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傭兵譚  作者: Lance
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カティアの意地

 馬を乗り捨ててどれぐらいか、徒歩の兵となり、切り裂いても切り裂いても、血の雨を被るばかりで、敵は一向に減らない。そもそもの規模はどのぐらいなのだろう。一つ言えるのはロイトガルの動かせるのはこれが全兵力で、余りにも大軍とは言えない数だと言うことだ。

 最後の戦いを最期の戦いにするわけにはいかない。

 お腹の子のためにも。今も同じ戦場で戦っている夫のためにも。

 僚友と並んで、いや、カティアは飛び出していた。遠く離れた赤鬼やカイと共に鬼神のごとき働きを見せている。

 敵はひっ迫し、肉薄する。カティアは左右の剣を交えて鎧を割り、剣を圧し折り、割れた鎧を打ち砕く突きを見せた。サーベルは敵の心臓を貫いた。彼女は一瞥し、新手の繰り出す剣と切り結んだ。休息の余裕などない。

 赤鬼とカイは薙ぎ払い、敵をまるで掃除するようにして空高くに打ち上げていた。敵は声すら発さない。死んだか気を失ったか。彼らの域に達することはできずとも私は強い。

 ロッシ中隊長の声は戦が始まってから止むことを知らなかった。団長赤鬼が好き好んで最前線へ出るため、彼が大隊長の役目を担っている。叱咤激励鼓舞が飛び、カティアを戦に呑まれず正気に戻している。

 ふと思った。ロッシ中隊長は婚活はしないのかしら。歳ももう三十七ぐらいだろう。外見の軟弱さとは裏腹に優しくて勇気があって強くて頼りがいのある人だ。こんな素敵な男性を見逃しているとは世の女性も見る目が無い。それとも好いてる人でもいるのだろうか。良い父親になれると思う。

「ダアッ!」

 カティアの気勢をあげた一撃が敵の剣をソードブレイカーで圧し折った。ソードブレイカーで折れるのはレイピアなど、細身の剣に限る。だが、カティアは両手剣をノコギリ刃に挟んで捩じ切った。

 瞠目する敵にカティアは不敵な笑みを浮かべ、剣を払う。武器を失った敵は仲間に押され、戻ることもできず首を切られて一筋の血を噴き上げながら倒れ、もがいている。

 隣では凄い事が起きている。

 同僚のキンブルがトマホークを投げ付け、五人もの敵の顔を貫き割ったのだった。だが、そのトマホークももう手元には無い。彼は剣を取り挑んでいた。

 それにしても勝っているのか、負けているのか。いいえ、我武者羅に剣を動かすだけよ。敵も味方もそうしているじゃない。

 カティアは踏み込んで、飛び出してきた新手の脚を分断した。

「あがっ!? 脚がぁ!」

 そう叫び倒れる敵に気前良くとどめをくれてやった。

「うーむ! さすがは戦鬼だ!」

 キンブルが大声で納得した瞬間、敵側に明らかに戦慄が走った。

「戦鬼が戻って来た!」

 そう、カティアはこの戦線で散々に敵を斬り殺し、戦鬼としての異名を付けられ、恐れられていた。

「そうよ! 私が戦鬼!」

 カティアは名乗りを上げた。

 すると、敵の列を掻き分けて一人が飛び出してきた。グレートヘルムに飾りが着いている。おそらく敵将だ。

「我が名はグレネイド。後方で戦鬼の呼び声は聴いていた。お相手願おう!」

「カティア、そいつは強いぞ! 見ただけで俺には分かる!」

 キンブルが大声を発した。

「望むところよ! 見事、戦鬼を討ち取ってみることね」

 カティアは不敵に微笑み、グレネイドが馬から下りるのを待った。

 敵将はフランベルジュを手にしていた。両手持ちの剣で波打った刃が特徴の剣だ。斬られれば傷口はズタズタになると聴いたことがある。

「カティア姐さん、頑張れ!」

 戦の声と音と嘶きが絶え間なく乱れ、時には混ざり飛ぶ世界で、ロッシ中隊長の大音声が聴こえた。

 カティアはサーベルを掲げて応じた。

「手出し無用ぞ!」

 グレネイドは地を蹴り大胆不敵にも切っ先を向けて突撃してきた。

 下がることはできない。後ろには仲間が控えている。

「カティア、避けろ!」

 後ろからその同僚の声が聴こえた。

「いいえ、お姉さんを甘く見ないことね」

 カティアはサーベルを素早く腰の鞘に収め、大振りのソードブレイカーを両手で握ってノコギリ刃で敵の刃を受け止めた。

「面白い武器を使うな」

 グレネイドは軽く笑うと、ノコギリ刃から剣を軽々引き抜いた。

「器用ね」

「お互いにな」

 バイザーを上げたグレネイドはカティアと同年代の男だった。

 剣と剣をぶつけ合う。ソードブレイカーは頑丈だが、サリーが打ってくれたサーベルほど頑健では無い。カティアは一歩下がるとソードブレイカーを腰の鞘に戻し、サーベルを引き抜いた。

 敵の膂力は両手分だ。片手で受け止めるには荷が重い。

 カティアは避けて、避けた。その度、剣風が頬を撫でる。

「どうした、戦鬼、逃げるだけか? だが、貴様は美しい。俺の子種をくれてやっても良いぞ」

 その瞬間、カティアは咆哮を上げた。

「馬鹿にするなアアアッ!」

 カティアは怒りのサーベルで流れるように次々打ち込んだ。

「私には既に愛する夫がいる。赤ちゃんだって! 貴様の傲慢なだけの汚れた精など欲しくは無い!」

 カティアの猛攻にグレネイドは舌打ちして受け続けた。カティアは反撃の隙を与えなかった。怒りながらもカティアは戦術を思い描いていた。気勢を上げることで身体の眠っている筋力と底力を自ら呼び覚ましたのだ。

 戦いの基本は声を上げることだ。カティアは少なくともそう思っている。今までお淑やかに戦ってきたのもこう言う場面が来ると思っていたからだろうか。

 カティアは猛撃を止めるや、鞘にサーベルを戻し、ソードブレイカーを抜き放った。

 この一瞬を敵は逃さない。それもカティアの手の内だった。

 突き出された剣をソードブレイカーのノコギリ刃で挟む。

「折れるわけがない」

 敵は嘲笑った。

 だが、カティアが両腕で柄を力いっぱい捻った瞬間、フランベルジュは見事に真っ二つに分かれたのであった。

「そんな馬鹿な!?」

「さよなら!」

 カティアはソードブレイカーの刃の方で精一杯薙いだ。瞠目したままの敵将の首が宙高く飛び、足元に転がった。

「姐さん、お見事!」

 ロッシ中隊長の賛美が気持ちを和らげる。

 一方キンブルは折れた剣を拾い上げ、残念そうに言った。

「この造形美好きだったんだがな」

「ごめんなさいね」

 カティアが微笑むとキンブルはニッと笑った。

「一点に集中して脆くしたか。その膂力、俺に優るとも劣らぬな」

「良い剣のお陰よ」

 カティアは胸の内でサリーに感謝した。

 新手の雑兵が飛び出し、二人は向き直った。戦場の序曲を聴き、カティアは左右の剣をそれぞれ一振りして気合いを入れた。

 来るなら来れば良いわ、幾らでもあの世に送ってあげる。

「ぬおおおおっ!」

「やああああっ!」

 キンブルに励まされ、カティアは続けて咆哮を上げて同僚達と共に敵とぶつかりあったのであった。

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