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傭兵譚  作者: Lance
102/161

傭兵騎士団

 補給物資の中には支給品の武器や防具も含まれていた。盾を嫌うブリック王だが、その意思と反して、盾が圧倒的人気を得ている。鉄の盾はあっという間に倉庫から無くなってしまったのであった。



 2



 進軍の準備は整った。ルクレツィアは不満だった。

 後詰の王の隣に彼女は馬を並べていた。そこに彼女が属する赤鬼傭兵団の姿は無い。

 カティアとロッシ中隊長がルクレツィアを外した。カティアは平謝りでロッシ中隊長もルクレツィアの反骨心を汲んでくれはしたが、彼はこう言った。

「今、お前を死なせたら、我々はフレデリカに会わせる顔が無い」

 フレデリカの名前を出されると弱かった。師であるフレデリカは自分を庇ったために片腕を失くした。今はこの軍勢の中に彼女の姿は無い。いつも一緒だった。罪悪感が彼女を蝕む。

「それでも、私だって赤鬼なのにな」

 ルクレツィアが声を漏らすと隣で弟弟子のブリック王、いや、リョウカクが言った。

「お前は突撃が下手だ。大人しく戦を眺めていろ」

 図星を衝かれ、ルクレツィアは頬を膨らませるだけだった。



 3



 赤鬼傭兵団とクロノス傭兵団が原野一杯に広がる。

 一枚の壁である。ローランドは敵が正々堂々と乗ってくれるのか不安だった。それに偵察だって満足にできていない。敵が籠城を選べば多くの時間を費やすことになるだろう。騎士の国、果たして野戦で華々しく散る気概はあるか。慣れぬ鉄の盾を手に軍勢は進んで行く。

 そうして小川を挟んで敵勢が待ち構えているのを見つけた。

 小川は大したことは無い。深みにはまったところを矢で狙い撃たれる心配は無かった。

「聴け、ロイトガル! 多数の忠勇厚き騎士と兵士の無念をここで晴らす! 貴様らは我らが槍に貫かれ、一人残らずあの世へ行く定めなのだ!」

 大きく軍勢を展開し直しているベルファウスト側から声が上がった。

 すると赤鬼が豪快に笑い返した。

「至らぬ指揮を我々のせいにされて逆恨みされては困るな! 聴け、ベルファウスト! 我ら傭兵騎士団が貴様らを揉み潰す! 勇敢に散って行った者達にあの世で再会し詫びるのだな!」

 それが決戦の合図となった。

 横並びになり太陽に祝福されたような勇壮な騎士団が横一列になって突っ込んで来る。銀色の鎧兜そして抱えるランスの輝きにローランドは子供の頃の憧れを思い出した。俺は騎士になりたかった。だが、なってみると傭兵のままも悪くは無い。

「突撃!」

 赤鬼号令を上げ、ロイトガルの傭兵騎士団は一斉に駆け出した。

 敵勢と小川でぶつかった。

 敵の突き出された勢いあるランスに向けられたのは鉄の盾だった。ランスは鉄の盾を破ったがそれまでだった。

 傭兵騎士団はそのまま敵の本陣目掛けて疾走をする。

 鬨の声が後方から上がる。ドムルら歩兵隊一千と聖雪聖銀両騎士団が勢いを挫かれた敵の騎士団に襲い掛かったのだ。

 前方の敵の数は少ない。だが、次々突っ込んで来る。名誉を求めるというより、猪突猛進といった方が良いだろうか。侮辱にはなるが、それでも敵勢は総大将をやらせんと五百騎余りが突撃して来る。

 だが、速度に乗るのが遅い。こちらはもはや加速に加速していた。

 盾は持って行かれた。今度こそ己の得物で切り抜けるしかない。

「名誉ある死を!」

「名誉ある死を!」

 敵勢から声が唱和された。自分達のことなのかこちらへ向けて言っていることなのかはっきりはしない。

 稲妻のような傭兵騎士団が得物を突き出す。敵のランスは重い。馬上で、しかも膂力だけで扱える代物ではない。つまりは馬の速度の乗って無い今は全くの役立たずだ。

 傭兵騎士団は敵の騎士団を貫いた。

 だが、敵の騎兵隊は遅速ながらも馳せて来る。ランス一本に懸ける情熱こそが騎士道なのだろう。誰もランスを捨てない。

 傭兵騎士団は速度を上げ、あっという間に敵騎士団の一列を突破した。二列目も撃滅し、三列目も斬り砕いた。先に見えるのは百名ほどの近衛と、豪著な銀色の鎧に身を包み真っ赤な外套を纏った敵の総大将、国王だった。

「いざっ!」

 敵の王が声を上げると、騎士団はランスを抱えて突撃を始めた。前方真ん中にいるのは敵の王だ。何と無謀、いや、勇敢なのだろう。

 ローランドは端で同僚と並走しながらその姿を見ていた。

 王はカイとぶつかった。そして空高く吹き飛び、地面に落ちた。他の騎士らも同じだった。

 ベルファウストはここに潰えた。

「停止せよ! 首を検める!」

 赤鬼が声を上げた。

 一同は走り過ぎた馬を返した。

 赤鬼とカイ、ローランドとバトーダが馬から下りて、割れて刺し貫かれた豪著な鎧を身に纏った騎士へと近付く。兜を取ると、敵の王は目を瞬かせ、咳き込んだ。

「見事な突撃よ。貴様らを侮ったわ」

 王は血の泡を噴きながら言った。

「ベルファウストの王よ、名誉ある戦いだった」

 赤鬼が言った。

「何処が名誉なものか。騎士では無く傭兵に騎士の真似事をされて敗北するとは、一生の屈辱」

「御安堵あれ」

 赤鬼が言い続けた。

「我らは騎士団。傭兵騎士団だ」

「傭兵、騎士団……。フフッ、面白い。我が面目を保つためにそう名乗らせたか、ロイトガルの小童め……。だが、それならば名誉ある戦いだった」

 王はそう言うと事切れた。

 すると、あちこちで呻き声が断続的に続いた。生きていた騎士達が自決する声だった。

「止めよ! 無駄に死ぬな!」

 バトーダが声を上げる。

 だが、騎士達は横たわったまま自らの喉を短剣で刺し貫いていた。

「やりきれぬ。これが騎士道か」

 赤鬼が悲し気にそう言う。ローランドも同じ思いだった。

「馬を返すぞ、本隊と戦っている敵の騎士団は状況を知らぬはずだ」

「降伏してくれますかね?」

 ロッシ中隊長が赤鬼に尋ねる。

「分からぬ。行くぞ!」

 傭兵騎士団は再び横並びになって駆け出したのであった。

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