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傭兵譚  作者: Lance
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謁見の間で

 馬の脚も積もった雪に埋もれる程になっていた。

 新しい城、ガルス城とやらが何処にあるのか、それはクラウザー達が知っていた。今、テトラはクラウザーと鉄球のハミルトンと共に白い街道を歩んでいる。馬の足が雪をギュッと踏み締める音と三人の細かな息遣いだけが聴こえている。

「若、もしも我らが大望を反故にされたらいかがいたしましょう」

 ハミルトンが意を決したように主人に尋ねた。

「私はただの元騎士に過ぎない。そうなればロイトガルの統治の中で静かに生きて行くしかあるまい」

 クラウザーが応じた。

「テトラ殿」

 助けを求めるようにハミルトンがテトラを振り返る。

「成果は出してきた。それを盾に粘り強く交渉しよう。ただ、ボルスガルドの領地は元の様にはいかぬでしょうな。良くて半国、少し悪くて三分の一というところでしょう。クラウザー殿は本人の申される通り騎士でしかない。王族では無いのだから」

「ううむ」

 ハミルトンが神経質そうに唸る。そして再び尋ねてきた。

「テトラ殿は御自分の国は取り戻さなくてよろしいのですか?」

「今は、あなた方のことを考えることで精一杯だ。客将テトラが捲土重来のために動いたとあらば、あなた方にも責任は及ぶ。私の戦いは、戦いがあればだが、ロイトガルがプリシスを破り、ボルスガルドが再興したらになるでしょう。余計な手出しは無用だからな、お二方」

「すまぬな、テトラ殿」

 クラウザーが言った。

 三人の旅は続き、雪は酷くなる一方だった。だが、ハミルトンが懸命に先導してくれている。其処彼処から重みに耐え切れず枝から雪が落ちる音が加わったのは更に三日後。ロイトガルの国王は我らを凍死させることを目的としているのでは無いかとテトラは妄想した。

 城の影が見えた時、三人はようやく白い息を大きく吐いた。

「何者だ?」

 番兵が五人、駆け付けてくる。

「ボルスガルド解放軍の者だ。王命により参上した」

 クラウザーが威厳たっぷりに言うと兵らは道を開け、一人が伝令へ行った。

 十分ほどして城へ入る許可が下りた。

 兵らは再び篝火に当たりながら警護を続け、一人が案内役となった。

 テトラは城といえばハイバリーの城ぐらいしか知らない。故郷東方連合の軍閥達は皆、城と言うより屋敷に住んでいた。

 石造りの寒い印象のある城内は冷たかった。それでも兵らは各扉の前に佇立し、侍女達は動き回っている。

 城は明確に上下関係を露わにする。故郷の屋敷ではそんな冷たさは無かった。皆が座し、戦術、治政を話し合い、酒宴を行っていた。城はどうも好きにはなれなかった。

 広大な城は一本道で大きな荘厳な扉の前まで時間は掛かったが一直線だった。

 近衛兵が十人ほど立っていた。

「王の言いつけ通り解放軍の方々をお連れしました」

 案内の兵士が鼻水を啜りながら声を出すと、近衛は頷いた。

「王陛下がお会いになられる」

 近衛兵が二人がかりで両開きの扉を開いた。

 中は広く、ここも一段と冷え込む印象だった。真っ赤な絨毯が伸びる先には玉座に座すロイトガル国王と、一段下で立っている騎士団長ニーの他、知らない顔触ればかりであった。ふと、知らないと思っていた顔の中に赤鬼傭兵団長の赤鬼その人が佇んでいるのを見た。赤鬼はニヤリとテトラに笑みを浮かべた。

「進まれよ」

 ニーが言い、三人は武器を近衛に預けて絨毯の上を歩んだ。真紅の絨毯は年代物でよく見れば色が褪せていた。

 王は三段上に座している。まるで見下す格好だ。クラウザーが片膝を付き、ハミルトンも倣う。テトラも気に食わなかったが従った。

「面を上げよ」

 そう言われ、王をマジマジとテトラは見た。

 金色の長い髪に若く端正な顔つきをしている。テトラよりも年下だった。ハイバリーで縄目の恥辱を受けた時は王の顔を見る余裕など無かった。暴れ、もがくのに必死だったからだ。この間合いなら討てるのにな。槍は入り口だ。

