ルクレツィアとカサンドラ
先立って伝令が届いた。
指揮官のロッシ中隊長が声を上げた。
「ボルスガルド解放軍が八百人近く来るぞ! みんな、励め!」
敵軍の一般の兵士はここで火葬とすることになった。遺体の腰にぶら下がっている銀のタグを回収し、穴を掘り、そこに骸を投げ入れ火をかける。言葉で言えば簡単だが、原野の土は固く、スコップの数も足りなかった。そのことをずっと前にガルス城に報せに送った。スコップはまだだが、ボルスガルド解放軍が来るということは、味方勢の遺骸をまとめる役目により多くの人を回せるというということだ。
「おーい、ご要望によりスコップ持って来たぞー! 荷馬車はまだ徴発できていないがね」
ガルス城からの使者が先に着いた。荷馬車五台に山盛りのスコップを積んでいた。
「うおっしゃー! 掘るぞ、みんな!」
カイが声を上げると赤鬼の一同と騎士の遺体の返却任務から外された兵士らは声を上げた。
フレデリカ達は今頃どうなっているだろか。そろそろ日も傾いてくる。カティアは彼女らの顔を早く見て今一度抱き締めてあげたかった。
2
縁を切られたカサンドラは茫然と地を見詰めていた。
哀れむ目が向けられる中、フレデリカはカサンドラの母の首を布で包み、彼女に手渡した。
「私のせいなのだ。母上」
カサンドラはそう言い泣いた。
「涙を流す気持ちは分かる。悲しいし悔しいだろう。だが、お前の母上は戻っては来ない。この首はお前が責任を持って埋葬するんだ」
フレデリカはどちらかといえば突き放すように諭した。元皇女。これからはブリック王の答え次第では平民になる可能性もある。それだけならまだ良い。弱った軍勢の士気を上げるために陣頭で磔にでもされる可能性もある。こんなまだ少女にそんな惨い仕打ちはさせたくない。人生たったの十六年ぐらいしか生きていない。愛する人を見つけ、子を育む幸せだって待っている。
カサンドラは泣くばかりで首を受け取らなかった。
「現実を受け入れなさい」
そう新たな言葉が諭す。
ルクレツィアだった。
「あんたがただ敵に向かって行っただけで親子の縁を切るとか、女はお淑やかであるべきだとか、ふざけてるのはあんたのクソ親父の方よ。あたしは女だけどガサツ者だよ。それでもみんな受け入れてくれてる。しっかりなさい、あたしがついててやるから」
ルクレツィアが言うとカサンドラは涙で濡れた顔を上げてルクレツィアに腹に顔を埋めた。
「臭い息、私は父上が憎いのじゃ。大して遊んでくれたことも無い。それに母上を殺した。憎いやつなのだ。強くなりたい。強くなってあの外道の首を取って仇討ちとしたいのだ!」
カサンドラの言葉にルクレツィアは困ったようにフレデリカを振り返った。
「お前が名乗り出たのだ。お前が責任を持って面倒を見なさい。大丈夫、私達も協力するから」
フレデリカはルクレツィアとカサンドラの相性の良さに賭けた。ルクレツィアも強くなった。カイや自分には及ばないが、立派な一人の戦士として認められるほどだ。フレデリカは気付いた。いつの間にか、ルクレツィアが隣にいないことに不安を覚えていた。戦場とは一人で挑むものだ。ルクレツィアの世話を焼いて安心感に浸っていたのかもしれない。愛する弟子を少しだけ手放す時が来たのかもしれない。
「礼を言うのだ」
カサンドラは涙を拭ってフレデリカを見ると両手を差し出した。
フレデリカは頷いて母の首を差し出した。
「母上、私は強くなるのだ。必ず仇を討つのだ。臭い息よ、私の師になって欲しいのだ。私は馬は操れるが武器は駄目だ」
「戦いも近いし厳しくいくわよ」
「望むところなのだ」
「それとあたしのこと臭い息って呼ぶの止めて貰える?」
「何故だ?」
「嫌だからよ」
「だが、本当に臭いのだ」
その言葉に周囲で見守っていた兵らが笑い声を上げた。
「うるさい! まったく、まずは足腰を鍛えるわよ。陣地まで馬に乗らずに歩いて行くこと、できないなんては言わせないわ」
「やってみるのだ」
「やるのよ」
二人は仲良く歩み出した。ルクレツィアが自信なさげな顔でこちらを振り返った。
「お前は良い師になれる。自分を信じなさい」
フレデリカが言うとルクレツィアは頷き、前を向いた。
「疲れたのだ」
「もう!?」
素っ頓狂なルクレツィアの声に兵らが笑う。赤鬼もギルバートも笑った。
「大丈夫だ。フレデリカ、あの皇女なら一人前の戦士になれる」
赤鬼が言った。
「どうにか客分扱いにはして見せる。ワシの全力でな。安心すると良い」
「ありがとうございます」
フレデリカはギルバートに一礼した。
「臭い息、もう駄目だ、馬に乗りたいのだ」
「何がどう駄目なの?」
フレデリカの前方でルクレツィアが問う。
3
「足が痛いのだ」
元皇女カサンドラが涙目で訴える。ルクレツィアは溜息を吐いた。
「それはあんたが普段から使ってない証よ。せっかくだから使ってあげなさい。これからはバシバシ使って行くんだからね」
「うええ、なのだ」
「言ったでしょう? 戦まで時間が無いのよ。人の首を落とせるぐらいになって貰わなきゃ困るわ」
そう言い、ルクレツィアはしまったと口元を押さえた。
するとカサンドラは初めて笑んだ。
「母上はもう戻ってこないぐらい分かっているのだ。気にすることなど無いのだ」
ルクレツィアはそのいじらしい態度に思わず胸が篤くなりカサンドラを抱き締めた。
「必ず、仇を討つわよ」
「分かっているのだ。私は馬には乗らない。歩く! 行くぞ、臭い息!」
カサンドラはそう言い、母の首を抱えながら歩き始めた。
必ず立派な戦士にしてみせる。待ってなさい、皇帝、あんたの首をこの子が討つのをね!
ルクレツィアは小走りになって妹分に追いついたのであった。




