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傭兵譚  作者: Lance
112/161

最後の戦いへ

先日の暗殺者は結局、口を割らなかったそうだ。誰が拷問したのか問うと、王はニーだと告げた。

「あの従兄の悪い癖だ。弱い者に対しては残虐になる」

 ルクレツィアとの訓練の一時の休みの際にローランドが尋ねると王は答えた。

 ローランドは口封じのためにニーが自ら拷問を買って出たものとも疑っている。だが、仮にも王族だ。滅多なことは口にできる身分ではない。

 ルクレツィアは近衛と戦っていた。近衛も彼女に負けじと意地になって馬上で応戦している。雪はもう止んだ。あとしばらくすれば溶けるだろう。そうすればいよいよ最後の戦いとなる。

 近衛が馬から落ちた。

「リョウカク! それかおじさんでも良いから、次の相手になって!」

 ルクレツィアが呼んだ。

 王はフッと笑みを浮かべ、練習用の槍を振り回した。

「調子に乗らぬことだな、ルクレツィア」

 王は白馬を歩ませた。



 2



 雪解けと同時に、聖雪騎士団、聖銀騎士団が合流した。

 ミティスティとギルバートは遅い年賀の挨拶をした。

「いよいよですな、陛下」

 ギルバートが血気に逸った様子で言った。居合わせた重臣、赤鬼、バトーダは頷いた。

「そうだな。プリシスを打倒し! 大陸に永劫の平和を取り戻す!」

「応っ!」

 玉座の間に重なり合った勇ましい声が轟いた。

 ローランドは結局王付きの近衛のような役目となった。そこにはルクレツィアの姿もあった。

「何で!? どうして!? あたし、何のために突撃を練習したのよ!」

 王の寝室の前でルクレツィアが癇癪を起こした。それはそうだ。王自ら彼女に突撃を伝授した。その前だって彼女は彼女なりに必死にやっていた。だが、フレデリカだ。彼女が合流するまで死なせられないと考えたカティアとロッシ中隊長の思いで、こうなった。

 これが後にルクレツィアにとって最高の喜びを得られる配置になることを誰も知らない。

「眠れぬ」

 王が扉を開けて温かそうな外套を羽織って部屋から出て来た。

「申し訳ありません、うるさかったですか?」

 ローランドが問うと王はかぶりを振った。

「プリシス攻めのことばかりが脳裏を浮かぶ。本当に勝てるのか、何人、いや何百と犠牲が出るのか。そればかり考えてしまう」

「ミティスティ殿を呼ばれますか?」

 ローランドが提案すると王は再びかぶりを振った。

「それほどのことではない」

 するとルクレツィアが足をダンと鳴らして王に向かって指を突き付けた。

「大将なんでしょ、しっかりなさい!」

 王は珍しく目を丸くした。そして肩を揺らして笑った。

「そうだな、私は堂々としていないければならぬ。死ぬ者がいれば報いる結果を出すまで。勝負は時の運とも言う。最高の準備を整えたのだ。後は運を天に任すのみ。寝る」

「さっさと寝なさい」

 ルクレツィアが命じ、王は姉弟子の言葉に従う様に部屋へ戻り扉を閉ざした。

「ルクレツィア」

 ローランドは振り向く彼女に言った。

「お互い死ぬ前にフレデリカに会えれば良いな」

 その言葉にルクレツィアは唖然としていた。

「本陣が一番安全とは限らない。味方に成り済ました刺客を見抜く目だって必要だ。王さえ殺せればプリシスの勝ちだ。早い話が本陣さえ落とせれば良いわけだ。本陣、それは敵が目指すところだ。君の腕前を当てにしているよ、サーディス流の門下生さん」

