表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵譚  作者: Lance
117/161

突撃

 途方も無い翼の様に広がった軍勢の中から赤鬼傭兵団を探すのは難しかった。いちいち声を掛けるわけにもいかず、右へ進んだフレデリカとルクレツィアは、傷ついた兵を多く抱える一隊の陣営に到着した。

「あなたは?」

 そう尋ねたのは若い指揮官だった。だが、どこかロイトガル正規兵とは違う。外装は同じだが、雰囲気が違っていた。

「私は赤鬼のフレデリカ。こちらは同じくルクレツィア」

「赤鬼傭兵団について私は詳しいわけでは無いが、名と団長の姿は知っている。我らはボルスガルド解放軍。私は指導者のクラウザーだ。赤鬼は左翼三番目のはずだ」

「随分、兵が傷ついているようだが?」

「手出しは無用。これは我らには我らの戦があるその証明だ」

 頑なに拒否され、フレデリカは頷いた。ボルスガルドという国をフレデリカは知っていた。プリシスに併呑されたことも。彼らは手柄を上げ祖国を取り戻そうと言うのだろう。

「ここは良い。我らにも意地がある。行かれよ、フレデリカ殿、御自分の戦場へ」

 クラウザーはそう言い正面を振り返った。

 参陣を断られ、フレデリカは赤鬼を探すことにした。

 そうしてようやくその背を見つけたのは懐かしいロッシ中隊長の声が聴こえたからであった。

「フレデリカ!」

「フレデリカだ!」

 赤鬼の傭兵らは驚き、狂喜し、彼女を出迎えた。

「中隊長に報告しろ、フレデリカが戻ったと」

 徒歩の傭兵らがそういう中、フレデリカは馬上で目立つロッシ中隊長の姿を見つけた。

「良い、直接行く」

「ほら、退いて退いて」

 ルクレツィアが声を上げ先導する。二人は感慨深げな目を送る同僚らを掻き分けてロッシ中隊長のもとへ辿り着いた。

「中隊長」

 だが、ロッシ中隊長は必死に檄を飛ばしていた。

「おじさんってば!」

 ルクレツィアが肩を叩くとロッシ中隊長は訝し気な顔で振り返り、程なくして目を見開いた。

「フレデリカ!」

「しばらくぶりです、中隊長」

 ロッシ中隊長の目がフレデリカの鋼鉄の義手を見た。

「なかなか無骨な癖に繊細そうな義手だな」

「素振り千本をこなしても柄からずれることはありませんでした」

「それは頼もしい!」

 そこに伝令が現れた。

「前方で、異変が起きています!」

「異変だと、何だ?」

 ロッシ中隊長はそう言うと顔を前方へ向けた。フレデリカもルクレツィアも見た。

「喧嘩してる?」

 ルクレツィアが言った。

 その通りだった。プリシスの兵が其処彼処で同士討ちを始めていた。

「待遇に不満でもあったのだろうか」

 ロッシ中隊長が言うと、フレデリカは先ほど出会ったクラウザーのことを思い出した。そして一瞬で状況を察した。

「元ボルスガルド兵が反乱を起こしたのかと思われます」

「なるほど。だが、同じ鎧故、討ち難いな」

「いいえ、元ボルスガルドの兵らは兜を捨てています」

 フレデリカの目はしっかりとその様子を捉えていた。同時に赤鬼、カイが騎馬に跨った二人がフレデリカの思った通りに兜をかぶっている兵の方を始末していた。

「この勝負、貰ったな」

 ロッシ中隊長が言った。

 その言葉にフレデリカは背を押された。せっかく最後の戦いに間にあったのに、最高の義手だって手に入れたのに殆ど何もせずに終わるのか?

「私も参戦します!」

「行って来なさい」

 フレデリカが言うとロッシ中隊長が力強い声で応じた。

「あたしも行くよ!」

「いや、ルクレツィアは」

 言い淀むロッシ中隊長だが、フレデリカは言った。

「彼女は死なせません」

「しばし様子を見て増援を送る故、それまで任せたぞ、二人とも」

「はい!」

「うん!」

 二人は尚も向けられる懐かしい顔の間を抜けて前線へ躍り出た。

 赤鬼団長とカイが雷神の如く戦っている。色こそ違うが甲冑姿だと二人ともまるで見分けがつかない戦いぶりだった。声を掛けたいのは山々だが、あの二人の気を散らせるのも気が引ける。おそらくはずっと夢中で戦ってきたのだろう。我に返った瞬間、蓄積した疲労に気付いてしまうかもしれない。

 フレデリカは最前線で飛び出す僚友、自軍を見渡しながら、ある一つの部分へ馬を駆けさせた。

 カティアが徒歩の人となって次々敵を葬っている。息は乱れていた。

「フレデリカか?」

 赤鬼の仲間が声を上げるとカティアは振り返ってニコリと微笑んだ。

「お帰り、そしていらっしゃい、総仕上げには間に合ったみたいね」

「ええ、戦わせていただきます」

 フレデリカは馬を進ませた。

 だが、彼女が戦いに入ろうとした瞬間、元ボルスガルドの兵らが慌てた様子でこちらへ飛び込んで来た。

「どうしたんだ?」

 フレデリカが問うと、中年の兵は怯えた様子で言った。

「悪魔が来た。我がボルスガルドを滅亡にまで追い込んだ、残虐非道の悪魔達が!」

 カティアと顔を見合わせ、前方を見ると、黒い影が横にズラリと広がり、声が轟いた。

「俺の名はタルサレオス! プリシス帝国第一皇子なり!」

 猛々しい大音声が戦場の音を止ませた。

「巣穴から出て来たアナグマどもを、狩り尽くしに参った! 行くぞ、プリシス大騎士団!」

「全てはタルサレオス様の御意のままに!」

 唱和の後、馬蹄が木霊した。

「急ぎ騎乗せよ!」

「馬はどこだ!?」

 こちら側が慌ただしくなる。

 カティアも馬を取りに駆けて行った。

 既に馬に跨っている者達は最前線へ飛び出し並び合った。

「ルクレツィア、いよいよ突撃だ。鍛え抜いたお前の力を存分に見せ付けてやれ」

「分かってるよ」

 次々騎馬が並ぶ。

「いくぞ、プリシスを撃滅せよ、突撃!」

 遠雷の如く響く馬蹄と鬨の声の中、こちらの指揮官らが一斉に下知を飛ばした。

 カティアは間に合わなかった。

 フレデリカは馬腹を蹴った。ルクレツィアも左を駆ける。

 義手を腰のクレイモアーに伸ばし、レバーを押す。がっちり柄を握ったことを確認すると右手も掴んで剣を引き抜いた。

 切っ先を前方に向けて駆けに駆ける。

「やああああっ!」

 隣でルクレツィアの声が木霊した。

 敵の精鋭と肉薄する。ランスでは無い。手に手にそれぞれ違った得物を持っているが、両手剣に朱槍に戟、ポールアクス、ハルバートと重い武器を突き出していた。

 バイザー越しに視線が交錯した瞬間、得物同士が動いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