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傭兵譚  作者: Lance
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首級の行方

 瓦解した歩兵隊はまだ五百ほど残っている。ローランドはブリック王と共に三十の騎士を引き連れて増援として合流した。

「王陛下! 陛下はここに!」

 ローランドは見てしまったのだ。最前列の更に前方で、立派な身なりをした人物が騎馬に跨り剣を繰り出して歩兵隊長ドムルを追い詰めているのを。あれは将であり、しかも只者では無い。

「ドムルを助ける! ローランド! ここの指揮を任せるぞ!」

 ブリック王はまばらになりながらも列を整えて応戦する歩兵隊の横を疾駆して行った。

「王、お待ちを!」

 ローランドは一人の騎士に指揮を任せ自らも王の後を追った。



 2



 狂喜し剣を繰り出す様は、か弱い女子に嫌がらせをしているようにも見えないことも無い。ドムルの槍は半ばから折れ、短くなった柄を持って尚も、敵総大将の攻撃に追いつき阻んでいた。

「そらそら、歩兵大隊長、そろそろだ。そろそろ貴様の首が飛ぶ時間だぞ」

 皇子タルサレオスは重たい剣を軽々と振るい、ドムルを弄んでいる。

 ブリック王はその間に馬を入れた。

「何だ貴様は?」

 タルサレオスが問う。

「陛下! 何をなさってます、御下がりください! この者は危険です!」

「ドムル、大義」

 ブリック王は怒っていた。自分の将兵を散々に討ち滅ぼしたこの憎き若造を。

 タルサレオスはバイザーを上げた。緑色の目が瞬かれ、そして笑った。

「ついに痺れを切らしたか、真っ直ぐ貴様の陣営に突撃しても良かったが、どうせなら完膚なきまで叩きのめしてやろうとな。寄り道をさせてもらった」

 王は斬りかかった。素早い斬撃をタルサレオスは慌てて全て受け止める。

「ロイトガルの王、我が名はタルサレオス。貴様をあの世へ送り、国と民を頂く者だ!」

 風の唸りと共に重たい剣が軽々と振るわれるが、ブリック王は受け止めた。

 そのまま競り合いに入った。

 剣越しにタルサレオスが狂喜し今にも乱舞しそうな表情をしている。

「ガアアアッ!」

 タルサレオスが咆哮を上げるが、ブリック王は表情一つ変えず受け止めている。

「何か言え! アナグマは鳴いたりしないのか!?」

「死ぬが良い」

「え?」

 ブリック王は押し返し、剣を突き出した。刃はタルサレオスの甲冑を突き破った。

「おのれ!」

 タルサレオスが反撃してくる。

 王は刃を薙いで重たい剣を弾いた。

「このぉ!」

 タルサレオスが若々しく吼えた時だった。

 王の目にローランドの姿が見え、背後から味方の騎影が駆け付けてくるのが見えた。

「陛下、御下がりください!」

 ローランドが言う。

「敵の首魁か!」

 赤鬼が喉を唸らせる。

「ブリック王、私にやらせていただきたい!」

 テトラが懇願する。

「陛下、ローランド!」

 フレデリカがルクレツィアとロッシ中隊長と共に現れる。

 タルサレオスは方々を見回し、まずはフレデリカを相手に選んで打ち込んだが、全て打ち払われた。反撃の刃が兜の側頭部を打った。首を縮めて危うくこの世の人で無くなるのを防いだ。

 タルサレオスは次は赤鬼を相手にしたが、共に十合打った当たりで手が痺れた様子を見せて離れた。

 そこにブリック王が立っていた。王は刃を薙いだ。

 タルサレオスの重甲冑に深々と真一文字の傷が刻まれた。彼は馬上で大きな体躯を揺らめかせた。

 敵は四方八方を素早く振り返り、小さく悲鳴を上げた。フレデリカ、赤鬼、ローランド、テトラ達がジリジリと迫る。

 タルサレオスが焦っている。途端に敵は馬を飛ばした。馬はルクレツィアとロッシ中隊長との間を駆け抜けた。その際放たれた凄まじい斬撃をルクレツィアもロッシ中隊長も受け止めた。

