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傭兵譚  作者: Lance
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再会

 陽光が掲げる白刃を照らす。剣は振り下ろされ、槍は刺し貫く。もう間もなく死者の仲間入りを果たすことになった哀れな戦士達の断末魔が、あるいは無言の声が木霊するが、戦の音色は一つも色褪せない。この戦場に自分と二人の弟子達が決死の戦いを挑んでいることも誰も知る由もない。皆、同じはずなのに、その余裕が無いのだ。

 フレデリカは両手持ちの剣を素早く突き出し、敵の甲冑にひびを入れる。

「この女が!」

 敵は一瞬の怯みを見られたことを恥と思ったのか、気勢を上げて槍を繰り出してきた。

 フレデリカは剣を振り下ろし、地面に槍を押さえると、敵兵はおそらくは鉄仮面の下で驚いているだろう。女程度が自分を凌駕するとは思っていなかったはずだ。

 フレデリカは兜をかぶっていない。土煙でくすんだ長い金色の髪は悪鬼羅刹の勢いのためにほどけていた。

「この野郎!」

 敵は槍がテコでも動かないことを悟ると槍から手を放し抜剣した。

 フレデリカは剣を戻し、それを受け止めると、押し返し、右から左へ、剣を薙いだ。ヒビの入った敵の甲冑に衝突し、土くれのように鎧は崩れ落ちた。

 そこを目掛けてフレデリカは剣を突く。硬くそして柔らかくもある感触を感じぬままの鋭い刺突が敵の身体を貫いていた。

 敵は倒れた。

 たった一人相手に時間をかけ過ぎたな。

 フレデリカは軽く左右を見る。

 体格はますます良くなったが、未だ不釣り合いの大剣を振るうカイ。片手持ちの長剣を舞う蝶のように乱れ打つプラティアナ。二人の弟子は生きている。毎度戦場にあの大剣を持ち込み生きているカイの意地と幸運には驚かされる。プラティアナは片手剣を最初から使いこなしていた。更にサーディス流がアレンジされている。

 フレデリカが新手を探し求め己の戦場へ戻ろうとした時、プラティアナが声を上げた。

「お師匠様、危ないっ!」

 その必死な声が終わるか終わらないかの内に右側頭部を強かに衝撃が襲い、フレデリカは闇へと沈んでいった。



 2



「おーい、お嬢さん」

 誰かが私を呼ぶ声がする。

「お嬢さんってば!」

 知っている。呆れるようなこの声音、懐かしい。

 目を開き、フレデリカは自分が大小の円い石ころの群れの上に倒れているのを知った。静かな場所だった。柔らかい音だけが聴こえている。足を起こし、それが目の前に流れている小川のせせらぎであることをフレデリカは理解した。理解したがこれはどうしたことだろうか。カイとプラティアナの姿を探す。自分はこんな場所にはいなかった。二人の弟子と共に戦場に。

「カイ! プラティアナ!」

 フレデリカは起き上がって背後を振り返って叫んで呼んだ。石ころが続き、それを映し出したかのように遥か虚空は灰色に染まり続いていた。

「来たのはお前だけだ」

 男の声が言い、フレデリカは思わず身震いし振り返った。

 忘れるものか、この声を。幾度も檄し叱咤した愛しい師の声を。

 サーディスは黒の鎧兜に身を包み、対岸に立っていた。

「よぉ、お嬢さん」

 彼は口元を歪ませ軽く手を上げた。

「サーディス!」

 フレデリカは駆けようとした。彼のもとへ行こうとした。だが、サーディスは声を上げた。

「来るな。この川を渡るにはまだお前には早い」

 フレデリカの足は小川の淵で止まった。

「ここはな、死にかけた奴が来るところだ。ここを渡ると死人の仲間になる。お嬢さん、現世でお前はまだ生きているんだ」

 フレデリカは思った。サーディスの側に居たいと。だが、その心を見透かしたようにサーディスは言った。

「良いのか、弟子二人をほっぽり出して自分だけ死んでも。お前は導き手だ。まだまだ責任がある。二人とも良い弟子じゃねぇか。ガキの方は粗削りだが相当な努力家だ。慣れない大剣をどうにかものにしようとしている。女の方も鍛錬を怠らない。元々強い上に家事全般が得意だ。生きてりゃ俺も仲間入りできたのかな」

 サーディスが面白そうに言ったが、フレデリカには彼の声に少しだけ悲しみがあるのを感じた。

「サーディス、あなたは仲間入りしている。我々はサーディス流の門下生だ。あなたは偉大なる伝道者。私達の先に立つものだ」

「やれやれ、慰めるつもりだったのによ、逆に慰めれちまった」

 サーディスが笑うとフレデリカも自然と微笑んだ。元気が湧いてくる。そして二人の弟子のことが脳裏を過ぎった。

 まだ斃れるわけにはいかない。

「少しでもあなたと話せてよかった」

「俺もだ。……さぁ、もう行け、俺の偉大なる一番弟子フレデリカよ! サーディス流を伝えし者よ!」



 3



 聴き慣れた声が耳に届き、脳を覚醒させる。

「お師匠様! お師匠様!」

 プラティアナが泣きそうな顔でフレデリカを見ていた。

「……私は戻ったか。戦況は?」

「お師匠様! カイ君、お師匠様が気付かれました!」

 プラティアナはそういうとフレデリカを抱き締めた。

「師匠、油断だぜ? 勘弁してくれよな。次から兜をかぶること!」

 カイが返り血だらけの甲冑を鳴らして合流した。

「すまなかった、二人とも」

 フレデリカが言うとプラティアナは離れて目を鋭くして言った。

「こちらが劣勢です」

「分かった。負ければ報酬を貰い損ねる。我々で奮迅するぞ。戦場を支配するんだ!」

 フレデリカが言うと二人の弟子は声を揃えて応じた。

 側頭部がコブになっている。激しい痛みを感じるが、針もないただの鈍器で殴られたのだろう。そこは運が良かった。

 フレデリカは剣を横に伸ばし、戻すと、顔の前で祈る様に構えた。そして二人の弟子を率いて戦場の支配者となるべく、今も決死の喧騒が響く場所へ向けて歩み出した。

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