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傭兵譚  作者: Lance
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軋轢

 翌朝、ボルスガルド解放軍と共に聖氷騎士団は南西に原野を進んだ。

 騎士らはついては来るが、ローランドの命令には渋々従った。例えそれが休憩の合図でもだ。ローランドに好意的な騎士はウイを入れて十名ほど、いずれも年若い騎士だった。他は古参のジェイソン・ゴンザレスという騎士に従っている。行軍の最中も、「ジェイソン殿こそ、次の騎士団長には相応しい」などと言葉が漏れ聴こえ、隣のウイが注意しようとしたところをローランドは止めた。

 不満気なウイにローランドは言った。

「俺が俺で見返す必要がある」

「無理なさらないでくださいね」

 ウイは静かに鬼気迫るローランドの言葉を聴きそう慰めてくれた。

 ボルスガルドの八百が歩みを開始する。

「我らも行くぞ!」

 ローランドが声が上げるが、返事は無かった。

 代わりにローランドと十数騎との溝が開き、まるで自分こそが団長だという様に壮年の厳めしい面構えの男が先頭に立ち、残りを率いていた。彼こそがジェイソン・ゴンザレスであった。

 ウイが声を上げようとするが、ローランドが抑えた。

 行軍は続き、野営となった。

 雨が降り始める。ボルスガルド解放軍は天幕を持っていなかった。なのでずぶ濡れだ。騎士達はそそくさと天幕を準備し各々中へ入ってしまった。

 ローランドは自分の分の天幕をクラウザーに譲りに行った。

「いいえ、お気遣いは嬉しいですが、私も同志達と共に雨を浴びます」

 雨は強くなる一方だ。解放軍は泥濘の中に座り込み雨を受けていた。

「総大将はクラウザー殿、あなたです。もしも体調に異変をきたしでもしたら」

 ローランドの強い申し出を受けて、太っちょの鉄球を首に巻いた臣下が言った。

「若、せっかくのお申し出。お受け下さい」

「そうですぞ、我らのことなら心配無用」

 強面の臣下が続けて説得しようとする。

 不意にテトラが馬を飛ばして現れた。

 ローランドはその若き偉丈夫にかつて殺されそうになったことを思い出す。軽く緊張を覚えた。

「伝令、敵が迫ってます!」

「この雨の中を!?」

「斥候かと思われます! 敵は騎兵が百騎ほどです! こちらに気付いた様子はありません!」

 テトラはそう言いローランドと一瞬だけ目を交わした。

 そうだ、今は味方だ。

「斥候だな。それとも功を焦った者か。いずれにせよ、ボルスガルドの兵よ、出番だ! 弓矢を用意せよ! 五段構えで迎え撃つ!」

 クラウザーが大音声で指示を飛ばす。彼の叫びにボルスガルド兵達は傍らにあった長弓を取った。泥水を跳ね素早く動き、五段の陣形になる。

 ローランドはその姿を見ると、後方へ必死で駆け、そして更に必死で呼び掛けた。

「敵襲だ!」

 天幕に入っていなかったローランドを慕う十数騎が慌てて集ったが、残りは出て来ない。

「起こして参ります!」

 一人が声を上げる。だが、ローランドは焦っていた。

「良い、我らで迎え撃つ」

 ローランドは以前の激闘で指揮官を務めたが、その時はブリック王がいた。指揮官、馴染みの無い地位だ。孤高の傭兵にまるで縁の無い……。

「団長!」

 ウイの声で目が覚めた。

 雨が馬蹄を掻き消し、地面だけが揺れている。騎士達にもこれで異変だと伝わればよいが。

「行くぞ、ついて来い!」

 矢嵐を浴びせるボルスガルド兵の隣にローランドは彼を慕う騎士達と共に待機した。

「何だ、これだけか? 残りは?」

 ボルスガルドの若い士官が驚いた顔で尋ねる。ローランドは苦虫を噛み潰した顔で言った。

「我らは二十騎で百騎の働きをする!」

「そんな風には見えんぞ!」

 若い士官が言ったが、クラウザーが突撃を下知した。

 この雨で視界が悪く近付き過ぎたのだろう。弓矢を散々に浴びた斥候隊は死体を残して馬首を巡らせた。