 ルクレツィアは先ほどの憤慨が嘘のようにしおらしく頷いた。

「隣の部屋で寝て来ると良い」

「ちゃんと交代してよね」

「分かった」

「おやすみ、おじさん」

 ルクレツィアは隣の控えの間に入った。

 さて、いよいよ最終戦か。ここまでツキがあったが、最後まであって欲しいものだな。願わくば、サーディス、お前がいてくれたらどんなに心強かっただろうか。

「何て言ったら皮肉を言われそうだな」

 ローランドは独り言ち、通りかかった侍女が怪訝そうに一瞥した。



 3



 雪は残っている。だが、日差しは春に近い。この時をどれほど待ち望んでいたか。

 解放軍も合流し、聖雪聖銀聖氷の三騎士団、赤鬼傭兵団、クロノス傭兵団、そしてその他、四千の兵力を持ってプリシスを攻め立てる。

 広大な雪原はところどころ地面が見えている。赤鬼傭兵団を先頭に、ガルス城をロイトガル王国軍は出立した。

 後ろの方に王の近衛隊はいた。近衛五十名、そこにローランドとルクレツィアも加わっている。後詰を聖氷騎士団が受け持った。

 ローランドは背後を振り返る。だが、馬上の騎士達に遮られ、ニーの姿は見えなかった。聴けば行軍の順序はニーが大々的に決めたらしい。それがローランドは気に食わなかったし、気になっていた。一つ分かったのは王はそこまでしてニーを信用しているということだ。

 ベルファウストの時のような危うい裏切りが起きなければ良いが。

 ローランドは首を前に戻した。

 ルクレツィアが呑気に馬上で鼻歌を歌っている。すっかり本陣付きの兵としての自覚が出たらしい。ローランドは決して出鱈目を言ったわけでは無いが、半分は勢いと思い付きで、彼女を説得したい一心であの時は言った。

 何故か。己の持ち場に集中できぬ者は死ぬと決まっているからだ。ローランドは各地を周り、そんな不満の末の結末を迎えた将兵を山のように見て来た。ルクレツィアにはその仲間入りをして欲しくなかった。カティアやロッシ中隊長の言う様に、せめてフレデリカが戻るまでは。

 五日の後、原野は更に開け、行軍が止まった。

「敵勢が展開しております」

 馳せて来た伝令がそう告げた。

「こちらも軍を展開させよ! ニー!」

「はっ! 軍列を調えよ! 戦闘隊形に入る!」

 ニーの細い声でも静かな野には轟き、前方の列が動き始めた。

 聖氷騎士団が王の前に守備に就く。馬上のローランドはその先に広がる光景に武者震いした。

 一足先に太陽を頂いたプリシスの軍勢が圧倒するように広がっている。

 傭兵の血が騒ぐが、役目は役目だ。ルクレツィアにだってそう言い聞かせたのだから。

 すると、一騎が馬を飛ばして境界線へ現れた。

「我が名はプリシスにその人ありと言われたレクシオン! 残虐非道のロイトガルに前座を設けてやる!」

「残虐非道とは言ってくれるな。誰ぞ行け!」

 王が声を上げると、二騎が同時に地を蹴った。

「テトラ、お前の出番は無い!」

「貴様こそ、出番は無い!」

 カイとテトラが馬を止めていがみ合った。

「あの者達は何をやっているのだ!?」

 王は額を押さえた。

「カイとテトラです。どちらが一騎討ちの相手になるかいがみ合っているようです」

 ローランドは言った。

「ロイトガルの腰抜けめ! 二騎同時に相手になってくれるわ!」

 レクシオンが言った時だった。

「舐めるな!」

 二つの若い咆哮が重なり合い、二騎は猛然と駆けた。

 だが、馬脚が違う。テトラの黄金色の駿馬がぐんぐんカイを離し、敵へ近付いている。

「残虐非道の言葉はそっくりお返しするぞ! ボルスガルド王国の痛み、まずはこれでも喰らえ! 初撃!」

 接敵した瞬間テトラが大喝と共に槍を振り下ろした。

 敵将レクシオンは槍を圧し折られ、身体を斜めに斬り下げられ転がった。

「正義は我らにあり! 続けえええっ!」

 テトラの咆哮と共にロイトガルの軍勢は地を揺るがし駆け出した。

「王?」

 ニーが振り返る。

「良い、幸先を良くしてくれた奴の号令に従うとしよう」

 ブリック王はそう言い、正式に突撃を叫んだ。

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