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傭兵譚  作者: Lance
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獅子吼テトラ

 戦場の右翼の端でボルスガルド解放軍は戦っていた。

 精兵では無い。だが、王国再興の希望が兵らの胸には宿っている。それが底力を見せた。

 テトラはクラウザーと共に最後尾に待機し、軍勢の様子を見ていた。勇躍し、敵陣へ斬りかかろうとするテトラをボルスガルド主従が止めたのだ。

「テトラ殿は客将。そしてこれは我らボルスガルドの戦い。まずは我らにお任せあれ」

 鉄球のハミルトンが言った。

 そのハミルトンとギュイの指揮する声が聴こえる。ディッツもまたクラウザーの隣にいた。

 負傷した者が次々同僚によって運ばれてくる。だが、彼らは列の最後尾に再び並んだ。テトラは不動の覚悟と武者の心意気を彼ら一兵士らの中に見て取った。今は、余所者の私が行けば気を挫くことになるだろう。決して他軍程順調とは言えないが、使命がある分、ボルスガルドの兵らは死を恐れない。

 ボルスガルドの兵らは馬を下り、徒歩だった。敵に合わせたのだ。

「若、国を再興して下され」

 百人いた兵らの内、数人がそう遺言を残し死んで逝く様も見た。テトラは自分が動けば無駄に兵を死なせずに済むと思っていた。ボルスガルドの心意気はそれだけ彼を篤くさせ武者震いさせていた。

 馬上のテトラならよく見える光景だった。

 一人の巨漢が現れ、長く太い鈍器を薙いで、ボルスガルドの兵らを吹き飛ばした。

「我が名はただの獄卒スルト! 牢に入れ損なったボルスガルドの兵らを責任もって連れに参った!」

 大音声がビリビリと空気を震撼させた。

 ボルスガルドの兵らは果敢にも攻め入ったが、またも薙ぎ払われ、空高く弾かれて地に落ちて呻いた。

 ギュイとハミルトンが、「怯むな! 多勢で討ち取れ!」と、声を掛けるが、兵らは次々犠牲になるばかりであった。

 馬上のクラウザーが渋い顔をしている。手が太刀の柄に触れていた。

「クラウザー殿、ここは私に」

「いや、テトラ殿、まずは俺に任せて貰いましょう」

 そう言ったのはデイッツだった。テトラと同年代の、若さの残る解放軍の将はブロードソードを手に列を回り込むようにして駆けて行った。

「みんな、よくやった! 後は俺に任せて置け!」

 ディッツが獄卒スルトの前に立ちはだかり労いの声を上げた。これを機とばかりに地面に転がっていたボルスガルドの兵らは互いに肩を貸し、列へ戻って行った。

「おっさん達、若を頼むぜ」

 デイッツはそう言うと獄卒スルトに剣を向けた。



 2


 

 スルトはクマのような体躯の持ち主で、口ひげも顎髭もボサボサに伸びていた。だが、眦には殺意が漲っている。

 デイッツはこれを仕留めるのは骨が折れるなと判断した。だが、立ちはだかる壁は超えねばなるまい。今回が最後のチャンスだ。ボルスガルド全土が再興できる最後の機会なのだ。

「まずは、元ボルスガルド兵にらに告ぐ! 我らはボルスガルド解放軍! この戦で王国を再興させることができるかもしれない! その働きに決して諸君らが含まれていないわけではない! さぁ、今こそ、プリシスより帰参するのだ!」

 デイッツは大声を上げた。だが、返答は無かった。

 まだプリシスが優位ということか。だが、我らの志は伝えた。後は信じて待つのみ。

「そして貴様を討つのみ」

「このスルトをただの獄卒と侮るな。その正体はプリシスの」

 デイッツは最後まで言わせなかった。馬腹を蹴り打ち込んだ。

 片手剣と鈍器がぶつかり合う。

「お前の身の上話なんかどうでも良いんだよ。ただの獄卒の首に大した値打ちも無い。ちゃっちゃっと片付けて将を射てやる。だから、貴様は邪魔なだけなんだよ! 戦場を舐めるな!」