「私がロイトガル国王ブリックだ」

「解放軍の指導者クラウザーです。控えるのは臣下のハミルトンと、客将の」

「分かる、久しいなテトラ」

 その言葉に嘲りは無かった。感動も無い。ただ社交辞令のように声を掛けられただけだ。

「バッフェル城にあなたはいなかった。ハイバリー以来となります」

 テトラはそう静かに応じた。

「思い出話はこれぐらいにしよう。ニーから聴いたが、お主達はボルスガルドを再興させたいと思っているようだな」

「そのために戦って参りました」

 クラウザーが怯まず応じる。さすがだとテトラは思った。

「再興の件だが、貴君らの戦果は予想以上だ。率直に言えばこのガルス城を奪えたのもその働きが大きいところだと私も思う」

 解放軍の三人は王の次の言葉を待った。

「三分の一だ。もとの国の三分の一をボルスガルド王国とし、今後は勿論我らの傘下になってもらおう」

 ハミルトンが隣で声を上げようとした。だが、その前にテトラは口を開いた。

「充分な恩賞とは言えませぬな。ロイトガル王陛下はボルスガルドが再び世に偽りなく現れるのを恐れて御出でか?」

 止める者は誰もいない。

「今日まで我らはニー殿にはぐらかされながらも、希望を失わずに、一途にロイトガルの正に臣として働いて参りました。補給は正直助かりましたが、命懸けの我らは捨て石のように扱われながらも、御存知の通り充分な戦果を出してきました。王陛下、今一度、御再考の機会を与えましょう。我らボルスガルドにいただける領地は如何ほどか。その答えによって今後の我らの鋭利な刃のような働きも変わって来ましょう」

 テトラは恐れずに言った。赤鬼がさすがはテトラだと称賛したが故郷を奪った者に褒められても嬉しくも無かった。元はと言えば、私は傭兵よりも身分ある者だからだ。赤鬼にまで尻尾を振る気はない。

「弱りましたね」

 ニーが糸目を困らせながら王を仰ぎ見る。

「傘下に入ったとて、国力が大きければ脅威となろう。戦はプリシスを滅することで終わりにしたい。民に平和と安寧を齎すためには諸君らにも多少の我慢を強いることになる。……半国。それも我らとプリシスを落とせればの話だ。どうだ、クラウザー殿」

「王陛下の申される通りかと。しかし、私は民に約束しております。かつてのボルスガルドを取り戻すと」

「お控えなされ、クラウザー殿、貴殿は王族では無い、ただの一介の騎士に過ぎぬのだ。その程度の身分で大国を頂けると思わぬことだ」

 ニーが鋭く指摘し、諭した。

「退けませぬ。民との約束は破れませぬ。王陛下こそ今では多くの民を抱える身、民の信頼がどれほど大事かお分かりのはず」

 クラウザーはやんわりと脅迫した。ボルスガルドが完全に再興しなければ、つまはじきにされた民達が反乱を起こすと。

「無礼な」

 ニーが更に何かを言いかけたところでブリック王が言った。

「良いだろう。そこまで民の思いを背負っていると言うのならボルスガルドは完全に再興させた方が、我が治政も穏やかに進むというもの」

 だが、王は目を鋭くした。

「だが、まずは半国。残りは今後の手柄次第で決まる。それで良いか?」

「承知いたしました」

 クラウザーが応じた。ここまでやってこれたのだ。半国は確約させた。それほどの力が我々にあるのなら残りの戦で手柄を立てて全てを再興させる権利を得ることなど可能だろう。そうテトラは考えた。

「恐れながら、誓紙を頂戴致したい」

「口約束では不服か」

 王が尋ねる。

「誓紙を」

 クラウザーは続けて言った。

「分かった、用意しよう。それまでこの城に滞在するが良い。以上で話は終わりだ」

 王が言うと席を立ち、段を下りて来る。

 解放軍の三人は頭を下げたまま道を開いた。

 その足がテトラの前で止まった。

「不思議な縁だなテトラ。だが、精々励むが良い。当てにしている」

 王は歩き去って行った。

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