「追え! 逃がすな!」

 テトラの大音声が木霊する。この天候と相まってまるで雷帝のようだ。

「行くぞ!」

 ローランドは声を上げ、馬腹を蹴った。

 前方をテトラが行き、散々に敵の背を貫いている。追いつかなければ騎士団は無用の長物だと呆れられてしまう。

 だが、馬脚が違う。テトラはどんどん中へ斬り込んでゆく。

 背後から一本の矢が放たれ、敵の首の後ろに突き立った。

 一瞥する。ウイが弓矢を構えていた。

「急ぐぞ!」

 ローランドは苛立って馬に鞭を入れた。

 敵の屍、残された馬を避け、懸命に駆けるが、前方に敵の姿はない。程なくして一騎戻って来るテトラと出会った。錦の見事な羽織が似合っている。

「敵は殲滅した」

 雫滴る顔でそう言った。別段責める様子は見られない。

「すまん」

 ローランドは謝罪した。

「良い。客将としての役目を果たしたまでだ。援軍かたじけない」

 皮肉を言われたわけでも無い、テトラが去ると、ローランドは怒りのあまり兜を脱いで地面に叩きつけた。

「くそっ」

「団長、馬を集めて戻りましょう」

 ウイが言った。ローランドは彼女に八つ当たりした。

「誰の命令があって矢を撃った!?」

 ウイに詰め寄ると、彼女は慌てて馬を下り、片膝をついて泥の上に平伏した。

「申し訳ありません!」

 その声にローランドは自分がとても恥ずべき存在に思えて来た。ウイのせいじゃない。

「悪かった。頭を上げて馬に乗ってくれ、副団長。皆、馬を搔き集めながら帰還するぞ」

 そうして戻ると、騎士らが待ち構えていた。

「団長殿、我らに声を掛けず、手柄を独り占めしようとしたようですな」

 ジェイソン・ゴンザレスが皮肉たっぷりに言った。

「お前達を起こしている暇がなかった」

「ほう、そうですか。それで馬を集める程度の手柄を上げるとはさすがは傭兵上がりの団長殿、お似合いの収穫ですな」

「よくもそんなことが言えますね! せめてボルスガルド勢の高官にぐらい天幕を分け与えるべきところを、あなた方はそんなこともしないで!」

 ウイが声を上げる。

「これは気が付きませんで申し訳ない。ボルスガルドの田舎兵は雨に強いのかと皆、思い込んでおりました」

 ジェイソン・ゴンザレスが言うと、彼を慕う四百以上の騎士達が哄笑した。

「何て陰湿なの!」

 ウイが馬から下りジェイソン・ゴンザレスに掴みかかろうとするのをローランドは一喝した。

「止せ! ジェイソン、お前達に知らせる暇が無かったのだ。それにボルスガルドの兵は勇敢に敵と戦い殲滅した。思い出して欲しい。手伝い戦だとしても、手を抜く者は俺が斬ると言ったことを」

「我々が怠慢を働いたと? よろしい私をお斬り下され。さぁ、ほら」

 ジェイソン・ゴンザレスの背後で騎士達が剣を抜いた。

「何て、無礼な、団長に刃を向ける気ですか!?」

 豪雨の中ウイが叫ぶ。

「必要があればそうしますよ! 我々はあなたを団長とは認めていない!」

 ジェイソン・ゴンザレスがそう言い返し、手を下げると、背後の騎士達は渋々といった様子で剣を鞘に収めた。そうして背を向け、天幕へと帰って行った。

「あの無礼な物言い、斬るべきでした!」

 ウイがローランドに言った。

「力で捻じ伏せても心はついて来ない。ウイ、君は女性だ。良いから天幕を張って中で休みなさい。私は団長として未熟だな」

 サーディス。

 ローランドは空を見上げ、思わず泣き言を漏らしそうな心境になっていたのに気付いた。

「全員、よくやった!」

 ローランドは雨にまみれた悔し涙を振り払い、彼を慕う騎士達に向かってそう言った。

 ウイが心配そうに見ているが、かける言葉はない。

 それよりもこのままだとボルスガルドのお荷物だ。何処かで挽回しないといけない。正直テトラが真っ直ぐな男で助かった。

 彼の心は平常心を保とうとするが逸るばかりであった。

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