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傭兵譚  作者: Lance
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激闘2

 ローランドは前方での戦いに圧倒的な異変が起こったのを見た。

 一翼となった敵の軍勢がこちらの隊列を深々と食い破っている。どれほどの犠牲が出ただろうか。フレデリカは、ルクレツィアは、みんな、無事だろうか。いや、赤鬼傭兵団も被害を免れることはできなかっただろう。多くの同僚が散った。

「ローランド、加勢に行くぞ」

 ブリック王が隣で言った。

 ローランドはその言葉を待っていた。

「王、引きましょう」

 ローランドの騎士としての忠言だった。たかが四百弱の騎士団が戦闘に加わってどうなるだろうか。ミティスティもギルバートも、陛下を逃がすことだけを考えているはずだ。

「それはできぬ。私は王だ。私の戦だ。私が決める」

「それはせっかく大国となったロイトガル王国を危険に晒す行為です」

「騎士としての言葉か?」

 ブリック王は鋭く尋ねた。

「はい」

「では、傭兵としてのお前の言葉は?」

「恐れながら陛下、私は騎士を拝命致しました。傭兵ではありません」

「そうだったな。ローランド、この戦に全てが懸かっている。私も命を懸けた。この戦以上にロイトガルに好条件が揃うことは無いだろう」

「兵の数ですか?」

「その通りだ。我らは全力で来た。ならば、余力を惜しまず全力で挑まずどうする」

「玉砕なさるおつもりですか?」

「あるいはそうなるやもしれん」

 王は馬上で頷いた。

「再起を計る余裕さえもプリシスは与えないでしょう。我々だってそうです」

「ローランド」

 冷厳な瞳がこちらを射るように見る。ローランドは覚悟を決めた。これもまた騎士の忠言だ。ブリック王が騎士団を振り返った。

「前線へ赴く! 私に命を預けよ!」

「応ッ!」

 騎士達が答えた。程なくして馬蹄が響き渡った。



 2



「下がるな! 敵を討て! 我らに退路は無い!」

 ミティスティは団長として王の義理の姉として思い人としてそう声を上げた。そして自らも重装の敵兵に斬りつける。

 鎧は割れない。

 五百近くいた騎士団はあっという間に五十にまで減ってしまった。まさしく死神の突撃だった。生き残った騎士らは死んでいった同僚と国を思い、意地でも引くまいと、粘っている。剣戟の音だらけだった。

 だが、数ではこちらが優勢だ。問題は技量と装備の面にある。敵は厚い甲冑を纏い、重い武器を軽々と振るう、騎士、いや、猛者達だ。

 この一列を死守しなければならない。王への道が開いてしまう。

 ロイトガルの各方面からは、「堅守」の声が上がっている。隣のクロノス傭兵団もまたバトーダと数十人しかない。それでも引かない。彼らが大義ある傭兵でよかった。そうでなければ、戦場にはいなかったであろう。

 一つ希望があるとすれば突撃に混ざった騎馬隊が僅かでも無事に合流してくれることだ。しかし、敵の後方に見える馬影に聖雪騎士団を目指して帰って来る影は無い。

 刃が煌めいた。重たいハルバートがミティスティの剣を折り胴を打った。

 たまらず弾き飛ばされ、土塗れになりながらも彼女は即座に立ち上がる。脇腹に鈍痛が走る。傍には死んでいった部下の亡骸があり、陽光が死して握り締めている剣を照らし出した。

「あなたの誇り、借りるわよ」

 ミティスティは剣を取り、再び甲冑を纏った悪魔どもを退治しに戻った。



 3



 バトーダはこれほどの同志を失うことになるとは思いもしなかった。皆で、平和を噛み締めるはずだった。これまで生き抜いてきたのはまぐれだったのだろうか。思わず独りで訝しんだ。

「団長、自分を責めている暇はないですぜ」

 隣でエドガーが弓を放ちながら諭した。

 先発した騎兵隊が戻って来るのが見えるが、影に隙間があり過ぎる。多くがあの突撃に討たれたのだろう。

 バトーダは頷き、飛び出した。双剣が敵の戦斧を打ち、鎧にヒビを入れる。

 くそっ、この程度か。俺は非力だな。いや、非力だが、非力なりに生きて来た。そうして今の俺がある。

 バトーダは咆哮を上げて敵の武器を鎧を打った。鉄の破片が飛んだ。

「千年万年流れる水の如く! 穿って穿って穿ってくれよう! 行くぞ、クロノス傭兵団!」

 団長の檄に残った数えきれる同志達は声を上げて、あるいは鋼の音で応じた。

「背後から馬蹄!」

 一人の傭兵が叫んだ。

「挟撃か?」

 覚悟を決めた傭兵らに動揺は走らない。

「あれは、陛下が動いた!」

 エドガーが叫んだ。



 4



 聖銀騎士団長ギルバートは先頭に立って赤鬼に比肩する膂力を披露していた。部下は百名いるかどうか。

 彼のメイスは敵兵の厚い鎧をへこませ、破り、兜ごと脳天を打ち砕いていた。

 赤鬼は愛馬と共に突撃して行った。隣の赤鬼傭兵団を指揮するのは女性だった。味方陣営がはっきり見渡せるような減り具合だった。聴こえる声も唱和とも音ともならない、だが一人一人を証明する生きている声だ。

「誰もが勇者だ。ワシもまた勇者の一人とならん!」

 渾身の一撃が敵を殴打し、空高く撥ね飛ばした。

 不意に背後から地鳴りが響いた。

「何事か!?」

 ギルバートは敵を睨みながら声を上げた。

「我ら聖氷騎士団五十名、援軍に駆け付けました!」

 その声にギルバートの胸が高鳴った。

 まだまだ陛下は勝利を諦めてはいない。その御意志に従い、成就させるのがこの老いぼれの役目だ!

 赤鬼よ、早く帰って来い、共に窮地を楽しもうぞ!

 ギルバートは白髭の上でニヤリと笑みを浮かべた。

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