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傭兵譚  作者: Lance
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裏切り

 味方勢が遠く離れて行く。近衛五十、聖氷騎士団五百と、本陣は手薄だった。

 ローランドはただただ壮大な合戦を、霞のようになった味方勢の背を騎士団の間から眺めているだけであった。

「そろそろ良いでしょう」

 喧騒も微風の如く聴こえる中、その冷めた声はとても冴えていた。

 途端に聖氷騎士団がこちらに反転し、背から長弓を取り出して矢じりを向けた。

「ニー殿!? これは一体!?」

 近衛の一人が声を上げた瞬間には矢が撃たれ、悲鳴が木霊した。

 近衛隊は全身に矢を受け馬から落ち、動かなくなっていた。

 ローランドは咄嗟に馬を動かし王の前に立ち塞がっていた。矢が身体中に突き立っている。それも深々と。サリーの頑丈な鎧も容易く貫かれた。

「王、御無事ですか!?」

 たった一人無傷だった近衛が合流する。

「私は無事だ。ニー! 王座に目が眩んだか!?」

 王が呼びかけると張本人が弓を引き絞って馬を進ませてきた。

「そんなところでしょうかね」

 弓弦の音と風の音色、黒い矢の影はローランドの心臓を貫いた。

「おじさん!」

「ローランド!」

 ルクレツィアとブリック王の声が重なる。

 ローランドは苦笑した。

「こんな大事なところで俺は逝くのか……」

 血が肺から上って来るのを感じた。ローランドは喀血し馬の首にしな垂れた。

 今まで死んでいった奴、殺してきた奴のところへ俺は行くんだな。

 だんだんと身体に力が入らなくなってくるのを感じた。その感覚すらも薄い。王が、ルクレツィアが、近衛が何かを叫んでいるが聴こえない。

 くそっ、こんなところでわざわざ死ぬために俺は生きてきたわけじゃない……。俺はいつしか平和な未来を掴むために……ここまで……。

 だが、視界は暗転した。



 2



 ルクレツィアは悲しみと怒りと憎しみに燃えていた。

 ローランドが殺された。

「王、どこまでもお駆け下さい! ここは私が!」

 近衛が剣を抜き、ニーと向き合う。

「このぉっ!」

 ルクレツィアは馬を走らせた。

 剣を抜き、憎き裏切り者ニーへ向かって突進する。

 ニーの前に元騎士団が立ち塞がり、ルクレツィアを妨害した。

「退けえっ!」

 ルクレツィアは魂の獅子吼を上げて涙と共に剣を振るった。

 彼女の剣は敵の剣を打ち砕いた。名工の剣だ。そのぐらいやってくれて当然とルクレツィアは思い、剣を振り上げて敵を兜ごと頭を一刀の下に割った。

 だが、敵は四百九十九もいる。ニーさえ討てれば良いが、あの卑怯者は奥へ隠れてしまった。

「ルクレツィア殿!」

 近衛が合流し、二人で無謀な戦いを挑んだ。

「あんたは王を!」

「王の御命令です! 王は退きません!」

 二人で絶望的な戦いを挑んだ。剣を振り回し、牽制し、隙を見て刃を突き、薙ぎ、斬る。しかし、敵も手練れでなかなか隙が出ない、ルクレツィアは疲れるだけであった。

 ローランドのおじさんの死を無駄にはしない!

 ルクレツィアは突き出された刃をかわし、両手首を籠手ごと落とした。敵は悲鳴を上げる。そこを近衛が喉を裂いて一人始末した。

 あと、四百九十八!

 できる。あたしならできる!

 できると言って、フレデリカ! サーディス!

 大きな影が敵の騎兵を吹き飛ばした。

 ブリック王であった。

「ニー! 出て来い! 玉座が欲しいなら私の手から奪ってみよ、一騎討ちだ!」

 だが、返って来たのは冷めた笑い声であった。

「この有利な状況でそんな誘いに乗るとお思いですかね」

「臆病者が!」

「何とでも言うが良いでしょう! 騎士団、早く奴の首を!」

 元聖氷騎士団が鬨の声を上げて三人に襲い掛かって来た。



 3



 大小の石ころが並ぶ灰色の風景。僅かに聴こえる音は、小川のせせらぎの音だった。

「何だ、ここは?」

 ローランドはゆっくり立ち上がる。

「来ちまったな」

 隣で声がし、振り返るとそこには黒衣の戦士が立っていた。

「サーディス」

「何て様だ、ローランド。あの窮地に軽々しく来ちまいやがって」

 サーディスは責めるように呆れるように言った。

 矢を受けた。憎きニーによって俺は殺された。

「そこを見てみろ」

 サーディスに促され、ローランドは小川を覗いた。

 そこには見覚えのある姿が映っている。ブリック王、ルクレツィアが敵の包囲を掻い潜ろうと無我夢中で剣を走らせている。

 これでは負ける!

「せっかく、平和が築けると思っていたのに、何てことだ」

「せいぜい悔しがれ。戦場の死神の気まぐれを恨むんだな」

「くそおっ!」

 ローランドは一声咆哮を上げた。

 ローランド。

 名を呼ばれローランドはサーディスを見た。

 彼は不敵な笑みを浮かべていた。

「俺じゃない。死んだお前を生き返らせようとする何者かの仕業だ」

 ローランド、お願い、目を開けて。あなたはもう戻って来れるはず。

「誰なんだ?」

 ローランドは周囲の変わり映えしない風景を見回しながら尋ねた。

 途端に背後から押された。

 ローランドは浅い小川をよろめいて渡り、反対側へ行った。

「そっちにいけるということは心臓が動いている証だ。良かったな」

 サーディスが対岸で言った。

「俺は戻れるのか?」

「目を瞑れ」

 サーディスの言葉にローランドは静かに目を閉じた。だが、気持ちは逸るばかりであった。王が、ルクレツィアが死んでしまう。急がなければ。

「じゃあな、相棒。今度こそしっかりやって来い。少し待てば戦いは好転する」

 サーディスの言葉の後にローランドは意識が混濁するのを感じた。



 4



 剣戟の音が聴こえる。間近で。

 ローランドは馬上で目を開けた。眼前で展開される絶望的な戦を見て、彼は覚醒した。

 王が、ルクレツィアが、生き残りの近衛が包囲されている。

「退けえっ! 逆賊ども、俺に討たれたいか!」

 怒号しローランドは剣を抜いて馬腹を蹴った。

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