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傭兵譚  作者: Lance
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北方戦線

 長い行軍の中、季節は移ろいローランドの読み通り冬になった。ロイトガルの各砦や陣営に泊まり、歩みを続けて二十日程か。ようやく立派な牙城が見えて来た。行軍の最中、良い知らせが入ったのだが、それがこれだ。元はプリシスのもの。それを聖氷騎士団は奪い取ったのだ。少ない人数でよくここまでやったものだとローランドらは感心した。

 正規兵一千、騎士団五百。駐屯する兵力だ。プリシスが本腰を上げて襲い掛かればひとたまりも無いだろう。なのにこうしてロイトガルのものとなっている。何か訳がありそうだなと、ローランドは推測した。

 門扉が開き、一人の人物が敬礼した。

 兜は脱いでいる。黒い髪に細い糸のような目、口元はどこか不敵だが嬉しそうだった。

「陛下、聖氷騎士団ニー、騎士ら兵らと共にお待ち申しておりました」

 若い声がそう言った。

「ニー、久しいな。大義」

 雪を踏み締めブリック王は歩む。ローランドも続いた。

「おや、見ない顔ですね」

 ニーがこちらを見て言った。

「これはローランド、赤鬼の傭兵で、私の相談役だ」

 そうか、俺は相談役だったのか。ローランドは今更ながらそこまで深く信頼されていることに気付いたのであった。

「傭兵も存外役に立ちますね」

 ニーが言った。

「陛下、中へお入りください。このガルス城は陛下の物です」

「うむ」

 ニーに案内され、ブリック王はローランドと、赤鬼、バトーダを伴ってニーの後に続いた。後の者は内外を好き好きに回っている。

 冷え冷えとした謁見の間に通された。ニーは玉座を王に勧めた。

 王は数段高い大きく見栄の張ったような宝石や金色に塗られたイスに腰掛けた。

 後の者はその眼前に片膝をつく。

「それで従兄殿、何があった?」

「陛下、呼び捨てで構いませんよ。しかし、気付かれましたか。我が兵力だけでこの城を手に入れられるとは私自身も思いませんでした」

 ニーはさも回想し驚いたように述べた。

「傭兵らしき者達の力を借りております」

「らしき者とは?」

「はっ、彼の者達は滅亡したボルスガルド王国の生き残りで、再興を企てております。物資は送っておりますが、今日までボルスガルド再興の話は私一人の胸の中に留めておりました。書簡で知らせなかったことお許しください」

 ローランドはこのニーが食わせ者だという印象を抱いた。ボルスガルドの者達の希望を先延ばしにし、こうして城一つ落とすまで利用し続けたのだ。王も初耳のようで、書簡でその様な報せは無かったと見て良いだろう。

「ボルスガルドの再興のために力を貸したということか。人数は?」

「百名程。頭目のクラウザーは若いですがボルスガルドの騎士です。彼を主に国を復活させたいと言うのが彼らの願いです」

「たかが百名の助力でここまでやれるとはな」

「ええ、彼らには後方をかく乱していただきました。思った以上の戦果を上げて帝国の前線はこうして脆くなるほど後方に兵を下がらせたのです。ネズミのようなボルスガルド解放軍を捕まえるためだけに」

