救援現る
ローランドは敵の一角を破り、散々に相手を斬り捨てた。だが、人数は多く再び囲まれた。
そんな中、主従は再会を果たした。
「ローランド! 生きていたのか!?」
「王、詳しい話を聴きたければ、ここを生き抜きましょう!」
王とルクレツィア、近衛は頷いた。
四人並び、突撃隊形を取ると、ニーの声が轟いた。
「包囲を解き、壁を作りなさい!」
その声に従って周囲の騎士達は離れ、目の前に集結した。何段構えだろうか、予測はできない。
「王も御参加なされるのですか?」
近衛が兜の下で尋ねた。このラッキーボーイはまだまだ若い男だった。
「当たり前だ。この中で最強の騎兵はこの私だ。良いか、突破するぞ! 必ずニーの首級を上げる!」
ローランドらは頷いた。誰かが死ぬだろうか。あるいは、また自分が死ぬだろうか。ルクレツィア、近衛も覚悟を決めた顔だった。
相手方が突進してきた。
「こちらも行くぞ!」
王が声を上げた時だった。
確かに馬蹄が高らかと鳴り、背後から紅の影を残して一騎が敵中へ押し入った。
操る両手剣は次々敵の首を跳ね上げ、血煙が立ち上る。敵の前線はあっという間に貫かれた。
「ぬおおおっ!? こ、これは」
戦場に開かれた血に祝福されし一本道、デスロードの先にいるニーの声が驚く声が木霊した。
紅の戦士は馬上で両手剣を薙いだ。
ニーは受け止めるが、剣が圧し折れた。
「浅ましい不忠者め! 我が弟子達を傷つけたこと私は許さぬぞ!」
剣を喉元に突き付けられニーは細い目をこれでもかというぐらい見開いた。
「王よ、この者いかがいたしましょうか?」
女性の声がそう言った。
兜のバイザーを上げた下からは待ち望んでいた同僚の姿が現れた。
「フレデリカ!」
ルクレツィアが、叫んだ。
「これ以上、逆らう者は容赦無く斬る! 平伏せ!」
ブリック王が声を上げると、元聖氷騎士団の生き残り四百ほどが顔を見合わせ、武器を捨てて跪いた。
その一本道を王を先頭にローランド、ルクレツィア、近衛が続く。
「どうやら失敗だったみたいですねぇ」
ニーは冷汗だらけの顔を向けられず王に言った。
「ニーよ、お主は我が兄代わりとして、そして前線の優秀な指揮官として私は敬い慕っていた。これをよもやこのような形で裏切られるとは思わなかった」
「知らないでしょう、ブリックよ。私はあなたの従兄などでは無い。兄なのです。ただし、妾腹。王が、あなたが追放してくれた、汚らしい豚によって孕ませられた侍女が私の母。お前の母が高貴な身分と言うだけで我が母は見捨てられた。母は純粋に王を慕っておりましたが、あの豚が愛を向けることは一度も無かった。ですが、汚い家で母より告げられた事実に私は復讐の炎を燃やし、暗殺紛いであの豚を脅して、お前の従兄として騎士団長の一人となることで事を収めるはずでした」
ニーはクックと笑った。
「でも、私にも野心が出来た。あの豚の血筋を引くのなら王になれる資格だけはある。王になり、母を招致し、裕福な暮らしをさせてあげたかった」
「王、耳を貸してはいけません」
近衛が鋭く指摘した。
「無理だな、もう、事実を聴いてしまった。この世に争いの種は要らない。貴様の母親を探し出し、後を追わせてやる故、安心して先にあの世へ行け」
「ブリック! 母さんだけは!」
ニーが声を上げたが、フレデリカの剣が動いた。見えぬ軌道を血の筋が教えてくれた。逆賊ニーの首は地面に転がった。
王は平伏する者達を振り返った。
「貴様らにもニーが野心を植え付けたかもしれぬ。だが、その首は取らぬ。再び聖氷騎士団として働いて貰うが反論は無いな?」
ブリック王の冷えた声に元騎士らは震え、頷いた。
「ならば、新たな聖氷騎士団長をローランドとし、彼を敬い再び任に就け」
「はっ!」
「は?」
ローランドは思わず間抜けな声が出てしまった。
「つまりはそれは」
「お前さえよければ騎士にしてやる。どの道、この戦に勝てばお前を赤鬼自身やバトーダ共々騎士に推挙するつもりであった。無論、傭兵らにも相応の待遇を与え、召し抱える存念だ。私の右腕になるのは嫌か、ローランド?」
その言葉にローランドは身が震えていた。
夢が叶った。早くサリーに自慢したい。お前は騎士の妻だと。アドニスにも言いたい、お前は誇りある騎士の息子だと。
「ありがたく引き受けましょう。勝利し生きて帰る理由が増えました」
ローランドは馬上で頭を下げると周囲を見回した。
「死体を片付けよ! そして再び王を守護するのだ、聖氷騎士団!」
「はっ、団長殿!」
騎士達は動き始めた。
そんな中、ルクレツィアはフレデリカの胸の中で泣いていた。
「良かったよ、帰って来てくれて」
「よく死なずにいたな。偉いぞ」
フレデリカは母親のような笑みを浮かべてルクレツィアの頬を撫でていた。ブリック王が羨ましそうに見ていた。
「御師匠様、危ういところを助かりました」
ブリック王、いや、リョウカクが進み出た。
「忠臣だと信じていた者に裏切られ辛いだろう。あの者にも不幸な経緯があったようだが、今後は私達がいる」
「はい、師匠」
リョウカクは馬上で敬礼した。
「王者の戦は始まったばかり、私も赤鬼のフレデリカとして存分に働かせてもらう。腕の方は見ただろう?」
「ええ、鋼鉄の義手は遜色なく剣を動かしておりました。心配を抱くこともありません」
リョウカクが応じるとルクレツィアが好奇心旺盛にフレデリカの義手を見詰めていた。
「行くぞ、ルクレツィア、戦を終わらせに」
「え?」
「何だ、ここでローランドと待ってていたいのか?」
ルクレツィアは強くかぶりを振り、師をまじまじと見詰め上げた。
「あたしも行くよ、フレデリカ。突撃だって上手くなったんだから」
「励んだようだな。見させてもらおう。行こう」
「うん!」
フレデリカとルクレツィアの馬が遠く喧騒がもやのように木霊する戦場へ歩み始める。
フレデリカがローランドを見た。ローランドは頷き、フレデリカも頷き返した。
馬は駆け始めた。こうしてローランドは二騎の馬影を後ろから見送ったのであった。




