無双テトラ
青年戦士の勇猛な雄叫びと重い風切り音が轟く。
テトラの一薙ぎで五つの首が飛んだ。血を立ち上らせ頭を失った胴体が無造作に倒れる。
プリシスの兵は怯えていた。クマか、いや、鬼を相手にしているようなものだ。
「矢だ! 後方から弓矢で狙い撃ちしろ!」
声と共に鋭い音を上げて燕のような影が次々飛来する。
テトラは槍を四方八方に振り回し矢を弾いた。
「もう、終わりか?」
矢の嵐を凌ぎ切りテトラは眼光を怒らせ、一歩踏み出した。
プリシスの兵、百五十ほどが慌てて二歩下がる。
「腰抜けどもが! だが、貴様らは東方連合テトラの槍に掛かるのだ、光栄に思うが良い!」
テトラは敵勢に飛び込んだ。
荒々しい槍が血風と悲鳴を沸き起こす。
テトラの渾身の突きが敵を鎧ごと三人貫き、燃え滾る闘志の一撃が敵を斜めに分断する。彼の前で鎧などもはやあって無いものだった。体格の良い若者、一見そう見えるかもしれない。だが、その筋肉には内に隠された力がある。プリシスの兵はそれを体感した。己の死と殺される恐れをもって。
残り百三十ほどか。テトラは冷静な目で戦況を窺う。ボルスガルドの兵は何人集まっただろうか。五百を達成したのだろうか。
捨て鉢になった兵らが襲い来る。
テトラも突進し、腰だめに槍を突き出し、一人の胸板を貫くと、血の滴る刃で次なる敵の刃を圧し折り、袈裟切りにした。敵がいる限り、槍は止まるところを知らない。だが、テトラは槍の寿命を悟った。いつぞやの婦人がくれた強い物と違い、弱い槍を荒っぽく使って来たのだ。武器は悲鳴を上げていた。
テトラは槍を放り捨て、突き出されたプリシス兵の槍を掴み取り、奪った。
「ああ、俺の槍!」
「支給品とはいえ、プリシスは良い槍を使っているな。あのご婦人からいただいた槍には遠く及ばぬが!」
テトラはそこそこ重い槍を旋回させ、首を八つ飛ばした。血柱が上がり、敵はまた慄いた。
「弓で!」
「もう、矢がありません!」
まだ百名以上いるのにプリシス兵は追い詰められた。たった一人の勇者によって。眦に恐れを見せ、剣を落とす者もいた。
テトラは血の滴る槍を下げた。
「デイッツ殿、兵は集まったか?」
後方から無数の足音を聴きテトラは尋ねた。
「ああ。兵は六百近く集まった」
「そうか。ならば」
テトラが睨むと、プリシス兵らは恐怖で身震いしていた。
「無駄な命を取る必要もあるまい」
「とは言いたいがね、どの道、敵に回られちまうんだ。ロイトガルが勝たなければ意味がない。こいつらはひとまず捕縛する」
「それで良い」
テトラはデイッツの言葉を背に頷いた。
「投降しろ!」
テトラの轟雷のような一喝でプリシス兵は地べたにへたり込んだ。
「よし、捕縛しろ! 抵抗したら斬れ!」
デイッツが命令し、解放軍の兵士が次々姿を見せて駆け出し、戦意を喪失したプリシス兵を縛って行く。
「おめでとう、デイッツ殿」
「まだ早い。ロイトガルが勝たねば意味がない」
「そうだったな」
あの青年王は、こうして最後の戦いにも解放軍を付き合わせるのだ。先の戦の結末で辛くも勝ったが、痛手は甚大だった。それでも挑むなら、私が参戦せねばロイトガルは勝てぬだろう。運の良い国王だ。
「引っ立てよ!」
デイッツが言い、捕縛されたプリシス兵は肩を落とし連行される。ギュイが迎えに現れ、指揮を取った。
「良い槍だね」
「ああ、支給品でこれほどとはプリシスも侮れまい」
テトラはそう応じた。だが、本当はあのご婦人のくれた槍こそが最高の相棒だった。黒衣の戦士に圧し折られたが。
「この中をうろついてる時に武器庫を見つけたんだ。あんたに見せたいものがある」
「私に? 行こう」
デイッツの案内で静まり返った砦内を歩んで行く。
武器庫はあった。そこにはまるでテトラのことを待っていたかのように数多の武器達がまるで光り輝いているようだった。
剛剣、剛弓、剛槍。
「デイッツ殿、私に見せたい物とはこの武器の山のことだったのか? 確かにどれも支給品にしては見事だが……」
そこでテトラの言葉は止まった。
デイッツが指を指し示す方角、真正面の壁にまるでとっておきだとでもいう様に飾られた長柄の武器がある。槍の刃の少し下に曲がった刃が左右に付いている。月牙ともそれは呼ばれた。東方連合では愛用する者も多かったが、他では似たような武器のポールアクスという武器を持つ者ばかりだった。
「戟か!」
テトラは懐かしい気分になった。手を伸ばし、柄を握り締める。鉄製の柄は冷たかった。
外に持ち出し、三度振って薙ぐ。月牙が敵の首を飛ばし、槍先が貫く。便利な武器だ。長らく槍一筋できたが、この出会いも運命なのかもしれない。テトラは頷いた。
「お気に召したようだな。よし、後は火を放って退散しよう」
「おう!」
二人は火打石を鳴らし砦の方々を着け火して回った。入り口でタイミングよく合流したころには乾いた木造の砦は紅蓮の炎に包まれ、内部で建物が倒壊する音が幾つも聴こえた。
「あんたが居て良かったよ、テトラ殿。あんたが居なけりゃ、俺らは四悪党のままだった。若に代わって礼を言う。ありがとう」
「これも天命だデイッツ殿。戦士の星々が私とあなた方の正義を引き合わせたのだろう」
「ロイトガルは仇なんだろう? この戦が終わったらどうする?」
「……」
「ボルスガルドの永遠の客将になってくれたら心強い。考えて置いてくれ」
「ああ」
この戦が終わったら、私は――。
マディアの顔が思い浮かんだ。
私の正義は――。




