ルクレツィアと黒衣の戦士2
ペケサンは夕方ぐらいに戻って来たが、酷く消耗している様子だった。
慣れぬ城で道に迷ったのかとローランドは思い、一時の眠りから覚めて木の実をバリバリ食べる様子を見て、首をかしげていた。やっぱり道に迷ったのだろう。それともルクレツィアのアニマルセラピーが思ったより過酷だったか。木の実を齧り終え、ベッドの片端に飛び乗り、すぐさま寝息を立てる小さな相棒を見てローランドは少しだけ心配していた。
だが、翌日、目が覚めるとそこにペケサンの姿は無かった。
「ペケサン?」
ローランドは王の相談役と言う名目で恐れながら良い部屋を与えられている。ベッドの下や棚の隙間を覗いたがその小さな愛らしい姿は無かった。
ペケサンがドアノブを回して外に出たとは思えない。
ローランドはペケサン用に木の実を置いて王のもとへと出向いた。
2
ルクレツィアには分かってしまった。
昨日、ずっと引っ掛かっていた黒衣の戦士を一度だけ見たことがある。フレデリカが腕を失くした際に現れた男、サーディスだ。だが、ルクレツィアは追及する気にはなれなかった。サーディスとの時間は厳しいが楽しい。彼の正体を口にすることでそれが終わってしまったらと考えるとやはり黙っている方が賢明だと彼女は思ったのだった。
サーディスは厩舎の前で待っていた。
管理人は今日もいない。
「肉食ったか?」
開口一番サーディスはそう言った。
「食べたよ」
ルクレツィアは応じる。
「なら、よし、適当に馬を選べ。お前が嫌じゃなけゃ今日もやるぞ」
「嫌じゃないよ。望むところよ」
挑むようにルクレツィアが言うとサーディスは笑った。
雪は相変わらず降り続けている。訓練をする歩兵大隊の遥か後ろを二人で行き、馬を駆けさせた。
「姿勢を保て」
「うん!」
「良い調子だ!」
並走するサーディスがそう言った。ルクレツィアは嬉しくなった。人を褒めると言う行為は相手を下に見ていることだと何処かで聴いたことがある。だが、今、目の前にいるのは師の師だ。上の人間である。ルクレツィアは懸命に馬に鞭打ち深い雪の大地をグッと姿勢を正して駆けた。
昼食はサーディスがパンを持って来てくれていた。冷めてはいるが上等な噛み応えのある肉が挟まっていた。一方、サーディスはどんな豪快な食事をするのだろうかと見ていると、彼は木の実を取り出し、齧るだけだった。
「そんなんでもつの?」
気になってルクレツィアが尋ねるとサーディスは応じた。
「まぁな」
どこか釈然としない返事だったが午後も馬攻めは始まった。二度ほど疲弊しきった馬を連れ帰り、新しい馬に乗り替えた。
サーディスは練習用の先の丸い槍を用意していた。
「これで俺から一本取ってみろ」
互いに馬上で槍を手に向き合った。
ルクレツィアは槍を繰り出した。サーディスは下から跳ね上げる。物凄い力で槍はルクレツィアの手からすっぽ抜けた。
「ルクレツィア、最後まで見届けろ。自覚はあるだろうが、お前は炸裂の瞬間目を閉じている。最後まで自分が殺した敵の勇姿を見届けるのが戦士の礼儀だ。相手も同じように思っているぞ」
ルクレツィアはリョウカクに言われたことを思い出し、目をカッと開いて拾い上げた槍を手に取り、サーディスを打った。
「良いぞ、その調子だ。しばらく俺を突き回していろ」
ルクレツィアは声を上げ、サーディスの身体に槍をぶつけた。目を閉じない、最後まで見届ける。サーディスは、「良いぞ」と褒め称えた。それが嬉しくてルクレツィアは攻撃の手を緩めなかった。
だが、不意にサーディスが槍を旋回させてぶつけてきた。槍同士の衝突でルクレツィアの槍は飛んで行ってしまった。
「後は筋力不足だな。握力も無い」
「どうしたら良いの?」
「そりゃあ、素振りだ。戦士にとって素振りに勝る鍛錬は無い」
サーディスは馬から下りた。ルクレツィアも倣った。
「腰の剣を貸してみな」
ルクレツィアは剣を差し出した。
「刀身が重い。わざと重くして作ってあるな。こいつを使おう。素振り千本だ」
「うん!」
「途中で姿勢が崩れたら蹴り飛ばす」
「分かった!」
ルクレツィアはこの剣では素振りが百ほどしかできないことを知っていた。だが、頑張ろう、限界の限界を超えて見せようと意を固めた。
サーディスも剣を抜いて共に素振りに励んだ。
師の更に師の男の声と自分の声が重なり合う。
フレデリカは幸せだな。こんな人から奥義を伝授されたんだから。
ルクレツィアは頑張った結果、百五十でへばったが、蹴られる前にどうにか身体を戻そうとした。しかし、身体は痛く腕は感覚を失いいうことを利かない。
サーディスは蹴らなかった。
「良いだろう、その意気だルクレツィア」
サーディスは既にお見通しのようだった。今までの限界を超えた自分のことをまるで以前から知っていたかのようにそう労った。
「終わるか。冬の日没は早い」
「ありがとう」
「強くなれ」
「うん!」
二人は厚い雲が閉ざす空の下を城の影を目指して馬で駆けて行ったのであった。




