聖氷騎士団
城壁の兵が減った。
「今だ、一気呵成に攻め立てよ!」
クラウザーの声が轟く。ボルスガルドの兵らが長梯子を持ち、砦へ殺到する。元々小さな砦だ、篭っている人数も大していなかったのであろう。
「よし! 騎士団、我らも行くぞ!」
ローランドはそう言い、目の前がグラついた。
「団長?」
「ああ、くそっ。副団長、俺の名代として騎士達を指揮してくれ」
ローランドは限界を感じそう言った。立っていてこその戦場だが、ローランドは前のめりに倒れる前に座り込んだ。
「分かりました」
ウイはそう言うと声を上げた。
「聖氷騎士団! 突撃開始! 私に続け!」
ウイが駆ける。驚いたことに今まで傍観を決め込んでいたジェイソン・ゴンザレスらが声を上げ、ウイと共に砦へ駆けた。
ジェイソン、俺のことを認めてくれたのかな。
ローランドは荒い呼吸を繰り返した。そのまま地べたに仰向けに倒れた。大地が揺れるのを感じる。馬蹄が幾重にも木霊する。
そこで彼の意識は途絶えた。
2
やけに騒がしかった。ローランドは目を覚まし自分が寝入っていたことに気付いた。
戦の真っ只中に眠るとは剛毅と言うか間抜けと言うか、そんな自分に苦笑いした。
「起きられましたか」
隣を見るとウイが座っていた。
身体には毛布が掛けられ、その上にペケサンが乗って丸くなっていた。
「勝ったのか?」
「そうです」
その言葉と共にウイは微笑んだ。
「このペケサンは団長から離れませんでした。よほど、信頼されているんですね」
「ああ、ずっと一緒だったからな」
「名前はあるんですか?」
「無い。何かあるか?」
「ペケでどうでしょうか?」
「ペケか。良いな。それにしよう」
一眠りしたせいか、身体は嘘のように快適だった。
「そうだ、ジェイソンに礼を述べねば」
ローランドが立ち上がると毛布がズレ落ち、ペケが跳び下りた。
至る所で篝火が焚かれている。砦も明るかった。
「負傷者は?」
隣を着いてくるウイに尋ねた。
「ボルスガルドの方に数人出たようです」
「大事に至らなくて良かった。この軍勢だけでボルスガルドを取り戻すのだからな」
「そうですね」
ローランドは離れた場所に立てられている天幕の群れへと向かい、そこの篝火を目指した。
騎士達が酒を飲んでいた。ローランドは身も凍る思いになった。
「クラウザー殿は、酒を飲むことを許されたか?」
「何も伺っておりません」
まぁ、勝ったわけだし、大目に見るか。
「ジェイソン!」
ローランドは声を上げた。途端に騎士らは談笑を止め、冷えきった眼差しを向けて来た。
ローランドは違和感を覚えた。ジェイソンは俺を認めてくれたからあの時ウイに従ってくれたのではなかったのか。
「何か、団長殿?」
ジェイソンは酒を置き、不快気に尋ねた。
「いや、今日の戦、副団長に従ってよくやってくれた」
「あなたはただ寝ていただけだからな」
ジェイソンが言うと、騎士らは各々頷いた。その眼差しが痛かった。
「俺を認めてくれて動いてくれたわけではなさそうだな」
ローランドは希望が失せるのを感じながら応じた。
「ウイ殿は騎士の家系。聖雪騎士団長ミティスティ殿が女性であるように、我々も、騎士の上司の命令には従いましょう」
「俺を騎士だとまだ認めていないのか?」
「認めておりますよ、傭兵上がりの騎士団長殿」
皮肉たっぷりに言われ、他の騎士達が嘲笑い哄笑した。
「副団長の前では失礼な発言になるが、貴様らのような者のことを女の腐った奴というのだ」
「そうですか。よく眠られて今宵は一睡もできないでしょうな。団長殿」
「ジェイソン殿、皆々、あまりにも陰湿ですよ! ローランド様は、王の信任厚き家臣にして聖氷騎士団長! その事実に揺るぎはありません。それにあなた方が手を抜いている間に一人戦いました。あなた方の中に、矢玉が飛ぶ戦場を掻い潜り長梯子を掛けて砦に潜入しようとした人は居りますか? 居らぬでしょう? 傭兵として実戦経験豊富なローランド殿だからできたことです! 今後、我らが団長の命令に従わぬ者はガルス城へお帰り願います! 斬られぬだけありがたいでしょう? それはあなたがたが騎士だからという理由で免れたのです!」
ウイが熱を込めて訴え宣言したが、ジェイソンらは鼻を鳴らして一笑するだけだった。ローランドはウイの肩に手を置いた。
「副団長、ありがとう。ジェイソン、他の者も、騎士団は一つにならねばならない。このままではボルスガルドの足手纏いだ」
「田舎兵こそ足手纏いでしょう」
ローランドは思わず剣を抜いた。
「命懸けで戦っている彼らを侮辱する者は例え、私に従わぬ部下でも許さん」
目を見開き、怒りで身体が血走るのを感じた。貴族とは、騎士とはこのようなものだったのだろうか。家柄だけを重視し、他を嘲笑い馬鹿にする。そんなものに俺は憧れを抱いていたのか。そんなものになりたかったのか!?
「分かったか!?」
ローランドは声を荒げると、ジェイソン、以下、焚火に集まる仏頂面の騎士達の顔を順繰りに睨み付け、背を向けた。
「団長」
ウイが追いついてくる。
「俺は本当にみっともないところしか見せていないよな。自分でもこんなに気が短い奴だとは思わなかった」
ローランドは嘆息した。
「ジェイソン殿を本国へ送り返しましょう。王に事の顛末を知らせるのです」
「それはできない。今は王に迷惑を掛ける時ではない。それに王は俺にできるから、君やジェイソンらを率いるように言ったのだ。どうにかして振り向かせて見せる」
ウイは何も言わなかった。
ローランドは戦士の星々を眺め、その神々しい輝きが思わせる遥かなる武名を思い、溜息を一つ吐いたのであった。