 ローランドは背中で見えないがニーの眼光が鋭く輝いただろうと思った。

「陛下、こうして陛下が軍勢を引き連れ参られた以上、解放軍の力は必要ないかと仰せでしょうが、彼の軍勢にはあの東方連合のテトラがおります」

 その声に赤鬼が言った。

「あいつめ、よくもしぶといものだ。だが、味方になればこれ以上心強い者はおるまい」

「そうだな」

 ブリック王が頷いた。

「奴一人に燦々たる目に遭わされたこともあるが、生かしておいて良かったのかもしれぬな」

 するとブリック王は頷いた。

「すぐに解放軍に使いを出せ。一度顔を合わせようとな。我らに恨み持つテトラが来るかは分からぬが」

「はっ」

 ニーが応じた。



 2



 ローランドは王と二人で城内を歩いていた。侍女らが王を見て頭を下げるが頬は紅く染まっていた。

 所詮俺はおっさんだしな。ローランドはそう思いながら、ん? と、思った。いつまでも若い気でいた己に気付いたのであった。

「陛下、今後は警護の数を御増やし下さい。私一人ではあなたを守り切れるかどうか」

「……ミティスティがいない今、お前がいなければつまらん」

 ブリック王はそう呟いた。城内が外の雪の降るように音の無い世界だったのでローランドにもよく聴こえた。

「ありがたきお言葉。ですが、警護は増やしてください。プリシスの間者が何処に紛れているか分かりませんよ」

「その時は私とお前で叩き切る。ローランド、お前には寝所の番を命ずる」

 ローランドはブリック王は好きだが、あまり堅苦しい空気が苦手だった。苦手だが、他の話し合いに顔を出した様に飄々とした態度を取り繕っただけに過ぎない。しかし、ここまで来て番の弱兵共々王が殺されでもしたら全てが水の泡だ。大陸は再び混迷を極めるだろう。それほどの要人となったのだこのブリック王と言う人物は。

「だったら、カイと半交代で警護に立ちます。それでよろしいですか?」

「カイなら構わん。ちょうど、そこにいる」

 見れば、足跡だらけの雪の上で、カイとルクレツィアが打ち合っていた。城の中庭には見物人は他にはいない。

「あ! リョウカク!」

「おっと!」

 カイの剣があわやルクレツィアを両断するところで止まった。

「ルクレツィア、余所見しないでくれよ。で、王様におっさん、隊列は一緒だったけど顔合わすのは久々だな」

 カイが言った。あのテトラと渡り合った背の高さ、肩幅の広さ、のくせに、テトラ同様、顔は良いと来ている。

 まったく最近の若い連中は羨ましいね。俺は剣は良いが、顔にはさほど自信がない。

 そんな事ない。あなたは優しくて美しいわ。

 不意に何処からかそんな声が聴こえ、ローランドは周囲を見回したが、他には誰もいなかった。

「気のせいか」

 ルクレツィアが一枚の羊皮紙掲げて王に見せ付けた。

 風でヒラヒラと揺れて読めないので王は奪い取った。

「御師匠が?」

 ブリック王が驚きの声を上げた。

 フレデリカからか。

「うん! 近いうちに合流するって! 義手も良いのができたって」

「おっさん」

 カイがローランドに言った。

「おっさんの奥さん、天才だな。義手も作っちまった」

「そうだな、うちのカミさんは天才さ」

「天下無双で天才か。我が軍に欲しいぐらいだ」

 そう言ったのはブリック王で珍しく笑顔だった。いつぞやの欲望そそる裏の顔では無い。純粋な綺麗な笑みだが、子供の様だった。

「手紙にそう伝えておきますよ」

 ローランドも嬉しく思い言った。フレデリカの復帰に、サリーが見事に仕事を果たしたことが誇らしい。どちらも彼にとって心の底から嬉しいことだった。

「カイ、手合わせ願う」

 王が手紙をルクレツィアに返して言った。

「良いぜ、でも、王様強いからな。木剣で勝負しましょうや。そうじゃなきゃ、どちらかがケガする」

「良いだろう」

 王とカイが木剣を選びに並んで傍の倉庫に向かった。

 残ったローランドにルクレツィアが微笑みかけた。

「フレデリカ帰って来るって、楽しみだな」

「そうだな。それまで良い子にできるか?」

「ぶー、子供じゃないもん」

 ルクレツィアはそう言いローランドに跳び付いた。

「よしよし。本当に良かったな」

「うん」

 ルクレツィアはローランドの胸の中で涙を流していた。ローランドはまるで娘をあやす父の様に彼女を労わったのであった。

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