わない。してはいけないのだ。

「疲れたのだー!」

 石畳に大の字に倒れるカサンドラを見て、ブリック王は、元皇女であの年ながらよくやっている。という感想を抱いた。

 ルクレツィアがこちらを見た。

「リョウカク、あんたも仕事が終わったら一本稽古を付けて上げて!」

「考えておこう」

 王はそう言うといつの間にかイスを離れて窓辺で空想に浸っている己に気付いたのであった。



 2



 腕が終われば足腰だ。ルクレツィアはフレデリカの教えをそのまま踏襲した。

「ほら、立って、お昼までに城の周りを二十周するわよ」

「うええ、なのだ」

「あんたは何日間か歩き詰めでも踏破できたじゃない。大丈夫できるわよ」

 ルクレツィアは励ました。自分がどれだけ不慣れなことを少女に要求しているのか分かっている。だが、彼女を一人前近くの剣士にするためには心を鬼にするしかなかった。

 城を二十周。最後は脚がクタクタで歩くことになったカサンドラがゴールインしたのは昼も半ばを過ぎた当たりだった。

「ほら、できたじゃない」

「だが、歩いてしまったのだ」

「認めなさい。あんたは立派に城の外周を回れた。凄いことよ」

「そうだろうか」

「そうよ」

 するとカサンドラは腰に手を当て笑みを浮かべた。

「凄いじゃろう」

「うん、凄い」

 二人はそのまま連れ立って城の食堂へ足を運んだ。

 二人の卓の上にはたくさんの食事があった。もうカサンドラも慣れっこだ。ルクレツィアも、サーディスとの訓練で食事がいかに大事か身をもって知った。

「ここのアップルパイは美味しいのだ」

「肉とか卵も食べなさい」

「分かったのだ」

 カサンドラはさすがに元皇女だけあって上品に食べていた。ルクレツィアはその辺りは及ばないなと心で苦笑していた。

 食後、二人は馬術の訓練を始めた。ルクレツィアはカサンドラが馬術に素質があることを見抜いた。だが、突撃に参加させるには力不足だ。

 コツリと音がし、ルクレツィアは振り返った。リョウカクが黒い甲冑姿で立っていた。

「馬術に素質があっても武器が満足に操れぬのなら無意味だ」

「どうしろって言いたいわけ?」

 ルクレツィアは年上の弟弟子に尋ねた。

「一つのものを集中的に伸ばす。カサンドラ殿は剣士になりたいのだろう?」

「なのだ」

 馬から下りてカサンドラが応じた。

「ならば、剣を振るうことだ。正しい姿勢で剣を振るえば自然と足腰も鍛えられる。体力だけは走るしかないが。どうだ?」

 リョウカクがルクレツィアを見た。

「そうね、時間も限られてるし、剣一本に集中するわよ」

「分かったのだ」

 カサンドラは午前中散々な目に遭ったのにも関わらず積極的に頷いた。ルクレツィアはその負けん気と根性が気に入った。

「だが、ただ剣を振るうだけでは一方的すぎる」

 リョウカクは腰から真剣を抜いた。陽光が反射する。

「カサンドラ殿、私の刃を躱せるか勝負と行こう」

「ちょっと待って! この子があんたに勝てるわけが」

「分かっておる」

 そう言ったのはカサンドラだった。

「兄弟子殿にもお考えがあってのことだろう。挑戦させてもらうのだ」

 カサンドラはワルーンソードを抜いた。

 ルクレツィアが緊張を覚える中、二人は向き合った。

「下!」

 声と共にリョウカクの剣が上がる。カサンドラは辛うじて受け止めた。軽く鉄の音が鳴った。

「どんどん行くぞ。上、右、左、左」

 リョウカクは声を上げた方角から刃を振り下ろす。カサンドラはどれにも追いついて受け止めた。

 ルクレツィアにも分かった。リョウカクもさすがに手加減している。鉄の音を聴かなくても一目瞭然だ。リョウカクの打ち込みは続き、カサンドラは必死に防御した。

 リョウカクが剣を鞘に戻した。

「こういう練習方もある。参考にしておけ」

 彼はルクレツィアにそう言うと背を向けて歩み出した。

「リョウカク!」

 ルクレツィアは思わずその背に向かって声を掛けた。

「ありがとう!」

 一度足が止まったリョウカクだが、再び城へと歩んで行った。

「楽しかったのだ」

 満面の笑みで汗を流しながらカサンドラが言った。

「そうね、こういうのも有りだわ。次、素振り行くわよ。五十本」

「やるのだ!」

 二人は揃って声を上げて剣を振った。

 途中、顔を見合わせた。カサンドラが苦痛に呻きながらも笑みを見せる。

 あんたを必ず皇帝に通用する剣士にして見せるわ。

 ルクレツィアは彼女の頑張りといじらしさに励まされ、そう決意したのであった。

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