 デイッツの乱撃が始まった。



 3



 テトラは驚いていた。デイッツはどこか飄々としたところがあり、役目も火計を指揮したりそんな姿しか今まで見て来なかった。鉄球のハミルトンの剛力や、ギュイの実は個人で戦うのが苦手というのは知っていたが、デイッツの本気の戦いを見るのは初めてだった。

 だが、テトラは武人の中の武人、力量をはかる目は確かなものだった。

「デイッツ殿は負けるぞ」

 テトラがそう漏らすとクラウザーが目を見開いた。

「助けるにもまだ早い。貴殿の予想を凌ぐ強さを持ってはいるだろう?」

「ええ」

「ならば、今少しデイッツに華を持たせてやってくれ」

 その言葉にテトラは頷いた。

 そしてテトラの予想通り、デイッツは押され始めた。

 スルトの重い一振りが、彼のわき腹を打ち、馬から落ちた。だが、クルリと縦に回転し、デイッツは刃を向ける。鎧越しとはいえダメージが大きかったらしく、一瞬、彼の左手がわき腹を押さえたのをテトラは見逃さなかった。

「そらぁっ! 見たか、三文武将が! 逆に貴様を殺して名を上げてくれるわ!」

 スルトは馬を近付け膨れ上がった鉄の塊をぶつけてくる。

 デイッツは避け、反撃に転じた。その隙を見た一撃がスルトの馬を刺した。

 馬は驚き嘶き棹立ちになった。だが、スルトは右手で馬の側頭部を殴りつけた。そして馬が失神するなか地に跳び下りた。

「馬を狙うとは卑怯な奴」

「俺は手段を選ばないんでね。それに選んでいる暇なんかないのさ! 貴様らに殺され蹂躙された兵と民のためにもその首は意地でも!」

 スルトが鈍器を振り回した。分厚い風の音がテトラにも聴こえた。

「デイッツ! 下がれ!」

 ハミルトンとギュイが呼びかけるが、ディッツは巨漢の猛撃を避け、攻勢に転じた突きが敵の胸甲を割った。鉄の欠片が飛散し、中に着ている鎖鎧が露わになった。

「おのれ、蝿が!」

「ブンブンうるさいのはテメェの方だろ!」

 剣と鈍器がぶつかりあった瞬間、デイッツは後方に高々と弾き飛ばされた。

「デイッツ!」

 ハミルトンとギュイが叫ぶ。

 デイッツはふらつきながらも立ち上がった。闘志は失せていない。

 だが。

「クラウザー殿、御免、行かせて頂く!」

 テトラは馬腹を蹴った。

 テトラは両者の間を分断し、敵へ向き直った。

「悪いね、テトラ殿」

 背後でデイッツが言った。

「貴公はボルスガルドに必要な存在。ここは私に譲ってくれ」

「ああ、よろしくね」

 デイッツはそう言い頷いた。

「ほぉ、貴様の方が価値がありそうな身なりだな。その首貰うぞ!」

「思い上がるな悪逆! ボルスガルドの全てを背負い、テトラ参る!」

 テトラは馬を駆けさせた。

「うおおおおっ!」

 槍を頭上で旋回させ、スルトの鈍器と打ち合った。

 凄まじい衝撃音が轟いた。

 スルトとテトラは同等の力の持ち主かと思ったが、スルトの手から鈍器が滑り落ちた。

「手が、手が痺れている!?」

「身に余る武器に心を惑わされていたようだな、死ねえっ!」

 テトラは槍を振り上げる。

「ま、待て」

 だが、テトラの刃は止まらなかった。スルトは中の鎧ごと肉を断ち切られ、身体の半分が傾いた。大きな傷口の断面には噴き上げる血の中、白い骨が見えた。

 スルトは倒れた。

「さぁ、壁は突き崩した! 一気に攻め立てろ!」

 一人の豪傑を軽々と葬りテトラは声を上げた。勇気づけられた傷だらけのボルスガルドの兵らが鬨の声を上げてテトラを追い抜いて駆けて行く。

 そして新手とぶつかったのであった。

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