辛勝
フレデリカは唖然としていた。赤鬼傭兵団、カイとカティアが帰りを待っていたが、その他の殆どが地に伏し骸と成り果てていたからだ。
「おう、師匠」
「フレデリカ、戻ったのね」
感動の再会とはいかなかった。二人の声には元気が失せていた。剣を振るって振るって振るい続けた疲労もあるだろうが、共に戦場に臨んだ親しい同僚らの死に直面し、こちらと同じく愕然としていたのだろう。
一方目を向ける先では、生き残った歩兵大隊の者が、捕らえた敵騎士の処刑に勤しんでいた。
許しを乞う声、冷徹に振り下ろされる戦斧、次はお前の番だとばかりに目を向けられ、身震いする敵の騎士。笑う者などいない。冷徹に順番を呼ぶ声と刃が風を斬り首を穿つ音だけしか聴こえなかった。
ふと、ボロボロの血で汚れた甲冑を身に纏った騎士が現れた。
「カティアさん、無事でしたか!」
「あなた、オズワルド?」
「ええ」
騎士は兜を脱いだ。年の頃はフレデリカよりも若いぐらいだ。古傷だらけの顔だが、端麗だった。
「ああ! 今の今まであなたのこと忘れていたなんて」
カティアはそう言い、オズワルドを抱き締めた。
「仕方ありません。味方の犠牲が多すぎた」
オズワルドが言った。
二人は幾人かの注目の的になりつつもしばらく抱き合っていた。
そこにロッシ中隊長が咳払いする。
「騎士殿!」
その声にカティアとオズワルドは我に返ったように離れた。
「何か?」
オズワルドが問う。
「うちのカティア姐さんのこと、よろしく頼みます!」
ロッシ中隊長はそうはっきりと言い頭を下げた。
すると生き残りの同僚達が同じく声を揃えて、「姐さんをよろしく頼みます!」と、言い頭を深々と下げた。
「幸せにします。必ず」
オズワルドはそう言い、赤面するカティアの顔の隣に手を添え口づけした。
赤鬼傭兵団から拍手が上がる。フレデリカもめでたいことだと思い、自然と笑みが零れて拍手を送っていた。
その間にも処刑は行われていた。
オズワルドが自分の隊へ一度去ると、ルクレツィアが言った。
「テトラのこと許したの?」
単純だが複雑な問いだった。しかし、今は義手がある。
「彼に負けたのは武勇に置いて彼の方が優れていたからだ」
「私は許せない。フレデリカの腕の仇を討ちたかった。でも、今はあいつは一応味方だし、黙ってた」
「偉いぞ。それとありがとう」
フレデリカはルクレツィアの頭を撫でた。
「戦場で斬った斬られたは恨みっこなしだろうが!」
そんな必死な声が轟いた。
今、処刑されようとする騎士が吐いたのだ。
「それは傭兵の世界だけだ。お前さんは元はそうかもしれないが、今は騎士だ。俺達の大切な仲間をたくさん殺した騎士として死ね」
兵士はそう言い血まみれの台に押さえつけられた敵の騎士に向かって斧を振り下ろした。
2
殆ど無事なのは後方にいた聖氷騎士団だけだった。また著しく兵が残っている隊もあった。ボルスガルド解放軍である。寝返った兵がその大半を占めていた。その他は大破だった。赤鬼傭兵団も百数人にまで減り、クロノス傭兵団などはもっと酷く十二人だ。二つの傭兵団はもはや部隊としての戦力は臨めない。ここで契約解除になるかと思われたが、赤鬼傭兵団は現状維持。クロノス傭兵団は歩兵中隊に吸収という形になった。
ローランドはバトーダやクロノスの生き残り達のやるせない気持ちを察して胸が痛んだ。
だが、それよりもこれ以上、戦を続けられる兵力では無いと誰しもが思っていることを察し無念の思いだった。勝ったというのに、次に進めないとは、何のための犠牲か。
「遺体を野晒しにはできん。まずはガルス城へ運ぶ。そこで埋葬する。その後はプリシス本国を攻める」
王の最後の言葉に一同は驚愕した。ローランドもまさか、この兵力で挑んで勝てるとも思えず、思わず王の顔を見詰めた。
