激闘1
凶刃が上げた脇をすり抜ける刹那、フレデリカの剣は馬の加速と共に勢いに乗り敵の甲冑を割って心臓を貫いた。
馬の速度を落として、味方陣営を振り返る。
歩兵隊の前衛が十段ほど蹴散らされていた。深々と歩兵隊の中に入った敵は馬から下り、歩兵達と切り結んだ。
ふと、ルクレツィアのことを思い出し、彼女は左を見た。
そして心臓が跳ね上がる。ルクレツィアの馬には誰も乗っていなかった。
刃に刺さったままもって行かれたのか。嫌な汗が滲んで来る。
「フレデリカ!」
不意に前方からルクレツィアが駆けて来た。
「無事か!?」
「うん、無事! ねぇ、聴いて、あたし敵を一人斃したよ」
フレデリカは馬から下りてルクレツィアに駆け寄り抱き締めた。
「良かった、無事だったか」
「うん、ごめん、剣が刺さったまま取られちゃったから取り戻しに行ってたんだ」
フレデリカは安堵の息を吐いた。
「さぁ、早く、合流しよう! 向こう側は大変なことになってるわ」
「そうだな、行こう」
二人は馬上の人となって馬を飛ばした。
だが、その途中、またもや身も凍らせることがあった。
ロッシ中隊長が倒れていたのだ。目を見開き仰向けで。
「中隊長のおじさん!」
ルクレツィアが悲鳴に近い声を上げて慌てて駆け寄った。
「ロッシ中隊長!」
フレデリカも後に続く。本来なら見捨てて新たな前線へ合流すべきなのだ。しかし、ルクレツィアが下りてしまったため止む無く従った。ロッシ中隊長は死んでしまった。もう二度と戻って――。
するとルクレツィアがロッシ中隊長の頬を叩いた。五度ほど叩いた時、中隊長は息を吹き返した。気絶していただけだった。そういえば、目立った外傷も無かった。
「中隊長のおじさん!」
ルクレツィアが歓喜する。
「おっと、どれぐらい気を失っていた?」
「さほど」
フレデリカが答えるとロッシ中隊長は転がっていた鈍器を拾った。
「敵の攻撃を避ける前に馬同士が衝突してな。派手に宙を舞ったよ。そこまでは覚えてる」
「中隊長、戦えるのなら急いで味方に合流しましょう。敵を見て下さい」
フレデリカが指す方を見て、ロッシ中隊長は驚愕した。
「何だ何だ、半分以上もいや、それより多く突破されたのか!?」
「そのようです。恐慌をきたす前に、合流しましょう。一人でも討ち取って士気を上げねば」
「そうだな、フレデリカ」
ロッシ中隊長は放浪していた馬を見つけて跨った。
「行こう」
三騎は駆けた。
2
カティアはプリシスの突撃の勢いに圧倒されている自分を知った。馬を探しに後方に出て行かなかったら、今頃、派手に空を舞い、命を失った数十人と同じ道を辿っていただろう。
バイザーを下ろし、烈風の如く剣を振るうが、飢えた獣のようなプリシス兵は次々、僚友達を狩っていた。
聞き覚えのある断末魔ばかりが周辺に轟き、赤鬼傭兵団はロッシ中隊長も居らず、前線を守り切れずにいた。
このまま乱戦状態に入った方が良いのかしら。でも、そうなると敵は揃って王の首を目指すはず。やはり隊列を固め、一対一で戦う方が安心できる。
「みんな! 陣列を整えて! 私達は赤鬼傭兵団よ!」
カティアが戦の絶望的な音色に負けじと声を張り上げると、赤鬼傭兵団は立ち直り、隣に並んで列を固めた。
「姐さん、このまま指揮を!」
赤鬼の誰かが言い、カティアは声を張り上げた。
「一歩も通すな! 国王陛下に近付けさせたら負けと心得なさい! これが最後の戦い! 絶対勝つわよ!」
「応ッ!」
赤鬼傭兵団が返事をした。
カティアは下がり、馬に跨った。
戦場が良く見える。
右翼も左翼も深々と食い破られている。かなりの犠牲者が出たに違いない。
カティアは馬に下がっていた長弓を取り、矢筒から一本取り出して、引き絞った。
狙いを定めて放つとプリシスの兵の顔面を貫いた。
ロッシ中隊長も赤鬼団長もカイも馬に乗っていた。先ほどの突撃に参加していたのだろう。
フレデリカ、ルクレツィアも。
「ああ、お願い、みんな、無事でいて」
重々しい武器で圧倒してくる敵兵をカティアの矢は貫き続けた。
ずっと向こうから引き返してくる馬影は遥かに少なかった。
3
クラウザー自らが前線へ躍り出た。
ボルスガルドの兵らはほぼ壊滅していた。まさに一瞬の出来事であった。これまで苦労を共にしてきた同志達が一瞬で弾き飛ばされ、全身を強く打ち宙を舞って、そして地面へ落ち動かなくなった。
テトラは今はいない。突撃に参加していたのだ。ハミルトンもいない。同僚のギュイに自分のことを託してテトラに続いたのだ。
「若! 声を! 古き同志は多数犠牲になりましたが、新参の同志達が集まってきています!」
ディッツが声を上げて剣を振るう。プリシス兵のハルバートに阻まれ、苦戦していた。
「ボルスガルド解放軍はここに健在ぞ! 同志達よ、力を合わせて難局を覆し、共に故郷に凱旋しよう!」
クラウザーが声を上げると、逃げ惑っていた兜を脱いだボルスガルド兵らが次々馳せ参じた。
「こいつらはプリシスの皇子の騎士団です。とても勝てっこない!」
新参者達は恐怖するように言った。
「何を言っている! この弱虫どもめ! 若を見ろ! 前に出よ!」
ギュイが叱咤するが、クラウザーは声を上げた。
「良い! 戦う気が起きるまでそこで見てるが良い! どの道、人は死ぬ。今はどう生き残るか、あるいはどう死ぬかだけを考えよ!」
クラウザーの渾身の薙ぎ払いが敵の騎士の二人の甲冑を粉砕した。
「イイル作の名刀が悪逆を必ず討滅する! 聴け、プリシスの騎士ども、ボルスガルドの最後の騎士はここに健在だ!」
クラウザーはそう叫び、ディッツと並んで押し寄せる鉄の塊を圧し折り、割り続けた。




