テトラ
プリシスの後方を大いに脅かしたテトラらは堂々と帰還した。
マディアがエプロン姿で一同を出迎える。
「おや、女性がいるんだね」
マディアはクラウザーと同乗しているミューミを見て言った。
「お初にお目に掛かります。ミューミと申します」
ミューミが馬上のクラウザーの背で一礼した。
「頭を下げられるほどの身分じゃないよ私は。ただの村人マディア。さ、お風呂焚いて来ようかね」
マディアは嬉しそうに去って行った。
クラウザーは解散を告げた。
それから数十日、補給は途絶えることは無かった。その頃から既にクラウザーはミューミを見初め、妻とすることを公言した。家臣、兵らは喜び、ボルスガルドを再興したらの話で盛り上がっていた。
「ディッツ殿、騎士団長より、こちらを預かって参った」
補給部隊の顔馴染みのロイトガルの隊長が封のされた羊皮紙を差し出した。
「何だ、まだ働き不足ってことかい」
デイッツは受け取る。だが、クラウザーがいない。マディアが唇に人差し指を立てクラウザーの寝所の方向を指さした。
一同はそれだけで納得した。
「若も若と言うだけあって若いですからね」
デイッツが嬉しそうに言った。
「男子だったら良いな」
強面のギュイが言った。
「そうだな。姫君だったらお主の顔を見て泣きそうじゃわい」
鉄球のハミルトンが言うとギュイと口論が始まった。
テトラはボルスガルドの者達をのどかな目で見ていたが、デイッツに言った。
「そういうわけなら書状を我々で確認してしまおう。我らは実際、よくやった。不満があるなら多少は言い返せる材料はある」
テトラが言うと彼と同い年ぐらいのデイッツは頷き、短剣で封を切った。
「何て書いてあるんだ?」
ギュイとハミルトンが駆け付ける。
「読ませる時間ぐらいくれよ、色々と焦り過ぎだぞ、おっさん達」
デイッツは呆れたように言うと中に入っていた折り畳まれた羊皮紙を開いた。
テトラはボルスガルドの臣らの表情を建物に背を預け眺めていた。
「テトラ殿!」
鉄球のハミルトンが声を掛けて急いで手招きした。
あのニーは働きが足りないとでも言って来たのだろうか。
テトラは悠然と歩み寄った。
「拝見致す」
テトラはギュイの手に握られた手紙を見て、心臓が冷える思いをした。
「ロイトガルの王陛下が参られた。意志があれば貴公らで存念を話されたし」
そう記されていた。
テトラは苦汁を舐めさせられたロイトガル王の首を討つことができればと思ったが、今はこのボルスガルドのために、ロイトガルには尾を振らねばならない。へりくだる役はクラウザーに任せ、テトラはここで待つことにしようかと思った。だが、ギュイの大きな親指が退くとそこに新たに記されていた。追伸、王はテトラ殿に会いたがっておられる。拝謁の際は必ず連れて参られる様に。
「テトラ殿、来てくださいますな?」
ハミルトンとギュイが詰め寄った。
「行く。このテトラは逃げも隠れもせん。いや……」
ロイトガルに追い詰められ、死に恐怖し、ここに逃げて来たんだったな私は。
「どうかしたかい?」
デイッツが尋ねる。
「いや、何でもない」
「本当に来てくれるのかい?」
デイッツは尚も問う。
「当たり前だ」
「テトラ殿は、ロイトガルと敵対していた位置にいた。ロイトガルの王はあんたの首を欲しがってるのかもしれないぜ」
すると、後ろで甲高い音がした。
振り返ればマディアが空の鍋を落としていた。
「その時はその時。これも乗り掛かった舟だ」
テトラはボルスガルドの臣らを見て胸を叩いて言い切った。言葉通りだ。ボルスガルドが、この素晴らしい人々が再び誇れる自国を取り戻せると言うのならそれに優る喜びは無い。
「後は、若に知らせるだけだな」
デイッツが言った。
その夜、テトラは砦の正面の櫓の上で一人で冬の冷たい風に当たっていた。
男に二言は無い。昼間ボルスガルドの臣らの前で述べたことに嘘は無い。今は復讐の炎も失せている。首を差し出せと言われれば素直にそうするだろう。
「よっと」
マディアが櫓に上がって来た。
「寒いね、テトラ」
「マディア殿、お身体が冷えて腹を下しますよ」
テトラが言うとマディアはテトラの左手を取った。
「行くのかい?」
「……ボルスガルド再興のために私と会うことが必要だと言われている。行かねば話になりません。私は今度こそ逃げません」
「でも、逃げてきたからこうして私達と縁があったんだ。あんたは逃げて良かったんだよ。私達はあんたと会えて随分助かった」
マディアがテトラを見上げて言った。月明かりが彼女の麗しい顔を映し出す。
「そうですね」
「テトラ、そこまで身を張る必要は無いんだよ。あんたが居なくともクラウザー様達が誤魔化してくれる」
「いいえ、来いと言われているのです。堂々とロイトガル王の顔を睨み付けて畏怖させてやりますよ。なので、マディア殿、あなたは何も心配することは無い」
テトラはマディアの頭をポンポンと撫でた。マディアは手を優しく払い除けて真面目な顔になった。こちらを凝視し、彼女は意を決したように口を開いた。
「遠征前に約束したこと覚えている?」
覚えている。マディアの言うことを何でも聴くと約束した。
テトラは頷いた。
「テトラ、あんたはもしかしたら帰って来れないかもしれない。だから」
少し間があった。マディアは改めて表情を引き締めて見上げて述べた。
「東国の強い魂を持った赤ん坊を私に頂戴」
何を言われたのか、理解するまで少し掛かった。
「私のような負け犬でよろしいのか?」
「あんたこそ、こんなブサイクな女で良い?」
「マディア殿は美しい。嫁にするならあなたが良いと思いました」
「だったら」
「ここは寒いですが」
「あんたが熱いの注いでくれるんだろう? だからここでも大丈夫。それに他は誰かしらいるからね」
マディアが言った。そしてニヤリと微笑んだ。テトラはドキリとした。何とも妖艶な表情をする。テトラとマディアは抱き合った。月と星がこの後のことを知っている。多くの星の戦士達に二人は祝福されながら愛し合ったのであった。