王は復讐に燃えるリョウカクの顔をしているわけでもない。ただ冷厳な瞳を一同に向けていた。
「クラウザー殿」
王はそこで解放軍の指導者を呼んだ。元騎士だというその若い男は返事をして進み出て跪いた。
「貴公の本当の力を借りる時が来たようだ。ボルスガルド再興を掲げ敵国となった元ボルスガルド領へ行き、貴公の名の下、兵を募れ。戦いたい者は誰でも構わん」
「お待ちを!」
鉄球を首に提げた太っちょの男が跪き、述べた。
「敵国で兵を募るなど、あんまりにも無謀過ぎます。プリシスの脅威に誰もが怯え兵は集まらぬばかりか、逆らう者として我らが矛を交える結果になるのは明白! 何卒、御勘弁ください!」
「そこは貴公らの智慧に頼るところ。兵を五百人集められれば、ボルスガルド全土の再興を約束しよう」
「招致仕りました」
クラウザーが応じた。
「若! 何をそんな無謀なことを!」
鉄球の男と慌てて飛んで来た強面の男が己の主に詰め寄った。
だが、クラウザーはかぶりを振った。
「急いで事に当たる。行くぞ、ロウ傭兵団」
「ロウ?」
臣下二人が顔を見合わせる中、テトラと並んでいるもう一人の男が言った。
「ほら、行くぞ、おっさん達。若がやると言ったらやるんだ。それが臣下の勤めでしょうが」
クラウザーは駆けていた。
「ロウ傭兵団、騎乗! プリシスに入るぞ! 民との約束を果たすのだ!」
新参の兵らは訳が分からない状態のようだったが言われるがままに騎乗する。
ローランドらが見ている前で、解放軍の者達は出立して行った。その最後尾にはテトラの姿もあった。今回の論功では一番だろうが、それを賞される前に去って行った。もっとも、王も論功行賞などやるつもりも無いらしい。それを見抜き、貸しとしたのであろう。
「我々は死者を運ぶ。ギルバート、赤鬼とカイとバトーダを付ける故、歩兵三百を引き連れて敵の騎士の亡骸を先に送り届けてやれ」
ローランドは瞠目した。
「陛下、わざわざ首を刎ねて処断した遺体です。敵の怒りに火を着けるだけではありませんか?」
ミティスティが申し出ると王は言った。
「だが、不義理を犯すわけにはわけにはいくまい。気高きベルファウストの心意気を我らは継いだのだ。相手がどう思うとしても作法にだけは乗っ取る」
「ははっ! お任せください!」
ギルバートが応じ、指示を出す。赤鬼とカイとバトーダが抜け出て歩兵三百と共に荷車に敵の騎士だけの遺体を乗せ始めた。もっとも首がゴロゴロ転がり幾度も積み直しをする隊も見られたが。
「我々も散って行った同胞を連れ帰らなければならぬな」
「荷車が足りませぬ。私が一足先に部下と共にガルス城へ出向いて用意させておきましょうか?」
ドムルが飛び出し、跪いた。甲冑も鎖鎧も破れ、血だらけの肌が見え、剣の無い鞘を提げ、折れて手戟のように短くなった槍を持っていた。
「任せる」
王はそう言うと自らの剣を一振りドムルに差し出した。
「恐れながら、これは受け取れませぬ。この状況では陛下御自身で身を護る必要もございましょう」
ドムルが褒賞を辞退すると王は頷いた。
ドムルが駆け出し、部下を二百ほど率いて素早く去って行った。
「我々もガルスへ戻るぞ」
王が言った時だった。ロッシ中隊長が駆け出して跪いた。
「何だ?」
怪訝そうに王が問う。
「はっ、我ら赤鬼に戦士達の遺体の警備を任せて頂きたく存じます」
その言葉にローランドは胸が熱くなった。何という素晴らしい役目だろうか。だが、俺はもう騎士なのだ。王の傍を離れるわけにはいかない。
「分かった、赤鬼に任せる」
「ありがたき幸せ!」
ロッシ中隊長が声を上げて言った。
王は頷き、馬を進めた。聖氷騎士団長としてローランドが同道するのを不思議そうに見る元同僚らの視線を感じた。
「警護を固めよ!」
共にガルス城に戻るミティスティが声を上げ、ローランドらは帰途に着いたのであった。