「逃げるか、部下を置いて?」

 ブリック王が背中に問うと、タルサレオスは恥じ入った様子で角笛を吹いた。

 吹きながら逃げる。

 戦場が慌ただしくなる。優位だったはずのプリシス側の重装兵らが不意の退却の音色に驚き戸惑いながらも馬に逃げようとする。だが、ロイトガル兵も傭兵団も背を見せた瞬間に意気を上げて斬りかかった。

「我らの勝利ぞ! 敵を逃がすな! 仲間達の仇だ!」

 戦場から次々そんな声が聴こえてきた。

「敵将、逃がさんぞ!」

 そう叫んだのはテトラで黄金色の駿馬は既に駆け出していた。この場にいるロイトガルの猛者達を前に敵の大将は逃亡したのであった。後はテトラが追いつくかどうかは分からない。

 だが、今優先すべきは一人の敵将では無く大勢の武名ある敵の戦士達を討つ機会を逃さぬことだった。これらを無事に逃せば、また殺戮劇は繰り返される。

 王は声を上げた。

「敵の残党を撫で斬りにせよ! せめてもの将兵らの供養とする! 降伏は認めぬ!」

 散って行った多くの戦士達の無念を晴らすため、王は鬼となった。



 3



 タルサレオスは必死に逃げていた。

 生まれてこの方、誰の圧力にも屈しなかった自分が、初めて小便をちびりそうなほど驚き、慄いている。あの鬼集団は一人では斃せない。

 誰も追ってくるな! 誰も追ってくるな! もう誰も追って来るな!

 城に戻って父に詫び、再び軍勢を頂いてこの雪辱を晴らしてやる! 覚えていろ!

 だが、タルサレオスは次第に焦り、馬脚が遅い様にも感じ、馬の尻に鞭を打った。

 今、俺は地獄の底から逃げ出そうとしている。見事に逃げ切って見せる。

「待てぇ!」

 猛き声が背後から轟き、タルサレオスは馬を走らせながら振り返った。

 太陽が白銀色の鎧を煌めかせている。追って来ているのはまるで悪魔を追討しに来た黄金馬に跨った気高き勇者のようにも思えた。

 ふと、タルサレオスは思う。俺が勇者のはずだ。俺は断じて悪魔などでは無い!

 これまで面白半分に殺してきたボルスガルドの民や兵達の姿を思い浮かべる。そこで非力な悲鳴と断末魔に部下と共に哄笑するのは紛れもなく自分であった。

 悪魔の所業だ。俺がやって来たことは悪魔の所業だったんだ。

 ブォンと、槍先が背後から繰り出され、輝いた。

 タルサレオスは悲鳴を上げて振り返った。

「敵総大将、このテトラがボルスガルドを代表し、貴様の首を取る! 勝負だ!」

「ボルスガルドだと!? ボルスガルドは俺が滅ぼしたあああっ!」

 タルサレオスは振り返り、悠然と身構える長身の煌びやかな羽織を纏った敵に突進した。

「うえええいっ!」

 タルサレオスは重き剣を幾重にも幾重にも振るった。敵はそれを幾重にも幾重にも受け止めた。腕に再び痺れが走った。

 敵の目がこちらを凝視する。圧倒されたタルサレオスは悲鳴を上げた。そしてその悲鳴と共に繰り出した重き剣はそれを凌駕する強き槍に打たれて破片となった。

「あああっ!?」

 暗然となるタルサレオスに天が遣わした勇者は容赦が無かった。

「ボルスガルドは復活する! 貴様もまた死人となり散々殺めた彼の国の人々に詫びて来るが良い!」

「ま、待て!」

 だが、怒髪天の勇者は槍を振り下ろしていた。

 この瞬間、プリシス帝国第一皇子タルサレオスという男はこの世から永遠に消えたのだった。

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