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傭兵譚  作者: Lance
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ルクレツィアの妹分

 成人はしているが、まだまだ少女。だからルクレツィアも他の者達も彼女を少女だと思っている。

 少女、カサンドラはヘトヘトに疲れ果ててルクレツィアの膝の上で寝息を立てていた。今は、赤鬼の陣地へ目指すための帰路の途中だった。ロッシ中隊長が指揮を取っている。カティアもカイもいる。ルクレツィアは戻ったらこの少女のことを根掘り葉掘り訊かれるのだろうと思うと今からうんざりしていた。

「どうだ? その子は?」

 松明灯りを手にフレデリカが現れる。

「ううむ、眩しいのだ……」

 カサンドラはルクレツィアの膝の上で身動ぎする。フレデリカは松明を離した。

「とりあえず、あれだけ最初は歩くのを嫌がってたけど、結局は踏破出来たわ」

「お前と同じだな。根性がある」

「うん」

 ルクレツィアは不意に師にそう言われ、かつてサーディスにも同じことを言われたことも思い出し、嬉しくなった。ルクレツィアの根性とは偉大な二人の師からのお墨付きなのだ。

「フレデリカ」

「何だ?」

「この子を鍛える必要があって、私一人じゃ難しいときは手伝って」

「任せなさい。歩哨には私が立つ。お前も眠れ。妹分の面倒を見るのも姉弟子の務めだぞ」

 その言葉を聴きルクレツィアは目を見開いた。

「その子はサーディス流を学ぶのだ。そういうことなのだろう?」

「うん」

「いつでも頼りなさい。カイも免許皆伝だ。彼にも頼ると良い。リョウカクにも」

「ありがとう」

 ルクレツィアが言うとフレデリカは去って行った。

「母上……仇は必ず取るのだ……」

 少女の寝言がルクレツィアの闘志に火を着けた。

 絶対に強い戦士にしてみせるからね。

 そうして夜は深けていった。



 2



「分かったのだ!」

 隣を歩いているカサンドラが声を上げた。

「何がよ?」

 ルクレツィアは訳が分からず尋ね返す。

「お主の息が臭い理由だ!」

 大声で言われ、兵士らが訝し気に一瞥した。

「もう少し声を落として」

 ルクレツィアは少々、恥ずかしく思いつつ言ったが少女はビシリと指を差した。

「その手に持っているものだ!」

 その指が示しているものは油で揚げた乾燥ニンニクの詰まった袋であった。ルクレツィアは兵糧で支給されるこれが好きであった。赤鬼に料理人は居ない。だったら好物の一つぐらいくすねても良いだろう。大陸を平和にすることは勿論だけど、好物は別の話だ。

「これがどうしたのよ?」

「どうしたのよ? では、ないのだ! 臭いであろう!」

「そうかしら?」

 ルクレツィアは本心からそう言った。

「そんな臭う物を袋詰めで、お主は吸血鬼でも退治しにゆくつもりか!」

 一部の兵士が笑ったがルクレツィアは一睨みで黙らせた。

「お主、屁も臭いであろう?」

 カサンドラはうんざりするように尋ねた。

「おならは臭いものよ。あんたのだってそうでしょう?」

「私のは臭くないのだ! フローラルなのだ!」

「ふろーらる?」

「ああ、もう、とにかくそれを食べるのを制限するのだ。母上が言っていた、どんなに美味しいものも食べ過ぎは良くないと」

 この子の母の話題を出されるとルクレツィアも辛い。それに自分も病で母を亡くしている。不意に思った。ああ、自分は同じく天涯孤独となったこの子に寄り添って温めてあげたいんだなと。私にはフレデリカがいた。カイにカティアに中隊長のおじさん、赤鬼の仲間達もいる。

「分かった。これは少しだけにする」

「そうすると良いのだ」

「あんた、カサンドラ」

「何だ?」

「あんたにはあたしがいるからね」

 ルクレツィアが言うとカサンドラは頷いた。

「うむ!」

 しおらしくなるかと思ったが、威勢の良い返事にルクレツィアは多少面喰って言葉を続けた。

「あんたはこれからサーディス流を学ぶのよ」

「何なんのだそれは?」

「サーディスっていう凄い戦士から学んだ流派よ」

「サーディス流」

「そう。私はあんたの姉弟子。あんたは妹弟子よ。少しは敬意を払いなさいよ」

「分かったのだ、臭い息」

「ルクレツィア!」

 ルクレツィアは思わず、自分の名を名乗った。

「それは何なのだ?」

「私の名前よ」

「おお、初めて知ったのだ」

 言われてみれば、今まで名乗らなかったような気がしないでもない。とりあえず、「臭い息」呼ばわりは嫌だ。

「ルクレツィア」

「何?」

「私はカサンドラなのだ。あんたでは無いのだ」

「分かったわよ、カサンドラ。よろしくね」

「よろしくなのだ」

 布に巻かれた母親の首を抱き締めて少女は微笑んでいた。ルクレツィアは彼女には幸せになってほしいと思った。だが、どうなることが彼女の幸せなのだろうか。憎き皇帝である父を討つことだろうか。それも一つかもしれない。だが、現実はそれが意味するのはプリシス帝国が滅ぶということを意味する。それが彼女にとって幸せなのだろうか。

 駄目だ、分からない。だが、一つ分かっているのは、大陸に平和を齎すのはロイトガル王国で無ければならないことだ。

 声が上がった。

「見えたぞ! 赤鬼の野営地だ!」

 ルクレツィアは最初に思った時ほど、カサンドラを皆に紹介することを面倒に思わなくなった自分に気付いた。むしろ、早く紹介したかった。サーディス流の新しい門下生の姿を。

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