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傭兵譚  作者: Lance
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傭兵の剣

 昨晩の雨は小雨になっていた。多くのボルスガルド兵らと共にローランドも寒さで身体を震わせていた。

「伝令」

 ボルスガルドの兵が馳せて来る。髪の先から滴って来る雨粒が目に入り鬱陶しい。

「我が軍は予定通り、ボルスガルド奪還のために進軍します」

「その旨了解したとクラウザー殿に」

「はっ!」

 伝令は去って行った。

「団長、おはようございます」

 ウイが現れた。

「ああ、おはよう」

 ローランドには不意に彼女が二つに見えた気がした。

「どうかなさいました?」

「いや。予定通り出立するそうだ。ジェイソンらにも伝えなければ」

「私が参りましょう」

「いや、良い。俺が行く」

 ローランドは歩み始めた。

 ジェイソン・ゴンザレスらは天幕を畳み終え、バラバラになって待っていた。

「ジェイソン、予定通り、ボルスガルド解放軍と共に行軍する」

 ジェイソンは無視した。

「言ったからな。貴君らの力を当てにしている」

 ローランドはそう言うと、歩み始めた。頭がクラクラする。お上品な暮らしが続いてこの程度で体調を壊す程に弱ってしまったか。戦人にとって体調管理は重要なことだ。だが、ボルスガルドの臣下が雨に濡れているのに自分だけ天幕には入れなかった。

「団長」

「何だ、副団長?」

「ジェイソン殿らに遠慮する必要はありませんよ」

「そう見えたか?」

「はい。団長はジェイソン殿を特別扱いしているように見えました。命令を出す時は全体に伝えるようにしてください」

 ウイに言われ、ローランドもその通りだと痛感した。何を遠慮する必要がある。剣ではジェイソン如きに遅れは取らぬ。俺は百戦錬磨の傭兵だ。戦場こそ我が寝床、そして騎士団長なのだ。たかが剛毅な一騎士の顔色を窺う必要などない。

「馬をお持ちました」

 ローランドを慕ってくれる若い騎士達が集結した。

「悪いな」

 ボルスガルド兵らが歩み始める。指揮官以下は徒歩の兵だった。こちらは馬だ。ボルスガルドの者達に申し訳ない気持ちになった。

 ローランドは振り返った。

「聖氷騎士団、出発するぞ!」

 ウイ以下、慕う者達が声を上げる。

「全軍出立!」

 ジェイソン・ゴンザレスが声を上げると、四百近くいる古参の騎士達が声を揃えて応じた。

 こちらを向いたジェイソン・ゴンザレスは、自分の人望を見たかというようにニヤリと笑った。

 ローランドは構わず馬を進めた。



 2



 簡素な砦が出迎えた。

 矢玉が飛んでくる。クラウザーの命令でボルスガルド兵は足で駆けて、砦に張り付いた。弓矢を飛ばし、梯子を立てて侵入を試みようとする。

 ローランドは騎兵では的になる上に、馬が邪魔になることを思い、下馬を命じた。

 だが、ジェイソン・ゴンザレスら多くの騎士が従わない。

「ジェイソン! 貴様ら、戦わぬつもりか!?」

 ローランドは思わず大喝した。こんなことをしている暇は無いのに、ボルスガルドが命を懸けているというのに、彼らには戦いに参加する意思が見えない。ジェイソン・ゴンザレスは冷静な声で言った。

「このような小さな砦、ボルスガルドの八百で充分。攻城戦に不慣れな騎士達では無駄に命を落とすだけだ。おっと、団長殿は元が傭兵でしたな」

「もう良い……」

 頭がクラクラし、ジェイソン・ゴンザレスどころでは無かった。

「団長!」

 ウイが責めるように声を出す。

「俺に着いてくる者だけで良い、力を貸してくれ!」

 ローランドは駆けた。前方では矢の撃ち合い、ラムが門扉を叩く音らと共に薄らぼんやり声が聴こえる。

 ボルスガルドの兵に並んで肩から下げていた長弓に矢を番えて放つ。

 二重に見える城兵の影に向かって矢を撃つ。外れた。ローランドは舌打ちした。そして近くに転がっていた長梯子を手に取った。

「団長!?」

 ウイらが驚きの声を上げる。

「君らはここにいなさい。傭兵の意地を見せてやる」

 ローランドは矢が飛び交う戦場を疾駆した。

 矢を運よく避け、長梯子を壁に取り付けると、さっそく守備兵が梯子を押した。

「野郎!」

 ローランドは怒号し、弓矢を構えて敵を仕留めた。

 ローランドは焦っているのを悟った。自暴自棄になっているのも痛感していた。だが、傭兵出身者の代表として騎士どもの鼻をあかしたかった。ものは二重に見え、頭は痛くて、気持ちが悪い。最悪の状態だ。だが、やらねばならぬだ。

「ローランド」

 不意に声を掛けられ、彼は隣を見た。

 薄緑色のワンピースの女性がいた。

「君は、また来てくれたのか」

「あなたは下がるべきです」

「君もそんなこというのか」

 髪で目が隠れていて女性の素顔ははっきりとしない。

「サリーとアドニスを忘れないでローランド。あなたの傭兵の剣は来たるべくときに発揮されるでしょう」

 サリー、アドニス。ローランドは冷静さを取り戻した。途端に死ぬのが怖くなった。サリーやアドニスを置いては逝けない。

「分かった、下がろう」

 そう言った時には女性の姿は消えていた。ペケサンが外に飛び出していたらしく、ローランドの脚を上って腰の皮袋に飛び込んだ。

 ローランドは戻った。

「団長!」

 ウイらが安心したように声を上げた。

「ボルスガルド兵らの援護をする。弓の準備は出来ているな?」

 ローランドが言うと二十名にも満たぬ騎士達は声を揃えて応じた。

 ローランドは彼らを率いて戦場の一角で、城壁で矢を射る守備兵に向かって射返す。梯子を上り侵入しようとする味方を援護した。

 ボルスガルド攻略の第一歩だ。成功させなければ陛下の面目を潰すことになる。体調不良なりに二重に見える影を射るコツを掴んだローランドの弓は他の誰よりも正確に敵兵を射貫いたのだった。

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